10 中央大森林/シェルターテント
コーザは中央大森林の中を順調に進んでいた。
目指しているのは中北部の都市だ。
そこを起点に東部へと進むつもりでいた。
「――ッ!」
ふいに、魔獣が横から飛び出して来る。
(ちっ……狐嫽人が倒し損ねたか)
さすがに、あれだけの使い魔が全滅したとは思えない。
感知範囲を逃れて来た個体に違いなかった。
「隠れてな、セリーリア!」
「は、はい」
剣を抜き、迎撃する。
ダーク・ケルベロスの強靭な顎が、迎え撃つコーザの剣を挟み込む。
(こいつと戦うときのポイントは、常に左右どちらかを相手取ること……)
3つある顔のうち、正面と相対してしまうと、左右からの攻撃も食らうことが多い。
端のものにだけ集中するのが基本だ。
「うおりゃ!」
右手一本でダーク・ケルベロスの牙から身を守りつつ、コーザは左手で魔法を使う。
《窮鬼の悪臭》
火球が魔獣の下顎に命中し、その体を大きく持ち上げる。
魔女と違ってダメージ自体は大したことのないものだが、付与されるバッドステータスの恩恵が大きい。
「……ふっ!」
魔獣の体が浮いたおかがで、コーザにかかっていた荷重が瞬間的になくなる。
その隙をついて、コーザが剣を振り抜いた。
ズシャーン。
流血のエフェクトとともに、ダーク・ケルベロスのHPが大きく減損する。
コーザの連撃は止まらない。
そのまま流れるように魔法と剣術を駆使して、どうにか魔獣を撃退した。
(ふう……。どうにか腕は落ちてねえみてえだな)
パチパチ……パチ。
やる気のない拍手。
音のした方向に視線を向ければ、そこにはコーザの召喚した不死鳥の化身が、木の枝に艶めかしく腰かけていた。
『手伝ってやろうかとも思ったが、この程度の雑魚であればそなた1人でもどうにかできるのだな。見直したぞ』
「……。見ていたなら、普通に手伝ってくれませんかね。煉南さん」
言い返しながらも、コーザは内心で舌を巻く。
(戻って来たってことは、追っ手を全員もう片づけたってことかよ……。やっぱ、この使い魔はインチキだな)
ワールドに同名のNPCが1体しかいないというのも納得がいく。
人型の使い魔は主人であるはずのコーザを見下ろしたまま、その場から動かない。
コーザの与えた命令はすでに終了しているはずだった。
「あの……煉南さん? もう戻ってくれて構わないんすけど……」
煉南鳥は別格だ。使い魔でありながら、プレイヤーの命令に必ずしも従うわけではない。
その横暴さを許されるだけの力が、彼女にはあった。
『久しぶりに呼び出したと思ったから、雑魚の掃除ばかりさせおって。次はもう少し歯ごたえのある敵を期待しているぞ』
コーザは煉南鳥に引きつった笑みしか向けられない。
自分であれば、大泥棒の一団と対峙するのに15人は必要だっただろう。
そんな相手を赤子扱いできる使い魔に、コーザが満足のいく戦闘を用意できるはずもない。
(無茶を言ってくれる……)
コーザが呆れている間に、機嫌を治した煉南鳥は勝手に異界へと戻っていった。その後、数回の戦闘を経て、コーザたちはどうにか休憩できそうな開けた場所にまで、たどり着くことができていた。
(そろそろ、うちは飯にするかね)
もうすでに、イベント時刻は昼近い。
なんだかんだ言っても、セリーリアと出会ってからは体感時間で2時間以上が経過している計算だ。
いい加減、セリーリアも眠いだろうと、コーザはセリーリアに入眠を促す。
「眠いだろう? 寝ていいぞ」
「いえ……」
顔色は優れないが、セリーリアは首を横に振っている。
「……。うちに体をまさぐられるんじゃないかって、心配か?」
「そういうわけじゃ……」
アバターに外性器は存在しないが、コリジョンの都合で胸部だけはなくせない。
(一応、うちは胴体のペイン判定も切っているんだが……ペアロックの親はうちだからな。いつでも変えられる。これはなんの信用にもならん……)
「ほらよ」
コーザがアイテムを手渡す。
セリーリアはぽかんとした顔で、三角形の箱に視線を落とした。
「……?」
「眠るためのシェルターテントだ。入っちまえば、内側からしか開けられない。アイテム説明欄にも同じことが書いてあるから、確かめてみな」
受け取ったアイテムをおずおずと確認するセリーリア。それは明らかに、確かめたくてやったというよりも、コーザに言われたからやったというそぶりだった。
「うわっ」
アイテムが展開し、屋外テントのような緑色のスペースが出現する。
材質はない。
壁にあたるものは光でできているため、プライバシーまでは確保されない。
「……」
入室をためらうセリーリアに、コーザはさらに声をかけた。
「そのテントは無敵だ。入ってくれたほうがうちも守りやすい」
戦闘エリアでしか展開できないなど、制限の多いアイテムだが、プレイヤーが入っている間は破壊不可だ。モンスターから襲われる心配もない。
コーザに言われて、セリーリアがシェルターテントの中に入っていく。
そうして、おとなしくテントの中で横になった。
「……。先ほどはお役に立てなくてすみませんでした」
「……?」
セリーリアの妙な発言に、コーザがテントのほうを見やる。
一方のセリーリアは、すがるような目つきでコーザを凝視していた。
「次からは、もっと役に立ってみせます。だから……捨てないでください……」
いったいどうしてそういう話になるんだと、面食らうコーザだったが、直後に今しがた自分が何を話したのかを思い出す。
『入ってくれたほうがうちも守りやすい』
セリーリアが同意しやすいように言ったつもりだったが、その実それは、セリーリアを露骨に足手まといだと見なす発言でもある。
(……はあ。何をやっているんだ、うちは。不安にさせてどうする)
自分で自分を情けなく思ったコーザが、顔に手をやって天を仰ぐ。
「悪かった、そういうつもりで言ったんじゃない」
「そばにいてくれますか……?」
「……。……」
コーザはぎょっとした。
面と向かって、他人に必要とされたのは、いったいいつ以来だろう。
うまく言葉が出て来ない。
どうしていいのかわからず、コーザがぎこちない動きでうなずけば、ようやくセリーリアは安心したような、はかない笑みを見せた。
(捨てないでください……か)
急いでいたので流してしまったが、セリーリアは死ぬためにタイオンをはじめたとも言っていた。
もちろん、ここにいる多くのプレイヤーがそうだろう。
多かれ少なかれ、現実とおさらばしたくて、もう二度と覚めることのないゲームの世界に入って来た。
だが、セリーリアのようにこうもはっきりと、タイオンに夢も希望も持たずにログインして来るプレイヤーは稀だ。
なんとかしてやりたい。
ここは楽しい世界なんだと気がつかせてやりたい。
(うちは死のうとしているのにか?)
コーザが自嘲気味に笑う。
そこには、ろくでなしの自分に、この子の抱えている事柄に踏み込む資格があるのかという自問も含んでいた。
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