18 妖精の森/ビッグ・モス
「大丈夫だ、セリーリア。シュナイダーたちは信用できる」
安心させるようにコーザは声をかけるも、それは逆効果だったのかもしれない。
セリーリアがきっとコーザを睨みつける。
「あたしがずっと邪魔だったんですか? 預けたくなるほど迷惑な存在だったんですか? それなら、どうして拾ったんですか! どうして優しくしてくれたんですか!」
手を離したセリーリアが、単独で森の奥に走っていってしまう。
ここはまだ戦闘エリアだ。
モンスターに倒されてしまったら、はじまりの町でリスポーンしかねない。
「おい、馬鹿っ!」
(クソっ……なんでこうなるんだ)
コーザの手がセリーリアを捕まえようと伸ばされるが、捉えきれない。
「だれか、その子を捕まえてくれ!」
「絶対に傷つけるな! リスポーンしたら、もうこの子は2度とここに来られないぞ!」
事情を察した妖精の嬢王の面々が、それぞれ仲間たちに連絡を取ってくれる。
コーザも自分にできることをしはじめた。
まずは、《脱獄の共犯者》を解除。
セリーリアの敏捷性を本来の値にまで下げる。
(賭けだな、これは……チクショウ!)
モンスターからは逃げられなくなるが、これでプレイヤーからの逃走も難しい。
時間との勝負だ。
「セリーリア! とりあえず、うちの話を聞いてくれ!」
左手からビッグ・モスが迫る。
巨大な蛾だ。
だが、目を閉じて一心不乱に走るセリーリアは、自身に近づくモンスターに気がついていないだろう。
(冗談じゃねえぞ。こんなところで殺されてたまるか!)
救咎定約を解除。
セリーリアに貸し与えていた経験値を強制的に回収する。
セリーリアのレベルが1にまで下がった。
間を置かず、不死鳥恋南の契り――最強の護法を召喚する。
「煉南鳥! セリーリアに近づくモンスターをすべて焼き払え!」
召喚される不死鳥の化身。
だが、煉南鳥は動かない。
こんな雑魚相手に自分を呼ぶなと言わんばかりに、空中で仁王立ちをしたままだ。
「クソがっ!」
(こんなときに命令無視かよ! 間に合わなかったら、一生恨んでやるからな)
走りながらコーザは次々と自身の装備を変えていく。
自分が負けてしまっては話にならない。
セリーリアを保護するうえで、コーザの生存は絶対だ。だからこそ、臨機応変な対応ができるように、これまでは自分が最強と考える装備で挑んだ。
だが、今は違う。
すべての装備を敏捷性の一点にだけ集約させる。
移動しながらの着脱は、紛うことなくコーザの絶技だ。
《人身放擲》
コーザが直線状に物凄い勢いで射出される。自身の敏捷性に応じた距離を移動する魔法だ。
「す、すごい……」
間合いの詰め方が独特で再現性に欠くため、使うプレイヤーはまずいない。とっさに《人身放擲》を選んだことで、かえってコーザの力量が周囲に知れ渡る。
ほとんど瞬間移動の要領で、セリーリアの隣に移動。
コーザが右手で剣を振るう。
シャギーン。
流血のエフェクトとともに、蛾のHPゲージが4割ほど減少した。
(石化キャンセル!)
魔法《人身放擲》は、1秒後に射出したぶんの距離を後退するまでがセットだ。
しかし、石化の状態異常で、プレイヤーの移動を禁止してやると、この反動をスキップすることができる。
(うぐっ……)
しかし、それは本来の挙動ではないのだろう。
副作用として2つのバグが起こる。1つは、後退時の衝撃が残ったままで、信じられないほどの慣性が体に働いてしまう。
食ったものを戻しそうになりながらも、どうにかコーザは引力に堪える。
落下するビッグ・モス。
左羽を失った巨大な蛾が、地面へと落ちながら、なおもコーザの左肩に食らいついた。
「ぐあぁああああ!」
そして、これがもうひとつのバグだ。
通常ではありえない動きに反応してなのか、それともプレイヤーに注意を促すためなのか。《人身放擲》を石化キャンセルすると、なぜか痛覚センサーがオンになる。
「クソ虫が!」
痛覚を再度、遮断しているような余裕はない。
セリーリアの体力は貧弱だ。
一撃でももらっていはいけない。
回転。
右手で剣を振るう。
三連斬。
青白いエフェクトが剣の軌道に反応して発生。
ビッグ・モスの胴体を完全に貫いていた。
「はぁはぁ……」
経験値獲得を知らせる効果音をしり目に、コーザは剣をしまった。
(痛覚遮断強……)
そして、ようやくコーザがセリーリアに振り返る。
怯えたような目で自分を見上げるカーティルの頭を、コーザは優しく撫でていた。
「ケガしてねえな?」
「……っ」
こくりとうなずくだけで、精いっぱいなのだろう。
セリーリアは言葉を返さなかった。
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