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アドミラとシェリスカ。  作者: キサラギハルカ
1/3

前編

 私のご主人様は、変人である。





 シェリスカ・エイドワース・ブラン・シェルサード 自称年齢280歳

 自称年齢のところで、後ずさりした人がいたなら謝っておかないといかない。

 彼は、魔法使いである。魔法使いというのは見た目と寿命が一致しない。見た目の年齢は、人間でいえば大体20代後半といったところだ。

 男でシェリスカという名前は珍しいらしいが、改名しようとしないということは実は気に入っているのだろう。ぼさぼさの金髪に、青い瞳。着古した感の強い白いローブ。実際、裾の方は私が何度も繕っている。

 シェリスカ――シェリのほめられるところは今のところ一つだけだ。

 そう、彼の青い目。とてもとても深い青の色。あの瞳で見つめられたらきっと誰もが吸い込まれそうだと思うだろう。だが、今日の彼はまだ眠っている。青い瞳は瞼に覆い隠されている。

「もう8時・・・」

 焼きたてのトーストと淹れたてのコーヒーをテーブルに置いてから、私はシェリの部屋のドアを叩いた。

「シェリ、起きてください」

 いつものように返事はない。

「シェリ、今日は魔法庁に行かなきゃいけないんじゃなかったんですか?昨日、私の肩を砕きそうな勢いでがしがし揺らしながら『明日こそ行かないと僕は僕は除名されてしまうかもしれないからお願いだから何があっても何としてでも起こしてくれ』って言いましたよね?」

「・・・・・起きてるよー・・・」

 わずかに聞こえた声は、どう聞いても起きぬけの声だったが、

「それは失礼しました。では早く朝食を食べてください」

 もう突っ込みを入れず、私はドアの向こうへそう声をかけた。

「・・・・了解」

 亡霊のような声で、返事が返ってくる。

 テーブルへ戻ってハムエッグをシェリのトーストの横に追加していると、シェリの部屋のドアが開いた。

「おはようございます。シェリ」

「おはよう・・・アドミナ」

 いつものように白いローブを着て出てきたシェリは、まだ眠いらしい。あくびを噛み殺しながら朝の挨拶をしてくる彼に、

「コーヒーは濃い目に作りましたから、眠気もとれるはずです」

「さすがに気がきくね」

 シェリは苦笑しながら向かい側に座った。そして、コーヒーの入ったカップを持ち上げたところで、ふと私に青い瞳を向けてきた。

「ええと、今日僕は魔法庁に行くって言ってたっけ?」

「はい」

「そうか…じゃあ行かないといけないんだろう…覚えてないけど」

「飲んだときに約束するからですよ」

行きたくないオーラ全開でちびちびとコーヒーを飲み、トーストをかじるシェリ。

「魔法庁があなたに何かすることなんてありえないんでしょう?」

「それはないけどさ」

「講義のひとつやふたつぐらいなら」

「それを一回でもやっちゃうと、際限がなくなる。だからねぇ」

あなただって、誰かに教えてもらったでしょうに。

シェリの顔には、めんどくさいという文字がはっきりと浮かんでいた。






「君が聞いてなければいくらでもごまかせたんだけど、しょうがないな」

家のドアをくぐるときまでそう言って、シェリは魔法庁へ行った。

その数時間後、私は買い物に出かけた。 首都カルナデの中心部に位置するシェリの家は、どこへ行くにも都合がいい。駅へも近いし、市場へも近い。こんなに便利な場所に持家があるのはうらやましい限りだ。まあ、私の部屋もひとつもらっているのだが。

最初の雇用契約では住み込みではなく、シェリの家に通うことになっていたのだ。それが住み込みに変更されたのは、シェリが変人だから。

シェリの変人ぶりをどこから説明してよいものか…非常に悩むところだ。

あれこれありすぎるのだ。

「ねぇ」

「え?」

私は、肩にトンと置かれた手の細い指の感触に驚いて後ろを振り向いた。立っていたのは、シェリの行きつけの居酒屋、黒猫亭のマスターの娘であるマリンリィ。まだ中学生である。茶色の長い髪を頭のてっぺんでひとつにまとめ、長めの前髪を顔の左右に流している。緑色の目はどこか苛立ちを帯びていた。

「ああ、マリンリィおは」

「シェリいるから連れて帰って!じゃあ!」

道路に穴を開けそうな勢いで、こちらに背を向けて彼女が歩いていく先は、中学校。そういえば、制服を着ていた。

「朝からマスターとケンカでもしちゃったのかな」

反抗期ってやつなのかもしれない。

私は買い物を後回しにして黒猫亭へ向かった。シェリは魔法庁へ行かなかったのだ。さすがに朝から酒は飲んでないだろうが、たぶんおそらく―――

黒猫亭は、首都の中にある建物の中でも古いほうに入る。色あせた水色の壁に白いドア。ビルが立ち並ぶ中、ぽつんとそこだけが古い時代のよう。でも私は嫌いではない。 黒猫亭のドアを開けると、マリンリィと同じ色の髪と目を持ったマスターと目が合い、奥の席を目配せされた。

「…シェリ」

シェリは奥の席に座ってがたがたと震えていた。

「…めな…んだ」

「除名がかかっていてもですか?」

 魔法庁に属するものにとって、命の次に大事なのは魔法庁の保護や援助である。除名されれば彼らのほとんどは生きていけないらしい。

「除名は…されないよ」

 シェリが青い顔でぼそぼそと言う。

「なら、いいじゃないですか。帰りましょう」

シェリはこくんと子どものようにうなずくと、私が差し出した手を取った。






シェリを連れて市場で買い物を済ませ、家に帰ってきたときだった。誰かが家の前に立っていた。それに気づいたシェリはあからさまに嫌そうな顔をした。




なぜなら、魔法庁からのお客だったからだ。

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