20 ほしいもの/青春のリスタート
コーザが後ろを振り返る。
「セリーリア。なんか条件とかあったのか? 設定の地図情報から確認できると思うぜ」
ようやく落ち着きを取り戻したシュナイダーが、コーザの誤りを指摘した。
「いや、アカウント⇒妖精の瞳⇒占有者⇒占有しているマップの情報⇒発見の条件が正しい」
「……だそうだ」
知らなくて当然の情報であるため、恥じてはいないのだが、場違い感までは否めなかった。
教えられた手順どおりにセリーリアが指を動かしていた。まもなく、見つけた情報を声に出す。
「レベルが1であること?」
(……。馬鹿すぎる)
通常の方法では見つけられるわけがない。
仮に今からアカウントを作りなおしたとしても、コーザにも妖精の森をレベル1で到達するのは不可能だった。はじまりの町の次まではレベル1のまま進めるだろうが、その先は確定の中ボス戦が控えているため、貧弱なステータスでは厳しい。中央大森林は問題外だ。
「休息所だけあったのは、ここでレベルダウンをしろっていう公式からのヒントだったのか……」
呆れたようにシュナイダーがつぶやく。
「現実的じゃねえだろう、そんなやり方」
ある程度のレベルから、宿屋マラソンで職業を選びなおしたプレイヤーは、コーザの知る限りでもたった1人しかいない。
「……」
シュナイダーは複雑そうな表情で休息所を見つめている。それは自分で発見したかったというセリーリアへの羨望ではなく、やはり気がつけなかったことに対する後悔の色が強いようだった。
ひとつ咳払いをしてから、コーザは話題を変える。
「それにしたって、まさか二重マップに町サイズのものがあったなんてな。知らなかったぜ」
「僕が知る限り、これで2例目だ」
人一倍、二重マップの情報に詳しい妖精の嬢王でさえ2例目。異次元のレアリティーだった。
(……まあ、これでうちは名実ともにお役御免だな)
二重マップの占有者には様々な恩恵がもたらされる。
セリーリアはもう勝ち組確定だろう。
何も心配することはない。
『セリーリアが妖聖の庭園を一般に開放しました』
信じられないアナウンスに、コーザがセリーリアを見返した。
「馬鹿やろう! 何を考えているんだ」
アンロックされた二重マップは、確かに一般にも開放できる。
だが、当然だが、その場合には占有という扱いではなくなってしまう。
「こんなものがほしかったんじゃありません! あたしを……あたしを一人前にしてくれるって、約束してくれたじゃないですか……」
セリーリアの真っ当な主張に、コーザは反論をためらった。
「それは……」
(今さっきの手柄にあぐらをかいているだけで、勝手にGが入って来たんだよ)
その金で好きな装備を買えばいい。
気に入った武器を買って、レベリングをすれば、タイオンの世界を満喫できるはずだった。
だが、同時に別のことも思ってしまう。
(地味で馬鹿正直な方法だけでも、やってやれないことはない……)
セリーリアには100年と答えたが、実際にもっとタイオンでの暮らしは長いはずだ。
ここはゲームの世界――やったら、やったぶんだけ数字になって返って来る。
湯水のごとく捨てられる膨大な時間があるのだから、正規の手段にこだわることも不可能ではない。
「……」
言葉に詰まるコーザに代わって、シュナイダーがセリーリアを諭す。
「占有者の権利は譲渡できないので、僕らにとやかく言うような資格はないんだが……それでも少しくらいは相談してほしかったかな。一般に開放しちゃうと、通行料の価格を決められなくなるから、かえって不便なこともあるんだ」
通行料は固定で500Gになる。身内だから無料は通じない。
「……。……ごめんなさい」
「セリーリアのせいじゃない。もとはと言えば、うちの責任だ……。1億Gまでの賠償金なら即決で払うぜ」
だが、コーザの謝罪にシュナイダーは首を横に振る。
どうやら、セリーリアを落ち着かせるために、わざと責める言い方をしたようだった。コーザはシュナイダーをパーティーに勧誘し、セリーリアには内緒でつづきを話す。
『一般プレイヤーに開放した場合の通行料は、だれに払うんだ?』
『受取人だな。最初の受取人は占有者に同じだが、この資格を譲渡することもできる。ただし、セリーリアのような町の場合は例外で、受取人の資格を放棄できなかったはずだ』
『なるほどね』
文面を見ながら、コーザは内心でうなずく。
(それなら、妖精の嬢王には悪いが、うちにとっては都合がいいな。少なくともセリーリアは恩恵に浴せる……)
コーザの気持ちを知ってか知らでか、シュナイダーはセリーリアに声をかける。
「今後をどうするにせよ、せっかく見つけたんだ。セリーリアも二重マップに入って、妖聖の庭園がどういうところなのか確認してみよう」
それを聞くにつき、セリーリアがおずおずとうなずく。不安そうに自分を見つめて来るので、コーザもゆっくりと首肯していた。
だが、いつまで経っても、セリーリアは新たな二重マップに入ろうとしない。
「……コーザさん。あたし、お金がなくて入れないです」
予想外の発言に、シュナイダーが頭を抱えていた。
「ああ……うん。受取人も、一回はきちんと支払う必要があるんだね……。レアケースすぎて、知らなかったよ」
通行料の500Gをコーザはセリーリアに渡す。少額だが、シュナイダーに払わせるのは失礼だろうと、シュナイダーにも同額を譲渡した。
二重マップへの侵入を試みる。
そのコーザの視界に、注意書きが表示された。
『このエリアに入るためには、セリーリアに500Gを納めなければなりません。それでも侵入しますか?』
(……)
セリーリアにも同じ注意が表示されたのかと思うと、なんとも言えない気持ちになる。
許可して妖聖の庭園に向かえば、そこに広がっていたのは完全なる更地だった。
「これはなんて言うか……」
NPCのショップどころか、建物ひとつありはしない。
シュナイダーが言葉に詰まっている。
コーザも似たような気分だった。
(更地ってことは、全部、店舗用のスペースか……)
近くのマップ情報を開示すれば、土地がセリーリアの所有物になっている。
わざわざ調べるまでもなく、全部がそうだろう。
妖聖の庭園でプレイヤーが店舗を建てたいならば、例外なくセリーリアに許可を取らなければいけないということだ。
(これは今のセリーリアに伝えても、余計に混乱させるだけだな……)
コーザは首を振って、改めて真っ白な大地を見渡す。
「一般に開放して正解だったかもしれねえな」
「そうだね」
コーザたちがそう言えば、セリーリアもほっとしたように息を吐く。取り返しのつかないミスをしてしまったんじゃないかと、ずっと不安だったに違いない。
3人が妖聖の庭園から出る。
「どうだった?」
聞いて来る仲間に、シュナイダーが代表して応じていた。
「自分たちで好きなように町を作れっていう構成だね。NPCのショップも一切なしだ」
「……そんなことってありうるの?」
その疑問も無理はない。
長年タイオンをプレイしているコーザにとっても、妖聖の庭園は初めて見るタイプの町だった。
(お別れだ……)
コーザがセリーリアを見る。
だが、コーザが口を開くよりも先に、セリーリアは尋ねた。
「どこに……行くんですか?」
「旅に出るだけさ。ちょっと遠いな」
脳への処理負荷が重すぎて、拡張機能をオンにしてはいけないというマップだ。
恐らく、そこに行けば現実でも死ねると言われている。
もとより現在の拡張機能は、公式が提供しているものではない。ユーザーが勝手に改良してしまったものなので、完全に自己責任の範疇だろう。公式版の体感時間は、たったの3倍だった。
セリーリアはなおもコーザにすがる。
「捨てないでください……。もう捨てられるのはイヤなんです」
コーザは何も答えられない。
セリーリアの悲痛な思いが、コーザの決意を鈍らせていた。
「……」
無責任だろうか。
(ここまで来て人任せにするのはな……)
やはり、中途半端に関わらなければよかったのかもしれない。
もっとセリーリアがろくでもない人間だったならば、未練もなく立ち去ることができただろう。もっとセリーリアが強ければ自分の手など、そもそも借りていなかったかもしれない。
だけど、セリーリアは違う。
優しくて、まっすぐで素直に人を信じることができる。
本当は自分なんかとは違って、現実でこそ幸せになるべきプレイヤーだ。
(タイオンにいるべき子供じゃねえ……)
それを理解したままで、見捨てるのは本当に正しいことなんだろうか。
これが有終の美だと、胸を張れるのだろうか。
「コーザさんにはもう、何もやりたいことはないんですか?」
「どうかね……。無理にでも捻りだせってんなら、普通の幸せってやつをつかみたかったかもしれないな。何を普通の幸せと呼べばいいのかも、うちにはよくわかっていないんだけどさ」
正直に明かしてしまえば、現実から逃げたのだ。
リアルがうまくいっていたならば、わざわざコーザもタイオンをはじめてはいないだろう。それは多かれ少なかれ、ここにいるプレイヤー全員に共通して言える。
(現実に戻ることはないから、本来は考えなくてもいいはずなんだがな……)
それでも心の奥底には、自分は何者にもなれなかったというコンプレックスにも似た棘が、喉に刺さった小骨のように残ってしまっている。
その棘を綺麗に取り去ることができたならば、もっと自分は自分のことを誇らしく思えるのかもしれないと、頭の中ではコーザもわかっていた。
「それはあたしと一緒じゃ叶えられないことですか? あたしじゃダメなんですか? まだ、あたしコーザさんから、ほしいものももらっていません……」
コーザは苦笑して、セリーリアに応える。
「旅に連れていくのは無理だが、ほしいものが決まったってんならプレゼントするぜ」
「コーザさんがいらないと言うのなら、その命、あたしにください。あたしの命も、コーザさんにあげますから」
「……!」
コーザの背中にセリーリアのアバターがぶつかった。
「ダメ……ですか?」
予想外の言葉に、コーザはうまく答えることができない。
(……)
マグリアーナのような犯罪連盟に比べれば、自分のほうがまともであるという自負はあった。
だが、最底辺よりいくらかマシというのは、未来ある若者を導くにあたって、どれだけの免罪符になるんだろうか。
(うちは……セリーリアにとっての手本になりうるのか?)
悩むコーザに、シュナイダーからのメッセージが入る。
『どうして、黄昏の庭がパーティーメンバーにいるんだ? それは聞かないにしても、マグリアーナが物騒なことを言っているんだが……なんとかならないか?』
コーザはすぐに冷静な頭で状況を理解した。
(離れていてもパーティーが解散しねえから、勝手に脱退したものとばかり思っていたが……マグリアーナ、あいつ友軍旗を使ったのか)
パーティーには親がいないため、メンバー同士が離れすぎると勝手に解散してしまう。
それを防ぐための消費アイテムが友軍旗だ。
間違いなく、マグリアーナは今、妖精の森の出口でコーザを見張っているのだろう。パーティーを解除したり、魂花を使ったりしようものなら、シュナイダーに伝えた警告を実行するはずだった。
(……是が非でもうちに借りを返させたいのかね)
マグリアーナが何を考えているのかよくわからないが、もう少しセリーリアとは一緒にいたほうがいいのかもしれない。
少なくとも、妖精の嬢王にとってはそのほうがいいはずだ。
いずれセリーリアが妖精の嬢王を選ぶのだとしても、帰る場所がなくなっていては話にならない。
コーザは自分の腰に手を回すセリーリアの手に、優しく腕を重ねた。
「……。そうだな、うちにはまだまだお前に教えてもらわなきゃいけないことがあるのかもしれない」
タイオンを普通にプレイしているだけでは得られない、人としてのあるべき姿だ。
「なんですか、それ。あたしがコーザさんから教わるんじゃないんですか?」
コーザは笑って首を横に振った。
(うちはまだ死んじゃいけないみたいだ……。今度こそ本当に、うちはセリーリアを1人前にしよう)
そして、この子とともに青春を取り戻したいとコーザは思った。
コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。
次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




