2 セリーリア/自殺者
あまりの出来事にコーザの足は止まっていた。
(まさか、うちの前に現れるのかよ……)
これも運命なのかと、一瞬、コーザはためらう。
だが、先ほど自分の手には負えないと思ったばかりであると、コーザは首を横に振っていた。
後ろから声がかかる。
ほかのプレイヤーだ。
思ったよりも逡巡していた時間が長かったらしい。
「おい。今のは新規プレイヤーの光だよな? 通常のログインなら光の色は青のはずだ。新規のカーティルを探しているんだ。ちょっとアバターを見せてくれないか?」
放っておく。
これが正解だ。
今しがた出会ったばかりのこの子がどうなろうと、自分の知ったことではない。
「……」
自分に言い聞かせて、その場から離れようとするも、カーティルの怯えるような目を見たときに、そんな考えはコーザの中から一片もなくなっていた。
(馬鹿か、うちは。どうせリタイアするってんなら、困難なことに挑戦するほうが正解だろ!)
このアカウントは自分が守ってみせる。
決意に満ちた目で、コーザがカーティルを見やる。
カーティルの視線はあっちにこっちへと動いていた。
何度も行われたアップデートによって、ビギナーの視界に映る情報量は膨大だ。
それを整理するだけでも精いっぱいだろう。こんな状態のアカウントを放置していくことなんてできやしない。
「喋るな」
肉薄し、小声でカーティルに耳打ちする。
間を置かず、素早くカーティルの髪を掴んで顔を持ちあげた。
「どこがカーティルだって? 冗談はよせよ。短髪……メルリオさ。ほーら、もっと顔をよく見せてやんな」
言いながら、コーザがカーティルの髪を引っ張った。
他人からはメルリオにしか見えないだろう。
当然、カーティルは苦しそうに顔をしかめる。
「お、おう……。わかったよ。邪魔したな」
コーザの乱暴な行動に、関わりたくなくなったようだ。
メルリオが足早に去っていく。
完全にプレイヤーがいなくなったのを確かめてから、コーザはカーティルに向きなおった。
「悪かったな。もう喋ってもいいぞ。……っとその前に、ボイスの選択か。アカウント名はセリーリアでいいんだよな? そのまま話すと、自分本来の声になるぞ。嫌ならまだ喋るな」
「平気……です」
「そうか」
セリーリアの声はほとんど聞こえなかったが、透き通るような美しい声だった。
フィノットでもメルリオでも、それこそカーティルでも。どんなアバターにも似合いそうな、透明感のある声。
鈴や風鈴の音色を凝縮して、無理やり人の声帯にすれば、きっとこんな声になるんじゃないかという気がした。
自分の声とは大違いだ。
「ひとまず、視界が見にくくて話にならないだろう? うちの設定に合わせるから、今送ったやつに同意してくれ。優先的に表示されるから、視界の中央に現れるはずだ」
コーザが送ったのはペアロックの設定だ。
お互いの環境設定を合わせることができる。
決闘で諸条件を共通化する際に使われることが多いが、こんなふうにビギナーをレクチャーするのにも用いられる。
「あ、ありがとうございま……あれ? あたしの声が」
「ああ、すまん。うちが加工音声だからな。生ボイスのほうがよかったか?」
アバターは現実の鏡写しじゃないのだ。
だからこそ、ボイスは加工品でも気にしないのではないか。
そんなコーザの期待は裏切られる。
セリーリアはおずおずとだが、確かに首を縦に振っていたのだ。
「元の……声がいいです」
「……。……」
コーザは躊躇した。
ペアロックはお互いの環境を同じにするためのものだ。
セリーリアのだけを生ボイスにすることはできない。必然的にコーザもまた自分本来の声になる。
(うちの声で喋るのか……)
フィノットにしては低すぎて、メルリオにしては高すぎる、長髪のアバターには似つかわしくない自分本来の声。
(これからリタイアしようとする人間が、何を怖気づいているんだ)
首を横に振って余計な雑念を追い払う。
自分の環境設定を変更した。
それに引きずられるようにして、セリーリアの設定も変わったはずだった。
「元に戻ったはずだ。何か喋ってみな?」
「あ、ああ……。わあ!」
うれしそうにセリーリアが喜ぶ。
一方のコーザは、久しぶりに自分の声で話した気がする。
違和感がすごい。
生ボイスは自分の趣味ではないが、そうも言ってはいられない。
「あとはパーティーだな。うちと組むぞ、急いでくれ」
同意の表示にセリーリアが触れる。
パーティーが結成された旨の合図がコーザの視界にも表示された。
(正直に動いてくれて助かるが……ここまで人がいいと、逆に心配になるな)
さすがに現状は、本人にも話しておいたほうがいいだろう。
「セリーリア、お前は狙われている」
「えっ? あたしまだ何もしていません……」
「お前のほうに自覚はなくても、お前はそういう存在なんだ。職業を選びなおすことはできないから、お前が望もうと望むまいと、もうお前はずっと追い回される」
「そんな……」
苦しげに、セリーリアの顔が歪んだ。
セリーリアの気持ちは痛いほどわかる。
「逃げこんだ世界でも不自由に生きるしかないってのは、あんまりだと思う。だから、うちと一緒に逃げるぞ。お前が一人前になるまで、お前のことはうちが守ってやる」
セリーリアの返事なんか聞かずに、その手を引いた。
「あっ……」
セリーリアが驚いたように声を出す。
カーティルの視線が自分を連れ去るフィノットを射抜いた。
それはコーザを非難してのものなのか、それとも、無関係のプレイヤーがどうしてお節介を焼いてくれるのかと訝しんでのものなのか、傍目にはどちらなのかがわからない。
「で、でもさっきの人はいなくなりましたよ?」
「ありゃ仲間を呼びに行っただけだ。急がねえと、はじまりの町からも出られなくなっちまうぞ」
「は、はい……」
無理やり連れていくのであれば、自分もほかのプレイヤーと変わらないのではないか。
セリーリアの抵抗に、そんな自己嫌悪がコーザの中に生まれた。
「……悪いとは思っている。ただ、うちなんかでもたぶん毒親よりはマシだ。許してくれ」
「いいんです。元々は死ぬつもりではじめたゲームですから」
タイオンは時が止まった世界だ。
それは現実世界からすれば、死んだも同然だった。
カーティルの告白に、コーザは何も返すことができなかった。
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次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




