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【最強の男に拾われたら、一生離してもらえなくなりました】

「お前の料理は味が薄い」と職場を追放された私、実は無意識に【魔力全快の毒消し】を作っていただけでした。伝説の魔王様に「君の愛(?隠し味)なしでは生きられない」と離してもらえません

作者: 唯崎りいち
掲載日:2026/03/15

「申し訳ありません」


 私は客の前で土下座させられていた。


 料理人として働いていた高級ホテルを解雇されて、行くあてもなく途方に暮れていたら紳士が助けてくれました。


 まさか、伝説の魔王様とは知らずに私の料理が力を与えていたみたいで……。


 勇者と魔王が戦う中世の剣と魔法のファンタジーの世界を復活させてしまいました。


◆◆


 ここは高級ホテルのベルモント。


 私は料理人として見習いを卒業して、ソースを担当させて貰えるようになったばかりだった。


 それなのに「料理の味が薄い」とクレームがきて、私のソースが原因だと判明した。


「申し訳ありません、王太子」


 総料理長どころか支配人までもが謝っている。


 私は震えるだけで、まだ自分のしでかした事がわかっていなかった。


「こんな味の薄いどころか、味のしない料理を食べさせられて、隣国の姫が怒って帰ってしまったではないか!」


 もうすぐ王太子と婚約すると噂の姫だ。


 怒らせたら、外交問題になる。


 どれだけ大変な事か理解できる……。


 でも、私なの?


 私のソースが本当に原因なの!?


「申し訳……ありま……せん……」


 私は唇を噛み締めて、震えながら声を絞り出す。


 床に頭を擦り付ける。


 絨毯の間には乾いた泥汚れがまだ残っていた。


「賠償金を請求する……」


 そう言って王太子は帰って行く。


「なんて事をしてくれたんだ」


 総料理長が私に言う。


「何故、こんな女にソースを任せた。最近、味が薄いとクレームが増えていたのに」


 支配人が言う。


 私は——解雇された。


 夜の街を途方に暮れて歩く。


 きっと今日までの給金は貰えない。


 ほぼ一か月分あったのに。


 家賃の支払い日はすぐそこだ。


 これからどうすれば……。


 ブロロロ


 すぐ横に自動車が止まる。


 最近馬車の代わりに使われているけど、まだ相当の大金持ちしか持っていないものだ。


 魔法が廃れて、機械の文明が育って来ている途中にある。


 自動車から降りて来た完璧に身体に沿ったフロックコートを着た紳士が降りてくる。


 辺りを黒く染める様な威圧感があり、私は思わず唾を飲み込む。


 紳士は優雅な動きでシルクハットの庇に手をかけて、控えている執事に渡すと、


「あなたの料理は大変素晴らしかった! ぜひ我が屋敷で腕を振るって欲しい!」


 白い手袋に覆われた右手を私に差し出す。


 ピカピカの自動車からもっとピカピカの人が出て来て、私は固まる。


 「あ、味が薄いとクビになったばかりです」


「ああ、見ていたよ。君の料理を食べるためにあのホテルに通っているからね。馬鹿な奴らだが、君を俺のものにしたいと思っていたから丁度良かったよ」


 ピカピカのお客様が毎日いらしているのは見て知ってます。


 給仕のメイドが騒いでいましたから。


 少し怖い感じで伝説の魔王様の様な近寄りがたい人だと言っていたけど、見た目は冷たいけど、とても気さくな人のよう。


 私は……行く当てもないし……。


「わかりました。あなたの所で働きます」


「さあ、乗って」


 自動車のドアを開くけど、部屋に荷物もあるし……。


「後の手続きは、こちらで手配する。すぐに来てくれ。逃げられて、誘拐するハメにはなりたくないからな」


 誘拐……は冗談だと思うけど……。


 いきなりクビになって自信をなくしていたから、大袈裟に求められるのは嬉しい。


 自動車の中は初めて見るけど、家のソファと変わらない。


 確実に私に家のソファよりは座り心地がいいけど……。


 格好いい紳士の隣に座っているだけで、私の鼓動は早くなった。


◆◆


 自動車がついたのは街から外れた巨大な屋敷だった。


 門から建物までも距離があって、馬車より早い自動車でも長く感じた。


 紳士に手を取ってもらって自動車から降りると、屋敷に通じる階段をメイドがかけてくる。


 黒いワンピースの上に白いフリルのエプロンを着ている立派なお屋敷にはつきもののメイドだ。


 何も変わったところはない——。


 ——なく、ない!


 メイドは緑がかったような肌をして、頭には羊のような渦巻きの角が生えている!


「魔王様、おかえりなさいませ」


 丁寧にお辞儀をするが、苦しそう。


「……迎えはいい。お前たちにはここの空気は毒だ。屋敷の中で大人しくしていろ」


 え? ええ!?


 魔王様ー!!?


 運転席の隣に座っていた執事が降りてくる。


 気づかなかったけど、彼の顔もうっすら緑色で、靴を閉じても牙が見えている……。


 魔王様……紳士の方を見ると、さっきまでなかった雄牛の様な角が頭から生えている……。


『逃げられて、誘拐するハメにはなりたくないからな』


 もしかして……私、自ら進んでとんでもないところに来てしまったの……!


 恐怖で後ずさるけど、来た道を思い返せば逃げられ離わけがない。


 グラッと後ろの小石か何かを踏んで倒れそうになる。


「聖女!」


 魔王様がそう言って私を抱き止める。


「騙してすまなかった。だが、君は俺たちを助けてくれる聖女なんだ。どうしてもここにいてもらう必要がある」


 声は優しいけど、言ってることは優しくない。


 聖女? 私が?


 ただの料理人です。


『お前たちにはここの空気は毒だ』


 毒って、食中毒……?


 料理人として気をつけてはいるけど、この世界にはまだ食中毒の概念がなくて、気をつけているのは私だけ。


 それで、私が聖女なの?


◆◆


 私は魔王様の屋敷に足を踏み入れてしまった。


 ここまで来たら帰ることも逃げることもできない。


 広い食堂で魔王様と私は小さいテーブルに向かい合って座っている。


 小さいと感じるのは魔王様が大きいからで、テーブルは普通なのかも。


 出会った紳士の時より少しだけ身体が大きくなっている様な気がする。


 今は身体にあったフロックコートは脱いで、やはり身体にあったシャツを着ている。


 くつろいだ感じにはだけていて、チラッと見える胸の筋肉が私の鼓動を早くする。


 しばらくすると料理が次々に運ばれてくる。


 どれも、ドロッとまとわりつくような甘い香りがする。


 ……これが魔族の料理なの?


「この料理のソースを作ってくれないか」


 魔王様が言う。


「ソース……ですか? 味見していいですか?」


 魔王様は少し迷ってうなずく。


 一口づつ味見する。


 人間の料理と変わらない味だ。


 匂いだけが特殊なのか?


 私は調理場に案内してもらう。


 「ひ……!」


 巨大な魔物がいた。


 他にも働いているのは見るからに魔族というような異様な姿の面々。


 ガーゴイルやトカゲがキッチンを走り回っていた。


 メイドの容姿を見て、角の生えた魔王様を見て、そういう場所だとは思っていたけど……。


 私はこの場所でソースを作ることを躊躇う。


「料理長、聖女が料理を作るから出て行ってくれ」


 魔王様が、魔物を追い出してくれる。


「聖女様、奇跡を期待しています」


 口々にそう言って出ていく様子は礼儀正しくて、追い出してしまった私が間違っている気がした。


「聖女様、私が道具の場所とか、調理場の案内をいたします」


 そう言ったのは可愛い妖精型の魔族だった。


 妖精のおかげで調理場は使いやすくて、ソースはあっという間に完成する。


「さすがだな」


 後ろで見ていた魔王様に褒められて、赤くなってしまう。


 食堂にあった料理にソースをかける。


 魔王様と二人で料理を食べる。


 これは一体どういう状況なの?


 魔王様の屋敷で料理の腕を振るって欲しいと言われて来たのに、ソースを作ったのは最終テスト?


 不採用なら逃げられる?


 魔王様と魔物の屋敷って知った時には逃げたかったけど、今は帰りたくない……。


「う……」


 不採用にはなりたくないと思ったんだけど、味がしない……。


 味見をした時にはあった味が、なくなってる——。


 私のソースが味を消した……。


 ホテルで王太子に土下座させられて、自分のせいだって納得してなかったけど……私のせいだった。


 私は血の気が引いて、指先が震え出した。


 子供のころからの夢の料理人になれて喜んでいたのに……。


 どうして……。


「説明もなしに驚かせて悪かった、聖女」


 そう言って魔王様が震える私を抱きしめてくれる。


 魔王様の温かい身体に包まれて、気持ちが落ち着いていく。


「君のソースが料理に入っていた毒を無効化したんだ。味はそのせいで薄く感じるようになった」


「ど、毒!? 食べても何ともありませんけど」


「俺も驚いたが、君自身は無意識に毒を無効化している。毒を入れて作らせた料理だったんだが……」


「ええ?」


 無意識って言われたらなんでもありだけど……。


「料理の味が変わっていた……?」


 ソースを作ってる間に料理を入れ替えたとか?


「君は毒を感じると無意識で無効化してしまう。それは自分自身だけでなく、料理を通して他人の毒さえ消そうとするんだ。

 事実を知って事象を見れば理解できるよになる」


 魔王様が私を抱きしめたままなのに気づいて、私は身体を離そうとする。


 けど、もっと強く抱きしめられてしまう。


「俺たち魔族は、今の世界は毒なんだ。だから、メイドや執事の様に、食事するたびに常時毒に侵されている。君の君の無意識の浄化能力が俺たちには必要なんだ」


「わ、わかりました! やれるかわからないけど、明日の朝食から作らせてください!」


 私は心臓がバクバクして真っ赤になってしまう。


「ありがとう、聖女」


 魔王様はそういうと私のほっぺにキスした。


「!」


 ますます赤くなる私。


「最初に味見した時に毒を感じる様なことはなかったのか?」


「ありませんでしたけど……匂いが甘すぎるような気はしたけど」


 ホテルでも感じたことのある、ドロリとした甘過ぎる香り……。


 デザートの匂いだと思っていたけど、毒の香りだったの?


「さっきの料理にはわざと毒を入れてあったが、君は匂いで判別しているんだな。世界の毒はもっと薄いが、普段から君は匂いで料理に異変を感じて毒消し効果を入れている。だから味が少し薄くなるんだ」


 甘い匂いはデザートのものだと思っていたけど……。


「ここで料理を作りながら自分の能力を確かめるといい。さっきの料理の中には一つしか毒は入れていない。なのに全ての料理の味が消えた」


「え!?」


「君は自分の能力を知るべきだ」


 魔王様に今夜の部屋に案内される。


 食堂を出る前に、私が味を消してしまった料理をメイドや執事たちが食べるのを見た。


「わぁ、スッキリ!」


「味はしないけど、身体をかけ巡って毒を消してくれるこの感じクセになりそう!」


 彼らの緑色だった肌がみるみると健康的な肌色に戻っていく。


 これは……本当に毒が消えてる?


◆◆


 今夜、寝る場所として案内されたのは豪華な装飾の施されて広い部屋だ。


 大きすぎる天蓋付きのベッドに巨大なクッションがいくつも並べられている。


 さすが魔王様のお屋敷!


 ゲストルームも豪華!


「では、寝るか」


 え?


 何故か私は魔王様にベッドの上で抱きしめられています。


「……あの、……ここってもしかして……魔王様のお部屋ですか?」


「そうだ。君は人間だから、まだ魔族にとって世界がどれほど毒なのか知らない。君が魔族に近づくほど、魔族の毒を治そうとする。俺とこうしていれば、君はすぐにでも自分を魔族だと思うようになる……」


 話終わると魔王様は寝息を立てて眠ってしまいました。


 ガッチリと回された腕は解くことができない。


 私は魔王様の鼓動を聞きながら、自分の鼓動が何倍も早くリズムを刻むのを感じた。


 魔王様の体温に身体が熱くなる。


 抱きしめられるだけじゃ物足りないと思いながら、眠りに落ちた。


◆◆


 朝、私は魔王様に起こされた。


 朝食を作るには遅い時間だ。


「最後に君のソースをかければ毒消しは済む。慌てる必要はない」


「私は料理人です! そんな最後だけってってわけには……」


 魔王様は驚いたようだった。


「そうだったな……。だが、今は君が魔族の毒を消せるか、魔族を仲間だと思っているかの方が大事だ」


 そういって魔王様が私にキスする。


 私は真っ赤になる


 これで魔族のために料理の毒を消してしまったら、ま、魔王様を好きっていってるみたいじゃない!


◆◆


 厨房では朝食はほぼ出来上がっていた。


 焼き立てのパンの香ばしい香りがする。


 人間の朝食と変わらない料理が並んでいる。


 でも、匂いが違う気がする……。


 甘い匂いがかすかにする。


 これが、魔族が感じている毒なの?


 私はサラダの仕上げのドレッシングだけ作る。


 今日は魔族の料理人も一緒に厨房を使っているから、トカゲの尻尾を踏みそうになる。


 ちょっとした違和感はあるけど、ホテルで働いているのと変わらないと思った。


 完成したドレッシングと一緒に朝食が運ばれていく。


「味が薄いけどスッキリする」


 と言うような声がずっと聞こえてくる。


 私はカーッと赤くなる。


「ありがとう、聖女。これで魔族は安心して食事が出来る」


 魔王様が私の横で言う。


 魔王様の瞳が私の気持ちを見透かしてる気がして、魔王様を見ることができません!


◆◆


 私は自分の分の朝食を隅っこで食べる。


 美味しい。


 サラダに自分で作ったドレッシングをつけた途端、味が薄くなる。


 味が薄いくらいで済んでるのは本当の毒ではないからだと思う。


 本当の毒だったら、味が消えてる……。


 昨日の本当の毒が入った料理の味は消えていた。


 でも毒が入っている料理は一つだけだったのに、全部の料理の味を消してしまった。


 今朝はサラダの味があって薄くなっただけ。


 それでみんなの毒は消えてるらしい。


「何を考えている? 聖女」


 魔王様が隅っこに来る。


 圧迫感がある。


「私は毒消しを無意識で使い分けているみたいですね。それから、毒の場所を特定できないから無差別に毒消しを作っていた……。なら、料理にかけずに薬として作れば、料理の味を変えないのでは?」


「そうだな。付け加えると、魔力を全開させる効果もある。人間は魔法を忘れているから、気づくものもいなかったのだろう。

 魔王の俺には毒はほとんど効かないから、魔力を回復させるために君の料理を食べにホテルに通っていたんだ」


「そうだったんですか!?」


「封印されて数百年経って復活したはいいが、魔力は全盛期に遠く及ばない。君の料理を食べ続ければ魔力の回復も早い。剣と魔法、勇者と魔王が戦う世界の復活が早くなる」


 ちょっと思考が追いつかなかった。


「いまの世界は魔族によって毒が強すぎる。

機械の文明を破壊し、魔法の文明を復活させる。魔族のためだが、君のように人間で魔法を使えるものにとっても、生きづらい世の中になっている。復活した魔王としての責任だ」


 そう言って、魔王様は私の髪を撫でる。


 いつの間にか膝に乗せられて、キスされてる。


「もっと俺を好きになって、もっと魔族に近づけば毒の原因がもっとわかるようになる」


 魔王様にキスされて、文明を滅ぼしてしまうかもしれないのに、胸が高鳴って、私は魔王様を抱きしめてた。


 魔王様にとろかされながら、ふと想う。


 ——王太子が、味がしないって言ったのは……毒が仕込まれていたから。


 無差別に毒を消そうと私が無意識に全ての料理の味を消していた。


 私は、衝撃で動きを止める。


 魔王様は笑って言う。


「気づいたか、聖女」


◆◆


 数日経って、私は魔族に毒となっているものを特定できるようになっていた。


 ソースではなく薬を作り、自分の料理の味を変えずに作れる。


 ただし魔力全快の効果はそのままで。


 魔王様に料理を出すととても喜んでくれる。


「今日の夜は俺の食事はいらない」


 よ、喜んでくれていると思ったのに。


 魔王様はすぐに私を抱きしめる。


「君も来るんだ。王太子と隣国の姫がまたホテルベルモントで食事をするらしい。味のない料理を食べさせた謝罪に読んだらしいが……。なにが起こるか見に行こう。ついでに未払いの給金も貰ってこよう」


 私の能力から言って、味がしなかったのは料理に毒を仕込んだ人がいるから。


 犯人がまだホテルにいるなら、王太子たちをまた狙うはず……。


 でも、私の身体は緊張している。


 土下座させられた屈辱にカッと血が泡立つ。


「大丈夫だ、聖女。俺がいる。ずっとお前の味方で離れることはない」


 魔王様が甘く囁いて、キスしてくれるから、私は落ち着いてくる。


「……行きます。私の力を見せて後悔させてやります!」


 私が言うと、魔王様は笑ってキスする。


「それでこそ、私の聖女だ……」


◆◆


 自動車に乗り込み魔王様から角が消えて、少し身体が小さくなったみたいです。


 それでも男性としては背が高く威圧感があります。


 今日は肩にケープのついた袖なしのインバネスコートと、つばが前後にあり左右の耳当てをてっぺんでリボンで結んだ鹿撃ち帽をかぶっています。


 相変わらず身体に沿って作られていて、とても似合っていて、チェック柄がまるで名探偵です。


 まあ、料理に毒を持った犯人を捕まえるんで探偵みたいな事をしにいくんですけど、魔王様、形から入るタイプですか?


 私もドレスの上にトレンチコートを着て、そこはかとなく探偵っぽい格好で自動車に乗り込みました。


 自動車の駆動音を心地良さそうに聞く魔王様。


 部屋には蓄音機が置いてありました。


「魔王様は機械文明が大好きですよね」


「そうだな。だがこの世界で魔族は生きられない。人間にとってもいい環境ではなくなっていく」


 好きなものを滅ぼさなければいけない、魔王様の横顔が悲しそうでした。


「ところで、君は誰が犯人だと思うんだ?」


「それは……」


 王太子の料理に毒が盛られていたと聞いた時から考えていた。


 当日は隣国の姫が疲れているからと、コースは五品のみだった。


 一品目のロワイヤル、二品のサラダは副菜担当がベースを作って、私が仕上げのソースやドレッシングをかけた。


 三品目の魚料理は魚料理担当が蒸した魚に、私のソースを添えた。


 四品目のパンは製パン担当が焼いたパンで、私の調味したバターを使っていたはず。


 五品目のデザートはパティシエが作って、私が関わっていない。


 後は、総料理長、副料理長、見習いも料理には関わっていた。


 私が当日関わった料理はロワイヤル、サラダ、魚料理の三品。


 パンのバターは前もって用意していたもの。


 だから関わった三品を作った、副菜担当か魚料理担当が怪しいけど……。


 私は毒の香りを嗅ぐと無意識に無差別に毒消しを作ってしまっていたんだよね……。


 誰でも可能性はあったけど……。


「もし、担当者以外の料理に毒を入れるなら、今日は最初の方の料理に毒を入れるはず……。味が薄いと帰ってしまったら目的を達成できないもの……。味が薄い理由が私の毒消しだったなんて誰も知らないんだし、また味が薄いと言われるリスクがあると思っているはず……」


「なるほど、素晴らしい推理だ」


 魔王様に褒められる。


「料理の担当者が犯人なら、味が薄いと言われるリスクよりも、疑われて料理を出す前に捕まるリスクを重く見ると思うんです……。


 今日の料理は前回とは違うけど、何品目で王太子が倒れるかで犯人の目星がつきそうね」


◆◆


 ホテルに着くと給仕のメイドたちが、「なんであなたが、あの素敵な男性と一緒にいるの!?」と無言で驚いている。


 奥に戻って女性同士でヒソヒソ話すてる声が聞こえそう。


 魔王様は女性たちのことは意に介していない様子だけど、支配人や総料理長の視線には、強く文句を言わせない威圧で応えてる。


 土下座させられた絨毯がそこだけ光っているように。屈辱の思い出を一瞬写したけど、魔王様の腕に抱かれて、睨まれて小さくなっている支配人と総料理長を見ると気持ちが晴れていった。


 私たちがテーブルに着くと、ざわめきが起こる。


 王太子と姫が到着したのだ。


 ——一品目が運ばれてくる。


 支配人や総料理長の関心は王太子の方に向いているので気が楽だ。


 ただ、メイドたちの関心の大部分はいまだに私に注がれている。


「味が落ちたな……。君がいなくなったせいだろう。世界一の料理人が我が館にいるんだ、ここにはくる必要がないな」


 魔王様は私を喜ばせようと言ってくれるけど、実際に魔王様の魔族の料理人はレベルが高い。


 私は魔王様に言われただけじゃなく、自分の為にも魔族の厨房は守りたいと思う。


 私たちの料理に少し遅れて、王太子のところにも料理が運ばれてくる。


 一品目、二品目、三品目——。


 前半の料理に毒はない。


「なんと深みのある味なんだ! この間の味のない料理は何かの間違いだったのだな!」


 王太子の言葉に支配人も総料理長も安堵している。


 彼らや、副菜担当、魚料理担当ふぁ犯人だと言う線は消えた……?


 私と魔王様のテーブルにはデザートがやってくる。


 甘い香り。


 ただ、ドロリという毒の香りではない、純粋なデザートの甘さ。


 レモンのソースが中に入ったケーキは爽やかな味がする。


 製菓担当のパティシエとは、同じくらいに見習いになって、身寄りのない境遇が同じで気が合った。


 見習いから先にパティシエになって嫉妬したこともあったけど、仲のいい友達だ……。


 王太子のところにもデザートが運ばれてくる。


 最後の品だ。


 ドロリとした甘い匂いがここまで漂ってきた。


 毒が仕込まれている。


 王太子が一口食べる血を吐いて倒れた。


 隣国の姫も口に運ぼうとする寸前で、事態を認識したが、動作を止めるまでには至らず、デザートを口に入れる。


 しかし、すぐに吐き出すが、相当強い毒らしく、床に倒れると、手足をピクピクと痙攣させる。


 ガシャーン


「うわー!?」


 ガラスの割れる音、物の倒れる音。


 一呼吸遅れて叫び声が聞こえると、その場はパニックになった。


 逃げる人々に逆行して、私は倒れた王太子たちに近づく。


 ポケットから小瓶を出すと王太子と隣国の姫の口に無理やり液体を流し込む。


 王太子の下が液体を捉えると光に包まれる。


 毒が消えて魔力が全快になった。


 姫も同じく。


 二人は逃げ惑う人々の中で、ただ呆然と体を起こして周りを見つめていた。


「王太子様! ご無事でしたか!」


 半分逃げ出しかけていた支配人と総料理長がやってくる。


「どういうことだ!」


 王太子は怒りを孕んだ声で問う。


「デザートに毒が仕込まれていたんだ。前回はここにいる料理人が、毒消しを作って命を救っていたのだ。味が消えていたのは毒を無効化するための毒消しの魔法に君がかかっていたためだ。

 魔法を忘れるから、誰が命を救ってくれたかすら分からなくなるのだ!」


 魔王様が王太子に言います。


「あなたが……私の命を救ってくれていたのか……」


 王太子は私を見て信じられないという様子です。


「う……」


 まだ意識を朦朧とさせた姫に王太子は寄り添います。


「ありがとう。俺と隣国の姫の命を救ってくれて」


 王太子の言葉に私は胸の支えがスーッとなくなっていきました。


 そして、魔王様がパティシエを連れてきます。


 最後の料理、デザートに毒が入っていた。


 香りもデザートからした……。


 けれど、それだとあまりにもわかりやすすぎる。


 自分が犯人だといっているようなものだ。


「パティシエは自分の担当のデザートに毒を入れた、それは間違いない。ただ、それは自分の意思ではない!」


 魔王様が完璧に決まった探偵の格好でいいます。


「副料理長、犯人はあなただ!」


 ビシッ


「支配人や総料理長の傲慢さは聖女を解雇した経緯を見ても明らかだ。副料理長が恨みを持って、最高の客のもてなしを台無しにしようと考えても仕方あるまい」


 いつの間にか現れた副料理長が項垂れている。


「隣国の姫との結婚を阻止しようという陰謀も働いて、大金が提示されて、直接実行するのは生活に困っているパティシエだ。迷う余地もなく飛びついたんだろう」


 副料理長は声もなく泣いている。


「毒を仕込まれたことに気付かず、二度も俺の命を危険に晒したのはお前たちだ!」


 王太子が支配人と総料理長に詰め寄る。


「彼女が味を消した原因まで調べれば、もっと早くに犯人を特定できた。お前たちの雑な保身が、俺と隣国の姫の命を危険に晒したのだ!」


 王太子の怒りはそいとうなものだった。


 支配人と総料理長はその場で何度も土下座をしたが許されることはなく、彼らは職を失った。


 王太子の命を危険に晒したことは評判になり、この国や隣国で彼らを雇うものはいないという。


 副料理長とパティシエは捕まり、副料理長の方は隣国との結婚を阻止しようとした勢力など、厳しく調べられている。


 パティシエの方も罪は重い。


「是非、俺の王宮で隣国の姫と俺の為に腕を振るって欲しい!」


 王太子から私への熱烈な宮廷料理人への誘いがあったが、私は断った。


 魔王様のそばにずっといたいから……。


「パティシエを……魔王様の屋敷に連れてくることはできませんか……」


 帰りの自動車の中で聞く。


「出来ない」


 魔王様はキッパリと言う。


「あんな男の事は忘れろ。君の愛なしでは、もう俺は生きられない」


「え?」


 別にパティシエの事が好きなわけじゃ。


 魔王様に抱きしめられてキスされます。


「君が永遠に俺のものになるなら、別の場所で助けてやろう」


「そんな条件なんてなくても、私はとっくに魔王様のものです……」


◆◆


「これで文明崩壊の芽は育ったな」


 王太子と隣国の姫の結婚を知らせる新聞を読みながら魔王様が言う。


「え? 結婚っておめでたいニュースですよ?」


「あの王太子と隣国の姫の子がいずれ勇者になる」


 魔王様はあっさりと言うけれど、敵を育てたってこと!?


「俺たち魔族に文明を壊す力はない。ただ存在するだけだ。その存在を潰そうと勇者が動けば動くほど、暴力に傾き人間側の文明は破壊されるの」


 魔王様は少し寂しそう。


「文明を破壊できるのは勇者だけだ」

 

 ……。


「……勇者が産まれていないってことは、まだ自動車に乗ったり蓄音機を聞いたり出来ますね、魔王様」


 私はそう言って魔王様を元気づける。


 ギュッと抱きしめられる。


「奥様の特製料理です」


 メイドが私の作った料理を運んでくれる。


 いつの間にか、私は屋敷で奥様と呼ばれてる。

 

 意識して作った、魔王様専用の【魔力全快の毒消し】料理。


 もうすぐ、魔力を十分に蓄えた伝説の魔王様が復活する。


 文明を破壊するのが勇者でも、私の料理も隠し味が、新しい時代を作る——。


 勇者と魔王が戦う、中世の剣と魔法のファンタジーの世界でも、魔王様は私を溺愛して離してくれません。


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