貧民から王子の番になったルルカは、婚約式に現れた真の番に愛されて更なる幸せを掴む。はずだった。
ルルカは運が良かった。生まれたのは貧民街の片隅だったが、十五歳の時に王子の番だと判明したのだ。ルルカを見つけた王子は、すぐに貧民街から連れ出してくれた。
汚い路上から、貴族の屋敷へ。ボロ布の服はドレスになった。ゴミ同然の食事は、美味しいご馳走に。たった一日で変わった生活は、ルルカの荒んだ心を満たしていった。
公爵家の養女になったルルカは、王子のために生きるようにと言われた。王子のために教養を身につけ、美しく着飾り、やがて王妃になるようにと。
ルルカの王子はとても綺麗で強い人だった。絹糸のような銀の髪、宝石にも負けない輝きの青い瞳。剣を振れば誰にも負けず、父親である王の補佐として国政に携わり、国民からの人気も高い。
――この人が私の夫になるなんて。信じられないわ。
王子はルルカに優しかった。欲しいものは何でも与えてくれる。忙しい仕事の合間を縫って会いにきてくれるから、ルルカは寂しいなんて思わなかった。
ただ、昼間しか会えないことと、ルルカに触れてくれないところは不満だ。婚約者といえども結婚するまで肌に触れてはいけない、などという決まりのせいだった。
ルルカのお願いに厳しいことを言う者は少なからずいたが、全て排除してもらった。彼らがどんな末路を辿ったのかと尋ねても、みな顔を青ざめて黙ってしまう。ルルカは興味を失った。きっと閑職へ追いやられたり、辺境へ放り込まれたのだろう。悪人の末路なんて、どれも似たようなものに決まっている。
ある日、ルルカは王城から街並みを見下ろしていた。途中までは気分よく見ていたルルカだったが、ある一画が視界に入った途端に、心の中に黒い感情が芽生えた。
「ねえ、ヘンリック様。あの貧民街を無くしてしまいませんか? 昔のことを思い出して辛いのです」
「そうだね。君が泣くなら消してしまおうか」
王子は貧民たちに家と仕事を与え、貧民街を綺麗に区画整理してしまった。
――どうして余計なことをするのかしら。あの貧民の中には、私をいじめていた人もいるのよ。荒野に追放するべき……いいえ、猛獣と一緒の檻に入れて見せ物にしたいわ。
貧民が消えてしまっても、誰も困らない。むしろ汚いものなんて、さっさと一掃してしまえばいいのだ。ルルカは不満だった。王子の優しさは国全体に向けられている。ルルカが嫌いな人間には、向けてほしくない。
美しく成長したルルカは、社交界の中心だった。自分の周りには常に誰かがいて、楽しませてくれる。称賛も羨望もルルカのもの。あの王子の番なのだから当然だ。次第にルルカは自分が一番でないと我慢できなくなっていた。
自分よりも綺麗なドレスを着ている令嬢には、ワインをかけて。ダンスが上手い令嬢は、足を引っ掛けて。人望がある令嬢には、悪い噂を囁いて追い詰めた。
ルルカは自分で手を下さない。代わりにやってくれる者なら、いくらでもいる。ルルカは見た目だけではなく、行動も綺麗でなくてはならないのだ。王子のために。だから自分の手を汚すことは、絶対にしない。
婚約を破談にさせたこともあった。ルルカが開催した茶会で、楽しそうに婚約が決まったと話していた令嬢が気に食わなかったのだ。
令嬢の婚約者は平民の騎士だった。令嬢の家よりも身分が低く、婚約を認めてもらうまで苦労したらしい。
――それが何? 私の方が苦労したわよ。
貧民街で生まれたルルカの苦労に比べたら、婚約を認めてもらえない程度は苦労と言えない。貴族という、生まれた時からぬるま湯に浸かっている連中が語る苦労なんて、ルルカは認めなかった。
ルルカは王子にお願いをして令嬢の婚約者を辺境へ送り、令嬢には親子以上に歳が離れた男との縁談を用意してやった。
彼らは愛しあっていたなんて関係ない。処刑してやろうかとも思ったが、彼らには自分たちが何をしでかしたのか思い知る必要がある。絶望を経験させたかった。世界は不平等で、どんなに足掻いても叶わないことがあるのだと。
自分たちに下された命令を聞いた顔といったら――ルルカは思い出すたびに愉快な気持ちになる。
どんな令嬢もルルカには敵わない。そのはずだった。ルルカよりも優れた令嬢は追い出したはずなのに、まだ一人だけしぶとく残っている者がいた。
エヴェリーナ。ルルカが現れるまで、王子の婚約者だった令嬢。誰も彼女を悪く言わない。物静かで知的だと褒める。分け隔てない優しさと、芯の強さが良いのだと。
――物静か? 根暗なだけよ。知的? 偉そうにしてるだけだわ。みんなに良い顔して、媚を売っているのね。
ルルカが王子と結婚したとき、エヴェリーナには洗濯メイドの仕事を与えてやろうか。それともルルカ専属の靴磨きが妥当だろうか。
――違うわ。もっと惨めじゃないと。
昔、ルルカがいたような貧民街へ追放するのがいい。貴族の令嬢から転落して、地の底からルルカの幸せな結婚式を眺めるのだ。
――まずは彼女の顔を傷つけて、婚約できないようにしないとね。
エヴェリーナが幸せな姿なんて見たくない。自分を下に見てくる者は、全て蹴落とさないと落ち着かない。ルルカはもう「下」にいるのは嫌なのだ。
――この頃のヘンリック様は仕事で忙しくて相手をしてくれないし。いらつくことばかりだわ。
「あぁ……誰か手を貸してくれないかしら。掃除がしたいのよ」
「仰せのままに」
忠実な侍女が頭を下げた。
彼女はいつもルルカのそばにいる。ルルカの身支度を整えて、完璧な淑女にするために。願い事をつぶやけば、それが叶うように手配をするのも、彼女の仕事だった。
「身の程をわきまえない女がいるのよ。誰よりも優れている噂らしいけれど、きっと彼女が流したのね。ヘンリック様の婚約者に返り咲きたいのかしら」
「由々しきことにございます」
「あなたもそう思う? 早めに手を打っておきたいけれど、私が動くとヘンリック様に迷惑がかかるかもしれないわ。婚約者と元婚約者の争いなんて醜いもの」
「ルルカ様が動く必要はありません。全ての事柄は、ルルカ様の思いのままに」
ルルカは花のような笑みを浮かべた。
これでエヴェリーナは終わりだ。ルルカの地位を脅かす存在は永遠に消える。
「二度と這い上がれないようにして」
「問題ございません。ルルカ様のところへ到達するなど、恐れ多いことでございます」
「綺麗な顔なんて、あの女には必要ないわ。火で丁寧に炙って変えてあげましょう。目も一つだけで十分よ。片方だけでも見えるわ。これからは自分で働いて生活してもらいましょう。彼女は生まれてから今まで、もう一生ぶんの贅沢をしたはずですからね」
「承知いたしました」
侍女は失礼しますと言って部屋を出ていった。
翌日、エヴェリーナの姿は社交界から消えた。誰も消息を知らない。エヴェリーナの家に王子直属の騎士が詰めかけ、彼女をどこかへ連れ去ってしまったそうだ。彼女の両親ですら、娘の行き先を知らされていない。
代わりに、様々な噂が飛び交った。騎士の一人と駆け落ちをした。密かに処刑された。鉱山町へ追放された。外国の貧民街に捨てられた。どれも信ぴょう性に欠けるものの、エヴェリーナの転落劇には間違いない。ルルカは満足だった。
***
月日は流れ、ルルカと王子の婚約式が行われることになった。なぜ結婚式ではないのかとルルカは不満だったが、王族の決まりだそうだ。ルルカが引き下がる代わりに豪華にしてと王子にお願いをすると、快く引き受けてくれた。
ドレスは遠い国から絹を取り寄せ、腕のいい仕立て屋が何ヶ月もかけて作る。宝石は大粒のダイヤを。ドレスを美しく見せるためにお菓子を制限されたことだけは、ルルカを不機嫌にさせた。
「世の中には美味しいものがたくさんあるのよ。それなのに食べてはいけないなんて、理不尽だと思いません?」
そう王子に不満をもらすと、困ったように微笑まれた。
「君の願いはなんでも叶えてあげたいけれど、今回は聞いてあげられないな。美しい君を見たいんだ。最高の式にしよう。君が国中から崇められて、感謝されるように」
この頃の王子は、あまりルルカに同意してくれない。なんとなく距離を感じて不満を伝えたが、返ってくる答えはいつも、王子としてやるべきことが多いという言葉だけだ。
婚約式まで待ち遠しい。
暇を持て余したルルカは茶会を開き、目をつけた令嬢をいじめて遊ぶことにした。わざと招待時間に個人差をつけて遅刻させたり、一人だけ違うドレスコードを指定するのは当たり前。紅茶ではなくワインを出して、泥酔させたこともあった。
もちろん泥酔した令嬢は荷馬車に乗せて、適当なところで捨ててくるよう命じた。よほど酷い目にあったのか、その令嬢は屋敷に引きこもって出てこなくなったらしい。縁談が消えたという話を聞かないのが、ルルカにとって悔いが残る。もっと過激な展開になるよう、細かく命じるべきだった。
見た目が気に入らない護衛もすげ替えた。最も美しいルルカの近くに、無骨なだけの男はいらない。男も女も綺麗でなければならないのだ。
ルルカがいい加減に飽きてきたころ、ようやく婚約式の日になった。招待状は国内全ての貴族に送っている。遠方にいようと、病気を患っていようと関係ない。ルルカが縁を取り持って結婚したはずの令嬢も、引きこもっている令嬢も等しく招待した。来なければ一族全員を処刑すると付け加えて。
婚約式はルルカが主役なのだから。その主役が喜ぶ式にするのは当然だ。
真っ赤なバラを模したドレスには大小ざまざまな宝石が縫い付けられ、動くたびに輝いていた。一際大きなダイヤはネックレスになって、ルルカの胸元で存在を主張している。髪には新鮮な花をあしらい、身長よりも長いベールが優雅に垂れる。
「ようやくこの日が来た」
王子は穏やかに微笑む。まるで長年患っていた心の憂いが取り除かれたような顔だ。
――いつにも増して素敵だわ。服装のせい?
ルルカは未来の夫に胸がときめいた。自分の人生はこんなにも輝いている。この先もずっと、素晴らしく幸せな未来が続いているのだ。
婚約式は神殿で執り行われる。招待した貴族たちはすでに中で主役の登場を待っているだろう。
神殿の大扉が開かれた。主役のために敷かれた赤い絨毯が、入り口から祭壇まで続いている。貴族たちはその通路に向かって跪き、頭を下げていた。
王子のエスコートで通路を歩くルルカは、貴族たちを見回した。
――私が遊んであげた子たちはどこかしら?
ルルカには、どこに誰がいるのか見分けがつかなかった。みな示し合わせたように白い服を着て、頭を下げているのだ。夜会では華やかな髪型をしている女性たちも、今日は髪を一つにまとめているだけ。飾りも何もなく、まるで修行中の神官のようだ。
――私を引き立てるため? きっとそうよ。だって私以外の花なんていらないもの。
王子の服装は白を基調としたもの。神官たちも白い貫頭衣だったため、大聖堂の中で華やかな装いなのはルルカだけだ。
祭壇まであと数歩のところで、王子が囁いた。
「君が普通の女性であったなら、こんなにも晴れやかな気分にはならなかっただろう。ありがとう」
「礼には及びませんわ」
祭壇の奥には神妙な顔をした高齢の神官が待っていた。ルルカたちが到着すると、祭壇に置かれた一本の剣を手に取る。
「よろしいですか?」
「ああ。始めてくれ」
想像していた婚約式とは、ずいぶん違う。王族ってこんなものかしらと考えているルルカの前で、剣が淡く光った。
どこからか甘い香りがする。
神々の姿を表現したステンドグラスから光が差し込み、祭壇を照らした。神官がそこへ剣を置くと空間が歪んで、剣が飲み込まれていく。
消えた剣と入れ違いに、祭壇には白い服の青年が座っていた。
ルルカは不思議な光景に言葉を失う。青年から目が離せない。艶やかな黒髪は長く、白磁のように滑らかな肌を際立たせていた。青い瞳には銀の星が散っている。恐ろしく整った顔に柔和な表情を浮かべているが、彼が何を考えているのか計り知れない。
青年はステンドグラスの神と同じ服装をしている。不思議な登場といい、本当に神が降臨してきたようだとルルカは考えていた。
今までは、王子以上に素敵な人はいないと思っていた。けれど青年はその遥か上の存在だ。青年の存在を知ってしまった後では、王子ですら普通の人に見える。
「神託に従い、番を捧げに参りました」
感情のない声で王子が言った。
「捧げ……? 何を言っているんですの?」
「ご苦労」
ルルカのつぶやきは誰にも応じてもらえなかった。
青年は身軽に祭壇から降りると、ルルカの顎に手をかける。不思議な輝きの瞳がルルカだけを見つめた。多幸感が胸いっぱいに広がり、青年のことしか考えられなくなる。
「確かに、お前の番だな。だがこれからは私の番だ」
「では、呪いは」
「焦るな」
青年がルルカのベールを取り払った。大切な恋人を取り戻すように、ルルカの腰に手をかけて王子から引き離す。青年の胸に額をぶつけたルルカは、強引さに怒るどころか高鳴る胸をおさえた。
今まで、ルルカを雑に扱った者は許さなかった。だがこの青年なら何をされてもいいと思える。
こんな感情は初めてだ。青年は誰だろうか。婚約者は?
――いいえ。いても構わないわ。
自分が青年の婚約者になればいい。
「……悪くない」
青年はルルカの顔をじっと見つめて言う。
「純粋で素直、純潔の乙女……条件は満たしている。呪いは解いてやろう」
「ありがとうございます」
王子は青年に頭を下げたまま動かない。だが声には安堵が含まれていた。
「何の話ですの?」
「お前を私の番にするという契約だ」
「まあ」
ルルカは瞳を輝かせた。青年と一緒にいたいと思った直後に、願いが叶ってしまった。やはり自分は運が良いのだ。人にも神にも愛されている。
青年が王子の頭に手を置くと、王子の体から黒い文字が浮かび上がった。文字は青年の手に吸収されていく。全ての文字が離れていった王子は、荒い呼吸を繰り返しながら、その場に膝をついた。
「行こうか」
「はい」
ルルカはもう王子を見ていない。彼はもう自分の番ではないのだから。これからは青年がルルカの番になる。
人生で最高の一日。
ルルカと青年の姿が空間の切れ目に消え、聖堂内には歓喜の声が満ちた。
***
ルルカは運が良かったはずだ。貧民街から王子の番として王宮に迎え入れられ、婚約式で現れた青年に連れ去られるまでは。
ルルカの目の前にある鏡には、あの国の過去と現在が映し出されている。
番だった王子は、ルルカが去ってすぐに元婚約者のエヴェリーナのところへ向かった。ルルカが始末してと頼んだのに、エヴェリーナは安全な場所で匿われていて、ルルカが去るのを待っていた。
高齢の貴族に嫁いだはずの令嬢は、本当は結婚していなかった。夫になるはずだった貴族が、一時的に彼女を保護していただけ。ルルカが去ってから、本来の約束通り婚約者のところへ嫁いでいった。婚約者の騎士も、辺境へ左遷されたわけではない。彼の出身地である辺境へ「戻った」だけ。
ルルカは自分が騙されていたことを知った。
泥酔した令嬢は、酔ったふりをしていただけだったなんて。荷馬車で城から出たあと、自分の家の馬車で帰った。しかも本人と家族、婚約者で共謀して引きこもっていると噂を流していた。ルルカと二度と会わずに済むように。
忠実だと思っていた侍女は、ルルカから聞いたこと全てを王子に報告していただけだった。気に入らない者の始末に加担したことなんてない。ルルカが目をつけた人物は、ルルカの視界に入らないよう遠ざけられていただけ。
知らないのはルルカのみ。
「その絶望が欲しかったんだ。お前は素晴らしい」
青年がうっとりとした顔で水晶越しにルルカを撫でる。
ルルカの体は今、動かない。青年のせいだ。聖堂から移動してきてすぐ、水晶に閉じ込められて、ただひたすら去っていった国の現状を見せつけられている。
「何で、と思っているだろう? どうして私がこんな目に? あなたは誰? こんなことをする目的は? 表情が変わらなくても分かるさ」
水晶から淡い光が飛んだ。蛍のようにフラフラと飛んで、青年が持つゴブレットに入る。
ゴブレットの中は透明な液体が満ちていた。それを飲み干した青年は、満足そうに目を閉じた。
「人間の感情は私の食べ物だからだ。神殿は祈りを通じて私へ感情を献上する場所。様々な感情が入り混じり、その瞬間しか味わえない食事となる。だが私は一つの感情だけを食べてみたくなった。喜び、幸せ、悲しみ、嫉妬……一つ一つを抽出して、じっくり味わう贅沢がしたい。だから人間を献上するように神託を授けた」
夢の中のように現実味がない話が、じわじわとルルカの心を追い詰めてくる。
「その辺にいる人間を適当に連れてこられても面白くない。どうせなら見た目にもこだわりたい。病気で死ぬ寸前の美人も要らない。健康で、若い。これは絶対に譲れなかった。感情を抑えて理性的であろうとする人間も要らない。ほとんどのわがままを許されてきた人間がいい。初めて行動を制限されたときの感情が欲しかった。王族の番なら全ての条件を満たすだろうと思ってね」
ところが神託を下しても、神殿や王家は動かなかった。
「王族に番がいなかった。それぐらいは想定内だ。私が見繕ってやればいい。そこで見つけたのが、お前だよ」
青年は水晶に額をつけて、ルルカを間近で見つめる。
「最低の生まれから最高の地位へ。そして最高の幸せから最低の絶望という落差が、心を揺さぶって激しい感情を生み出す。君は本当に楽しく生きてきたようだ。自分の欲望に忠実で、我慢をせず、貪欲に高みを求め続けた。お前が王子の番になるように干渉したのは正解だった。純粋な悪意で他人を攻撃して、欲望に素直な、純潔の乙女。全ての条件を満たす完璧な人間だ」
仕組まれた出会いだったと知らされて、ルルカは動揺した。自分は幸運だったのではなく、無理やり運命を捻じ曲げられただけだった。
「もちろんお前だけでなく王子にも介入したよ。お前の不幸を誰かが肩代わりしないといけない。王子には獣化の呪いをかけておいた。昼間、お前が幸せを受け取るたびに、王子は夜に獣へ変わる。お前と出会った頃は立派な幻獣だったのだが、婚約式の前は薄汚いネズミにまで成り下がっていたぞ。お前の強欲を満たすには、相当の幸運が必要だったようだ」
青年は王子に、番を献上したら呪いを解くと約束していたそうだ。
「あの王子。夜は絶対に会えなかっただろう? 夜はみすぼらしいネズミの姿で寝室に閉じこもっていたせいだな。安心しろ。呪いは取り除いてやった。今頃は失った番のことでも思い浮かべているか、それとも」
ルルカはエヴェリーナを抱きしめる王子を思い出した。王子はもうルルカのことなんて考えていないだろう。
王子たちは全てを知っていて、ルルカを差し出したのだ。許せなかった。
「今度は怒りか」
また水晶から光が飛ぶ。
万人に愛されていると思っていた。王子の番として。
「お前が残虐性を人々にぶつけないように、王子たちは抵抗していたようだ。だが私も狭量ではない。お前に真実を知らせない限り、手を出さないと決めていた。彼らは見事に最後までお前に知られることなく、仕事をやり遂げてくれた」
この人は神ではない、悪魔だとルルカは思った。
「神だよ。お前たちが神と崇める存在だ。いずれお前も似たようなものになる」
ほら、と青年が見せてきたのは、神殿の様子だった。人々はルルカに感謝を捧げている。ルルカが神の番になったことで、厄介者の追放と国の平穏が同時に達成されたのだと。
――違う。私が欲しかったのは、こんなものじゃない。
「いいや。お前が欲しがったものだ。婚約式で私を求めて、番になりたいと願ったのはお前だ。これでも私はお前が愛おしいと思っている。お前たち人間が考える愛とは少し違うだけだ。私はお前の感情を糧として、末長く愛してやろう」
青年が言う愛し方は、ルルカには受け入れられない。言葉が通じていても、ルルカと青年の思考には大きな隔たりがあった。その証拠に青年がルルカを見る目は、獲物を前にした猟犬に似ている。
水晶から離れた感情の光がゴブレットを満たしていく。その様子を眺めながら、青年は愛おしそうに続けた。
「喜べ。お前は私に感情を差し出す名誉を得たのだ。番のために行動するのは当然だと王子に教えてもらっただろう。感情の雫が一滴も出なくなったら、次は血肉を糧にしてやる。私が存在し続けるかぎり、私を構成する一部となるのだ。これ以上の幸福があるか?」
助けて――ルルカの願いは誰にも届かないまま消えていった。
むしゃくしゃして書いた。反省してます。
連続でハッピーエンドな物語を書いた後遺症のようなものです。綺麗に並んでいるドミノを箒でバラバラにしたくなるアレですね。
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