14 宿屋/愛花の枕
「それじゃあ行くか。温泉と夜景、どっちからにする?」
セリーリアがくんくんと自分の腕を嗅ぐ。
アバターに皮脂の設定はないので、どれだけ風呂キャンしようと無臭だろう。
ただし、発汗センサーはプレイヤー次第で活用できる。コーザはオフなので、セリーリアも必然的にオフになっていた。
「温泉のほうがいいです」
「そりゃそうだな」
コーザが笑って、セリーリアを案内する。
露天風呂だ。
脱衣所に入室する際にレイヤーが変わるので、ほかのプレイヤーと出くわすことはない。
(まあ、脱衣所っつっても装備を変えられるだけで、入浴は着衣のままなんだけどな……)
脱衣所の前でしばらくコーザは待機する。
セリーリアが無事に入れたのを確かめてから、自分も入室するつもりだった。
ガラガラガラ。
開かれる脱衣所。
先客がいたのかと目を丸くすれば、そこにはデフォルトのアバターに戻ったセリーリアがいた。
恥ずかしそうに、セリーリアが言う。
「コーザさん……。洋服が脱げません」
「……。それ以上、脱げないぞ」
「えっ? そうなんですか」
せっかくの入浴なのだ。
今までと同じ勝手で、湯につかりたいという気持ちはわからないでもない。
もうとっくにコーザは、タイオン式の入浴に慣れてしまっているが、その感性を今のセリーリアに求めるのは間違っているはずだ。
「……」
「1人じゃなくなっても平気か?」
「……。……は、はい」
絶対に平気ではない声音で、セリーリアがうなずく。
「うちとじゃねえよ」
「あっ……」
勘違いして頬を赤らめるセリーリアを気にせず、コーザはカーティルに3つのアイテムを渡した。
「汎用恋人NPCと、親密度上昇アイテム2種だ。本来はお色気イベントのはずだが、それで普段どおりに入浴ができる。NPCとの混浴だがな。性別はお前のほうで設定しろ」
「わ、わかりました」
再度、脱衣所に入っていくセリーリアを見届けてから、コーザはペアロックの設定を変更した。
(恋人NPCの音声をオフ、字幕もオフ……。これでとりあえず、いても邪魔にならないだろう)
セリーリアが出て来ないのを確認してから、コーザも脱衣所に入る。
『あなたのパーティーメンバーが先にいます。同じ露天風呂に向かいますか?』
選択をプライベートに。
まだ、セリーリアはチャットを使いこなせないため、互いの音声だけは聞こえるようにする。
コーザの場合は着衣のままなので、脱衣所をほとんどスキップ状態だ。風情がないので、さすがにハンドタオルは持ちこむものも、実際にそれを使うことはない。
「ふぅ……」
湯につかる。久しぶりの入浴だ。
(……。そういやNPCとの結婚イベントに失敗すると、1人かつ裸でも入浴ができるんだっけか? よく覚えてねえな……)
空を見上げる。
星が綺麗に見えた。
奇しくも、セリーリアも同じタイミングで夜空を眺めていたようで、感嘆の声を上げていた。
「わあ……きれい」
少しは楽しんでくれているようで、コーザはどこか安心した。
「……コーザさん。そっちの景色はどうですか?」
違う場所にいると思っているのだろう。
セリーリアの声が遠くへ向かって発されていた。
「セリーリアとおんなじだよ」
「……」
思いのほか、コーザの声が近くから聞こえて来るためだろう。セリーリアが息を飲んだのがわかった。
「うちは、先に出るけど、好きなだけ浸かっていていいからな」
「あっ、はい……」
脱衣所から出て、冷えたガラス瓶の飲み物を一気に飲む。
(日本人の風呂といえば、これだよな……)
味はデフォルトなので期待外れもいいところだが、コーヒーの香りは楽しめる。
しばらく適当に時間を潰していれば、セリーリアも脱衣所から出て来た。
「お待たせしました」
「あとは部屋からの夜景くらいだな」
価格に見合った豪華な廊下を歩き、部屋に向かう。
姝醜の都は古今東西の花が入り乱れている都市だ。
問題は美しい花だけではなく、汚らしい花まで平気で飾ってあるところだろう。初見のプレイヤーでは、違和感を覚えない者はいない。
「……。すごいところですね」
言葉を選んだセリーリアが、窓からの町の様子に対する感想を漏らす。
「はは、面黒いところだろう? 計画的に美醜を混ぜ合わせて作った場所なんか、この姝醜の都くらいだろうな」
現在時刻は21:50。あと10分間は宿屋を出られない。
(うちは軽く寝とくか)
景色に夢中のセリーリアには声をかけず、コーザはそっと退室。
パーティーを解除して、もう一度入室した。
すると今度は、コーザのためだけに用意された部屋が現れる。
(入眠補助……)
機能をオンにすれば、すぐさまコーザを猛烈な睡魔が襲った。
それに抗わず、コーザは身を委ねた。
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