第9話:断罪の時(前編)
魔法配信の画面は、残酷なほど鮮明に分割されていた。
右側には、ダンジョンの暗闇の中で、泥まみれになりながらも女神のように微笑む私、マリアンヌ。
左側には、煌びやかな王宮の一室で、顔面蒼白になりながら黒い塊を震える手で持つ聖女リリィ。
私は画面越しに、とろけるような甘い声をかけた。
「リリィ様、何を躊躇っていらっしゃるの? まさか、『毒』だなんて思っていませんわよね?」
その言葉に、リリィの肩がビクリと跳ねた。
「あの時、貴女はおっしゃいましたわ。『マリアンヌ様なら有効活用してくれる』と。……ええ、おかげさまで最高に美味しいディナーになりました。だから今度は、私が貴女にお勧めする番です」
私は首を傾げ、完璧な営業スマイルでトドメを刺す。
「さあ、召し上がれ? 私たちの『友情の証』を」
『食え! 食え!』
『聖女様の食レポ楽しみ!』
『マリアンヌ様があんなに推してるんだぞ』
コメント欄の煽りと、隣にいるヘリオス王太子の期待に満ちた視線。
逃げ場を失ったリリィは、ひきつった悲鳴のような息を吸い込み――覚悟を決めて、その黒い塊を口に放り込んだ。
「ん、ぐっ……!」
その瞬間だった。
リリィの目が見る見るうちに見開かれ、白目の部分に血走った血管が浮き上がる。
口の中に広がったのは、腐敗した生ゴミを煮詰め、そこに錆びた鉄屑と砂利を混ぜ込んだような、この世のものとは思えない味。
鼻から抜けるのは、強烈なアンモニアと硫黄の激臭。
『――ッ!?!?』
脳髄が沸騰しそうなほどの拒絶反応。
リリィの喉が、本能的に痙攣して中身を押し戻そうとする。
(だ、だめ……っ! 吐いちゃだめ!)
ここで吐き出せば終わりだ。
「食べられないものを送った」=「悪意を持って毒物を送った」と認めることになる。
彼女は必死に口を閉じ、震える両手で口元を押さえつけた。
「う、うぐっ……んんッ!!」
咀嚼などできるはずがない。
噛めば噛むほど、中から汚水のような体液が溢れ出し、舌を蹂躙する。
マリアンヌのように「味わう演技」など、温室育ちの聖女には土台無理な話だった。
『あれ? 聖女様、様子おかしくね?』
『なんか白目むきかけてない?』
『感動で震えてる……のか?』
『いや、顔色が紫色になってるぞ』
視聴者がざわつき始める。
リリィの額からは脂汗が噴き出し、目からはボロボロと涙が溢れ出していた。
それは「美味しい」という涙ではない。
体が生命活動を守るために流す、生理的な排泄現象としての涙だ。
「おぉ、リリィ! 泣くほど美味しいのか!」
ヘリオス王太子だけが、空気を読めずに感嘆の声を上げる。
「マリアンヌの言った通りだったな! さあ、飲み込んで! その素晴らしさを国民に伝えてあげてくれ!」
(こ、この……馬鹿男ぉぉぉぉッ!!)
リリィは心の中で絶叫した。
飲み込めない。喉が閉じて受け付けない。
でも、口の中に留めておくのも限界だ。
胃液がせり上がり、口の中の汚物と混ざり合う。
私はダンジョンの底で、冷ややかにその様子を観察していた。
そうよ、リリィ。
それが「社会」の味よ。
嫌な上司の靴を舐め、泥水をすすり、それでも笑顔で「ありがとうございます」と言う。
私たちが前世で味わってきた地獄を、貴女はたった一口食べただけでギブアップするの?
「リリィ様? 苦しそうですけれど……まさか、不味いなんてこと、ありませんわよね?」
私が追撃の一言を放つ。
リリィは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、カメラを睨んだ。
そして、限界を迎えた喉が、奇妙な音を立てた。
「ゴ、……ォェッ」
(第9話 完/第10話へ続く)
【次回予告】
一口食べた瞬間の、あの表情。傑作でした。
人間、本当にマズいものを食べた時、あんな顔をするんですね。
無理しなくていいんですよ。吐いちゃえばいいのに。
でも吐いたら終わり。飲み込んでも地獄。
さあ、聖女の仮面が剥がれ落ちる瞬間を、特等席でご覧あれ。
次回、『放送事故! 聖女、白目を剥く』。
第10話:断罪の時(後編)




