32 魔女のお誘い/お助けNPC
ミライカが頭を下げる。
「……以前の非礼は詫びる。そのうえで、マグリアーナ様からコーザに正式な依頼がある」
依頼という形であっても、ろくな内容ではないだろう。コーザは露骨に顔を歪めた。
「いつかの借りを返せってことだろ?」
「そのとおりだ」
「前置きはいいから、さっさと本題を言え」
「近いうちに我々は氷炭島を制覇する。コーザとセリーリアには力を貸してほしい」
氷炭島は黄昏の庭の本拠地にある極限ダンジョンだ。二重マップであるため、入るためには妖精の瞳を必要とする。
「……何が狙いだ?」
「聞かずともわかっているはずだ」
ミライカは冷ややかにコーザを見返す。
パーティーの定員は10名。
黄昏の庭にもすでに妖精の瞳を持っているプレイヤーがいるが、そこにセリーリアを加えるならどうなるか。合計20名のプレイヤーで超難関のダンジョンに挑めるようになる。
(極限ダンジョンは、基本的に途中退場が認められていない。やめたい場合はサレンダー扱いだ……)
勝てなければ完全な無駄足だ。消費したアイテムも、もちろん戻って来ない。
「そんな大事な頼みごとに、本人が来ねえってのはどういう了見だ?」
「本気だからだ。わかるだろう?」
「ふざけんな。無駄足でしたってときに、いったいどれほどセリーリアの貴重な時間を奪うつもりだ? まだ序盤だぞ!」
セリーリアがコーザの手を引いた。
「コーザさん……あたし、やってみたいです!」
意表を突かれた顔でコーザがセリーリアを見る
(マグリアーナからメッセージが入ったのか……)
ミライカがコーザたちに接触したことを告げたのだ。
運命的なタイミングではない。
コーザはしゃがんでセリーリアに目線を合わせる。
「いーや、ダメだ。極限ダンジョンはエンドコンテンツだ。クエストの難度が、普通の比じゃない。お前のレベルじゃ、タイオンがつまらなくなっちまう」
「それなら、あたしのレベルを上げてください」
「すぐには無理だ。またの機会にしよう」
「……。経験値を得られるアイテムがあるって、マグリアーナさんに聞きました」
「セリーリア! 意味がわかって言ってんのか? 自分で戦って成長するのと訳が違うんだぞ! 楽しみがなくなっちまうんだ。そんなもの、レベリングがだるく感じられてからでいい!」
セリーリアはきりっとした表情でコーザを見返す。
「今、コーザさんと挑むこと以上に、あたしに大事なものなんてありません!」
「なっ……」
コーザが言葉を失う。
これまでの主張は、あくまでもコーザの主観による経験則だ。セリーリアと根本的に価値観が違うのであれば、それは全く用をなさない。
「あなたとやってみたいんです……。ダメですか?」
セリーリアがコーザの裾をおずおずとつかんだ。
自分が目指しているのはセリーリアを一人前にすること。選択の自由を奪うことではない。
「……。その前に、マグリアーナと話をさせてくれ。ミライカ!」
『ミライカがパーティーへの加入を求めています』
セリーリアとともに許可を出す。
すぐさま、メルリオは魔女に許された特権を使用した。自分自身と、そのパーティーをギルドの本部へと連れていく奥義だ。
(麼女の集会……)
即座にコーザたちは転移し、黄昏の庭がある村に到着していた。
もちろん、ギルドハウスがあるのは二重マップの中だ。セリーリアがいるからこそ、直接向かえた形になる。
「歓迎するわ、セリーリア! それにコーザもね」
マグリアーナが両手を広げて、2人への好意を表す。コーザは内心で反吐を出しながら、マグリアーナを見返した。
「セリーリアが乗り気だからな、協力はしてやる」
「ありがとう、セリーリア。いずれお礼は必ずするわ」
「……」
これまでとはまるで違う殊勝なふるまいに、コーザは形容しがたい気味悪さを感じてしまう。そんなコーザの視線に気がついたらしい。マグリアーナは呆れたように首を横に振っていた。
「あんたには何もないわよ、コーザ。貸しを返してちょうだい」
「普段どおりで安心したぜ。……それで、うちからも条件がある。救咎定約は使うつもりだが、それでもセリーリアのレベルが全然足りない。極限ダンジョンは31層からのスタートじゃなく、最初からにしてろ」
「構わないわよ。コーザ、あんたが幽体離脱を使ってくれるならね」
パーティーメンバーに成り代わる幽債鬼専用の能力だ。
「マグリアーナ、お前にか?」
「違うわ」
「……?」
コーザは訝しむ。
黄昏の庭のナンバー1は、眼前のフィノットだ。これ以上に醜悪なプレイヤーも珍しいが、これ以上強いプレイヤーなどいない。
「あら変ね。ミライカ、あなた伝えなかったの? 今回、あたくしは本気で氷炭島を攻略するつもりでいるのよ」
言うやいなや、マグリアーナが自分の後ろに控えていたアバターを示す。それはプレイヤーではなかった。
NPCだ。
(……剣豪スザク!)
誰しもが借りることのできるお助けNPCだが、そのレンタル料は尋常ではない。
イベント時刻1時間あたり6000万G。
途方もない金額を事前に支払う必要がある。逆縞蝙蝠なら13万体を倒して、手が届くかどうかという金額だ。
「正気かよ……」
コーザとて、セリーリアに必要ならば同じだけのGを無駄にできる。
だが、クリアできるかどうかもわからないクエストに投資するような額面ではない。
緊張とも興奮ともつかない冷や汗をコーザはかいた。
「スザクを4時間ぶん用意したわ。チームを組んでさえいれば、幽体離脱はH-NPCも対象内。そうよね?」
(こいつ……ちゃんと考えてやがる)
コーザは舌を巻きながらもうなずいた。
「化け物をコーザがコピーして、2枚で極限ダンジョンに挑む。これがあたくしの本気よ」
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