第7話:聖女の誤算(前編)
「な、な……なんで!? なんで死なないのよ!?」
王宮の特別視聴室。
豪華なソファの上で、聖女リリィは金切り声を上げて立ち上がった。
目の前の巨大スクリーンには、泥まみれのマリアンヌが、まるで女神のように微笑み、手を合わせている映像が映し出されている。
そして画面端には、信じられない数字が表示されていた。
『支援総額:12,500,000 ギル』。
一晩で、小国の年間予算に匹敵する金額が動いている。
「ありえない……あれはマッド・スライムよ!? 食べれば内臓が焼け付くほどの激痛と、三日三晩続く下痢と嘔吐で、人間としての尊厳を失って死ぬはずの汚物よ!?」
リリィは爪を噛みながら叫んだ。
彼女の完璧なシナリオでは、今頃マリアンヌは自分の吐瀉物にまみれてのたうち回り、視聴者から「汚い」「ざまぁ」と嘲笑されているはずだった。
それがどうだ。
『飯テロ』だの『女神の食事』だのと称賛され、あろうことか大金まで稼いでいる。
「リリィ、落ち着くんだ」
隣で見ていたヘリオス王太子が、呆然とした顔で口を開いた。
「もしかして……あれは、本当に美味いんじゃないか?」
「はぁ!?」
「いや、見ろよあのマリアンヌの表情。あいつは嘘がつけない不器用な女だ(※勘違い)。あんなに涙を流して喜んでいるんだぞ? 実は『マッド・スライムの核』というのは、知られざる超高級食材だったんだよ、きっと!」
ヘリオスの瞳が、ゴクリと音を立てんばかりに輝いている。
単純な男だ。完全にマリアンヌの演技(とネットの空気)に飲まれている。
「違います! あれは毒です! 汚物なんです!」
「でも君が送ったんだろう? 『慈悲の差し入れ』として」
「っ……!」
リリィは言葉に詰まった。
そうだ。自分で送ったのだ。
ここで「あれは猛毒です」と断言すれば、「じゃあ聖女は毒殺しようとしたのか?」という話になる。
かといって放置すれば、マリアンヌの人気は上がる一方だ。
(くっ……! こうなったら、私が直接止めるしかないわ!)
リリィは震える手で、手元の配信管理用タブレットを操作した。
聖女権限による【管理者コメント】の入力だ。
文字色は、警告を表す「赤」。
『皆様、騙されないでください! マリアンヌ様が食べているのは危険な魔物です! すぐに吐き出してください!』
送信ボタンを押す。
これで空気は変わるはずだ。「聖女様が危険だと警告してくれている」「やはりマリアンヌはおかしい」となるはずだ。
しかし。
現実は無慈悲だった。
その赤文字のコメントが表示された瞬間、視聴者たちの反応は――真逆の方向へ爆発した。
『は? 何言ってんの?』
『いやいや、送ったの聖女様じゃん』
『自分が送っといて「吐き出せ」とかサイコパスかよ』
『せっかく美味しそうに食べてるのに邪魔すんな』
『嫉妬か? マリアンヌ様がスパチャ貰ったから嫉妬してんのか?』
「な、なんで……っ!?」
リリィの顔色が蒼白になる。
視聴者たちは、すでに「マリアンヌの演技=真実」という集団催眠にかかっている。
そこに水を差すような警告は、ただの「営業妨害」や「嫌がらせ」にしか映らない。
さらに、致命的なコメントが流れ始めた。
『分かったぞ。聖女様、この食材の価値に気づいて焦ったんだろ』
『あー、なるほど。「間違えて捨てた」とか言ってたけど、本当は自分が食べるつもりだった高級食材を誤爆しちゃったのかw』
『だから「吐き出せ(返せ)」って言ってるのか。浅ましいな』
『うわぁ……聖女様、食い意地張ってるぅ』
「ち、ちが……っ!」
リリィは悲鳴を上げた。
違う。そうじゃない。あれは本当にウンコ味の泥なのだ。
だが、否定すればするほど、泥沼にはまっていく。
画面の中のマリアンヌが、ふとカメラ(こちら)を見た気がした。
口元に、冷ややかな笑みを浮かべて。
まるで、「火消し対応、下手くそね」と嘲笑うかのように。
『そんなに美味しいなら、私たちにも分けてください!』
『そうだ! 王宮の倉庫にあるんだろ?』
『国民にも配れ!』
『聖女様も食べてみてよ!』
コメント欄が、「食材の開放」を求めるデモ行進のように染まっていく。
自ら投げたブーメランが、巨大な刃となってリリィの首元に返ってきたのだ。
(第7話 完/第8話へ続く)
【次回予告】
焦ってますね、リリィ様。
貴方が「ゴミ」として投げたボール、ホームランにして打ち返してしまいました。
視聴者はもう、貴方の言葉なんて信じない。
信じるのは、私の「美味しい」という笑顔だけ。
さあ、自分で掘った落とし穴、そろそろ底が見えてきましたよ?
次回、『自滅へのカウントダウン』。
――さあ、覚悟はよろしくて?




