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帰郷  作者: 913.6
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2話

あたしの家から目的の商店までは川沿いの道を歩いていく。まだ夕方だが、田舎の夜は早い。あたしの記憶が確かならそこの商店も結構な老夫婦が経営していたはずだ。街のコンビニと違って、客が少なければ早々に閉めてしまうこともありうる。そのへんのアバウトさが田舎のいいところでもあり、悪いところでもある。

あたしは近道をすることにした。

まともなルートで行くなら、あと五百メートルほど歩いて、左手に橋のある十字路を右手に曲がってぐるりと回り込んだ道のりになる。間には竹林があり、そこを抜けていくのは難しいからだ。

だが、その手前には小さな神社があり、そこの境内を通り抜ければ反対側の道路へと出る小路があり、ちょっとしたショートカットになる。子供のころに遊んで隅々まで知り尽くしたからこそ知っている裏道だ。

鳥居をくぐって敷石の上を歩く。誰が掃除しているのかは知らないが、落葉樹があちらこちらにあるのに、ほとんど落ち葉も散らかっていない。

視点は高くなっているので、全体的に小さく、道幅は狭くなっているような印象は受ける。子供のころは見上げていた狛犬も、今では目が合うくらいの高さだ。

あたしはふと足を止めた。一際大きな銀杏の木を見つけたからだ。

懐かしい。

思わず近づいて、その木に触れた。下から見上げて天を突くその枝葉を見上げると、その変わらぬ大きさに子供の頃に戻ったような気がした。

昔はこの根元で、友だちとよく遊んでいたのだ。そう、特によく覚えているのは…

「ねぇねぇ」

突然、後ろから声を掛けられた。別にやましい事をしているわけではなかったが、今の変な行動を見られたのかとぎくりとした。

しかし後ろから掛けられた声は、それを咎めるような響きはない、幼い声だった。

あたしが振り向くと、そこには一人の男の子が立っていた。髪はおかっぱに切りそろえ、古式ゆかしい着物を着ている。こけしか日本人形がそのまま動き出したかのような風貌だった。

少年は人懐こい笑みを浮かべている。どこかで会ったような気がするが思い出せず、あたしは返事をするように微笑み返した。

「ねぇ、一緒に遊ぼう?」

少年はそんなことを言ってきた。年の頃は真代ちゃんと同じ五歳くらいだろうか?今の時刻を考えれば、いくら田舎とは言っても子供が一人で遊んでいるには危ない時間だ。それにあたしは買い物の途中でもある。

「だーめよ。お姉ちゃんは忙しいの」

そう答えると、少年は露骨にしょげた顔を見せた。そんな顔をされると、あたしが悪いような気分になってしまう。真代ちゃんのせいか、ただでさえ最近子供に甘い自分を自覚しているのだから、そんな顔をされると困ってしまう。

「だからごめんね、ばいばい」

あたしは逃げるようにその場を後にしようとした。

そして少年に背中を向けて歩き出そうとしたところで、このまま置き去りにする自分に罪悪感を覚えた。時間も時間だ。早く帰るように促した方がいいだろう。

「ねぇ。君、おうちはどこの……」

あたしが振り返ったそこには、すでに誰もいなかった。少年はあたしに声をかけてきた時と同じく、忽然と現れ、忽然と消えてしまった。

あたしは昼間の熱の残る空気の中で、なぜか背中に寒気を覚えた。


「あらぁ。遅かったねぇ」

「ごめんね。ちょっと道に迷っちゃった。はい、お醤油」

土間で靴を脱ぎながら答えるあたし。台所に醤油のボトルを渡すと、いそいで居間に上がった。少しでも早く明るくて人気のあるところに行きたかったからだ。

本当は道に迷ってなどいない。ただ、帰り道は大きく回り道をしてきた。

商店には余裕で間に合ったのだが、帰り道にあの神社の見える道を選びたくなくて、橋を渡ってさらに遠くにある県道沿いに大回りをして帰ってきたのだ。

あたしは元々、そういった類の話は信じていない。だが、夏の夜、着物の子供、曰くありげな神社と揃えば、そこはかとなく感じるものがあっても仕方ないのではないだろうか?帰り道にあの神社を見て、鳥居の根元に人影なぞを見つけてしまったら、今日はおちおち眠れなくなってしまう。

いつの間に起きてきていたのか、真代ちゃんが迎えてくれた。その笑顔にあたしはさっきの奇妙な出来事などすっかりどこかに行ってしまった。

「お姉ちゃんおかえり~」

真代ちゃんも手伝いたいと言うので二人で祖母が腕を奮った料理の数々と食器類を、小さなテーブルの上に所狭しと並べる。真代ちゃんは専ら箸や湯呑を並べる係りだ。

料理は美味しかった。ただの煮しめやお浸しに白米ごはんなどだが、紅白膾の大根も人参もさっき裏から採ってきたものだし、鳥肉は今朝シメたばかりのものだ。街で食べる気の抜けたような野菜や肉とは訳が違う。真代ちゃんなどは苦手だったはずの人参も平気でぱくついている。

その後の祖父母の「あれもこれも食べんね」攻撃をできる限り回避するも、ジーンズが少し苦しくなってしまったあたりで食事を終えた。

祖母がせわしなく食器を片付ける。あたしも窮屈なお腹を抑えて立ち上がる。そのまま流しで洗い物を始める祖母を手伝いながら、あたしはふと思いついたことを聞いた。

「お婆ちゃん。もうすぐ、このへんでお祭りとかあったりする?」

あたしの脳裏には、あの妙な男の子が浮かんでいた。冷静になって考えてみれば、あんな格好をしていたのは何か理由があるのだろう。それなら、この辺で祭りなりその予行なりがあったと考えるのが自然だ。あんな時間まで外を出歩いていたのもうなずける。

「そうね。商店街の方で明日あたり祭りがあったかね。小さいお祭りだけど、真代ちゃんと行ってきたらどうね?」

あたしはその返事に安堵した。そういうことだったのだ。街中である祭りのための練習で遅くなった子供がうろついていただけのことだったのだ。

「そうだね。真代ちゃん喜ぶと思うから、行ってみようかな。お婆ちゃん達も行く?」

真代ちゃんはお祭りというか催し物が大好きで、通っている保育園が主催する出店が二つしかないような小さなお祭りもどきでも目を輝かせていた。田舎の小さなお祭りとはいえ、商店街規模のものならきっとおおはしゃぎだろう。

「バスを使わなきゃならんからねぇ。二人でいっといで」

「お爺ちゃんのトラックじゃだめなの?」

「あれに四人は多すぎよ。爺ちゃんも婆ちゃんも、この年で荷台はきついからねぇ」

言われてみればその通りだ。それに、祖父母ともに元々出不精な性質だ。あまり行きたくないのも本音なのだろう。その割には年金暮らしで不自由がないにも係わらず畑に出かけていくのは、どうやら畑も自分のうちに含むという感覚らしい。

「そうだね。じゃあ、明日の夕方くらいに行ってくるね」

「このへんは暗くなると足元があやしいから、気を付けてな。それと、向こうの方に橋があろ。あの辺りには特に気をつけてな」

橋といえば、今日の夕方に通ったあたりだ。もし商店街に向かうバスに乗るなら、回り道をしない限り必ず通る場所になる。

「なんで?街灯もあるし、あのへん明るかったよね?」

祖母は居間を伺った。祖父と真代ちゃんはテレビのバラエティーを見て二人で笑っている。今売り出し中の子役を見ながら、祖父が真代ちゃんも同じくらいお利口さんだと、曽祖父馬鹿丸出しなことを言っている。可愛さでは真代ちゃんの方が上だと思っているあたしもかなりの叔母馬鹿だとは思うが。

その様子を見ながら、居間の方には聞こえないように手をたてて、ヒソヒソ声で祖母が言う。

「あそこで、真代ちゃんと同じくらいの男の子が川に落ちて亡くなってなあ。それで…」

祖母は食器用洗剤のついた両手を顎のしたで垂らし、陰気なポーズをとってみせた。

「これが出るって話もあってな」

さすがは田舎。迷信じみたことがまことしやかに囁かれている。

「やだなぁ。出るわけないでしょ。そんなの」

と笑いとばそうとしたあたしだが、その顔が上手に笑顔になっているかは少し自信がなかった。


商店街のお祭りは予想していた程度の規模のものだった。真代ちゃんは好きなキャラのプリントが入った綿飴を食べてご満悦だ。あたしはあたしで粉物とソースをたっぷりと頂いた上に、年甲斐もなく水風船釣りに闘志を燃やした。

そのため本当はもう少し早く帰るつもりだったのだが、田舎のバスの便数の少なさを失念していたので、十分延長のつもりが一時間の延長になってしまった。

真代ちゃんに歩調を合わせて少し暗くなった道をのんびりと歩く。戦利品を弄んでぱしんぱしんと音をたてる。真代ちゃんもマネをするが、水風船が右に左にと逃げてしまい、どこか間抜けなリズムで音が鳴る。だが、真代ちゃんはそんな些細なことは気にもとめずにご機嫌だ。

「真代ちゃん、面白かった?」

「うん!ママにもこれみせるの!」

あたしがとってあげた風船を誇らしげに掲げるが、あたしはその玩具の使用期限を知っているので、どう言ったものかと困ってしまう。こんなに笑顔な少女の顔を曇らせるのも忍びない。

あたしがそんな考えを巡らせていると、橋に差し掛かった。途端に昨日の祖母の話が蘇るが、辺りは思ったよりも明るく、心配していたようなことはなさそうに見えた。そう安堵したところで、真代ちゃんが急に姿勢を崩した。

「真代ちゃん!?」

思わず大きな声をあげる。だが、その心配とは裏腹に、真代ちゃんはすぐに立ち上がった。

「こけちゃった」

照れ笑いを見せる。どうやら大したことはないようだ。

あたしは念のために携帯電話のバックライトを頼りに真代ちゃんの足元と怪我を確かめる。何につまずいたのかは分からないが、怪我の方は問題ない。少し砂がついた程度だったのでそれを払うと、今度は手をつないで歩きだした。

身長差があるので少し窮屈な体勢だったが、この先はここよりも薄暗い道が続くので、念の為だ。

神社の前も通りがかった。うっそうと茂った鎮守の森は夜に見ると不吉なものに見えたが、身構えたわりには特に何が起きることもなかった。境内の方を警戒してもいたのだが、もちろんあの少年が現れることもなかった。

無事に祖父母の家に帰りつくと、真代ちゃんは今日の戦果を披露し、はしゃいで早口にしゃべっていた。五歳児の語彙力の乏しさゆえか、時々意味の通じないところも混ざったのだが、祖父母はそうかそうかと目を細めてうなずいていた。

そのまま、真代ちゃんは少し早めのご就寝となった。子供は本当に電池が切れるようにぱったりと眠る。それだけ人生に全力投球なのだと思うと少し羨ましくも思ったりする。

たしもその全力少女に付き合って少し疲れがあったので、軽く肌の手入れと歯磨きでもしたら寝ようと思って、洗面台へ向かった。

鏡に向かって乳液を肌にすり込んでいると、背後にふと人の気配を感じる。祖父母は居間にいるようだし、気のせいかと思って続きをしようとしたところで、鏡の中に小さな人影を見つけた。

「っ!?」

あたしはびくっとして振り返った。

そこにいたのは寝たはずの真代ちゃんだった。あたしはほうっと息をついた

「なんだ~真代ちゃん。お姉ちゃんびっくりしちゃったよ」

そう言って笑うあたしだったが、真代ちゃんは真面目な顔であたしをじっと見ていた。

「どうしたの?」

なんとなくただならぬ気配を感じて、あたしはそう尋ねた。真代ちゃんが答える。

「あのね。男の子が、明日遊ぼうってきたの」

あたしはその返事に凍りついた。

「まよがこけたの大丈夫?って言ってたの。ねぇ、おねえちゃん。明日遊びに行っていい?」

あたしは思わずその小さな体を抱き締めた。それ以上は聴きたくなかった。


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