表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/10

第7話:聖女の誤算(前編)

「な、な……なんで!? なんで死なないのよ!?」


王宮の特別視聴室。

豪華なソファの上で、聖女リリィは金切り声を上げて立ち上がった。

目の前の巨大スクリーンには、泥まみれのマリアンヌが、まるで女神のように微笑み、手を合わせている映像が映し出されている。

そして画面端には、信じられない数字が表示されていた。


『支援総額:12,500,000 ギル』。


一晩で、小国の年間予算に匹敵する金額が動いている。


「ありえない……あれはマッド・スライムよ!? 食べれば内臓が焼け付くほどの激痛と、三日三晩続く下痢と嘔吐で、人間としての尊厳を失って死ぬはずの汚物よ!?」


リリィは爪を噛みながら叫んだ。

彼女の完璧なシナリオでは、今頃マリアンヌは自分の吐瀉物にまみれてのたうち回り、視聴者から「汚い」「ざまぁ」と嘲笑されているはずだった。

それがどうだ。

『飯テロ』だの『女神の食事』だのと称賛され、あろうことか大金まで稼いでいる。


「リリィ、落ち着くんだ」


隣で見ていたヘリオス王太子が、呆然とした顔で口を開いた。


「もしかして……あれは、本当に美味いんじゃないか?」

「はぁ!?」

「いや、見ろよあのマリアンヌの表情。あいつは嘘がつけない不器用な女だ(※勘違い)。あんなに涙を流して喜んでいるんだぞ? 実は『マッド・スライムの核』というのは、知られざる超高級食材だったんだよ、きっと!」


ヘリオスの瞳が、ゴクリと音を立てんばかりに輝いている。

単純な男だ。完全にマリアンヌの演技(とネットの空気)に飲まれている。


「違います! あれは毒です! 汚物なんです!」

「でも君が送ったんだろう? 『慈悲の差し入れ』として」

「っ……!」


リリィは言葉に詰まった。

そうだ。自分で送ったのだ。

ここで「あれは猛毒です」と断言すれば、「じゃあ聖女は毒殺しようとしたのか?」という話になる。

かといって放置すれば、マリアンヌの人気は上がる一方だ。


(くっ……! こうなったら、私が直接止めるしかないわ!)


リリィは震える手で、手元の配信管理用タブレットを操作した。

聖女権限による【管理者コメント】の入力だ。

文字色は、警告を表す「赤」。


『皆様、騙されないでください! マリアンヌ様が食べているのは危険な魔物です! すぐに吐き出してください!』


送信ボタンを押す。

これで空気は変わるはずだ。「聖女様が危険だと警告してくれている」「やはりマリアンヌはおかしい」となるはずだ。

しかし。

現実は無慈悲だった。

その赤文字のコメントが表示された瞬間、視聴者たちの反応は――真逆の方向へ爆発した。


『は? 何言ってんの?』

『いやいや、送ったの聖女様じゃん』

『自分が送っといて「吐き出せ」とかサイコパスかよ』

『せっかく美味しそうに食べてるのに邪魔すんな』

『嫉妬か? マリアンヌ様がスパチャ貰ったから嫉妬してんのか?』


「な、なんで……っ!?」


リリィの顔色が蒼白になる。

視聴者たちは、すでに「マリアンヌの演技=真実」という集団催眠にかかっている。

そこに水を差すような警告は、ただの「営業妨害」や「嫌がらせ」にしか映らない。

さらに、致命的なコメントが流れ始めた。


『分かったぞ。聖女様、この食材の価値に気づいて焦ったんだろ』

『あー、なるほど。「間違えて捨てた」とか言ってたけど、本当は自分が食べるつもりだった高級食材を誤爆しちゃったのかw』

『だから「吐き出せ(返せ)」って言ってるのか。浅ましいな』

『うわぁ……聖女様、食い意地張ってるぅ』


「ち、ちが……っ!」


リリィは悲鳴を上げた。

違う。そうじゃない。あれは本当にウンコ味の泥なのだ。

だが、否定すればするほど、泥沼にはまっていく。

画面の中のマリアンヌが、ふとカメラ(こちら)を見た気がした。

口元に、冷ややかな笑みを浮かべて。

まるで、「火消し対応、下手くそね」と嘲笑うかのように。


『そんなに美味しいなら、私たちにも分けてください!』

『そうだ! 王宮の倉庫にあるんだろ?』

『国民にも配れ!』

『聖女様も食べてみてよ!』

コメント欄が、「食材の開放」を求めるデモ行進のように染まっていく。


自ら投げたブーメランが、巨大な刃となってリリィの首元に返ってきたのだ。


(第7話 完/第8話へ続く)

挿絵(By みてみん)

【次回予告】

焦ってますね、リリィ様。

貴方が「ゴミ」として投げたボール、ホームランにして打ち返してしまいました。

視聴者はもう、貴方の言葉なんて信じない。

信じるのは、私の「美味しい」という笑顔だけ。

さあ、自分で掘った落とし穴、そろそろ底が見えてきましたよ?


次回、『自滅へのカウントダウン』。


――さあ、覚悟はよろしくて?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ