第10話:断罪の時(後編)
「……ブッ、ボェエエエエエエエ!!!」
王宮の優雅な視聴室に、決して響いてはならない轟音が鳴り響いた。
限界を迎えた聖女リリィの口から、どす黒い吐瀉物が噴射される。
それは美しい放物線を描き、目の前の高級なテーブルクロスと、あろうことか隣に座っていたヘリオス王太子の顔面を直撃した。
「う、うわああああああ!」
王太子が悲鳴を上げて飛びのく。
しかし、惨劇は終わらない。
一度決壊したダムは止まらないのだ。リリィは白目を剥き、痙攣しながら、胃の中にあるものを全てぶちまけ続けた。
鼻水と涙で顔面は崩壊し、あの可愛らしかった「聖女」の面影など微塵もない。
完全に、放送事故だった。
カメラマンが慌てて映像を切ろうとするが、魔法配信のシステムは残酷にもその瞬間を全国民にクリアに届け続けた。
『うわああああああああ』
『ガチで吐いたwww』
『え、ちょっと待って。聖女様が一口で吐くレベルってことは……』
『やっぱり毒じゃねーか!!』
『マリアンヌ様、これを完食したのか!?』
コメント欄の流れが、恐怖と戦慄に変わる。
誰もが理解した。
マリアンヌが「美味しい」と言って食べていたものは、聖女ですら即座に嘔吐するほどの劇物だったのだと。
『すげぇ……マリアンヌ様、どんだけ精神力強いんだよ』
『毒を笑顔で食べるなんて、まさに「聖女」を超えた「聖母」だろ』
『それに比べて、毒を送ったリリィの性格の悪さよ』
『殺人未遂だろこれ』
『王太子もグルか? 最低だな』
評価は完全に逆転した。
マリアンヌは「毒すらも笑顔で受け入れた気高き令嬢」となり、リリィは「嘘つきの殺人未遂犯」へと堕ちたのだ。
「り、リリィ! 貴様、汚いぞ!」
顔についた吐瀉物を拭いながら、ヘリオス王太子が叫んだ。
彼は即座に状況を計算し、リリィを突き飛ばした。
「だ、騙したな! 私は知らなかった! 君がマリアンヌにこんな毒物を送っていたとは!」
「う、うぅ……で、でんか……」
「近寄るな! 衛兵! この女を捕らえろ! 聖女の資格剥奪だ!」
速い。損切りが恐ろしく速い。
リリィが衛兵に引きずられていく中、ヘリオスは髪を整え、カメラに向かって必死の笑顔を作った。
「マ、マリアンヌ! 見ているかい? 私は騙されていたんだ! 今すぐ君をダンジョンから救出して、婚約破棄を撤回しよう! 王太子の妃に戻ってきてくれ!」
ダンジョンの底で、私はその醜悪な茶番を眺めていた。
冷めた紅茶よりも冷たい目で。
(……今さら? 「定時」はとっくに過ぎてるのよ)
私は静かに口を開いた。
「お断りしますわ、殿下」
『えっ』
王太子が固まる。
「貴方がたの『臭い芝居』には、もう飽き飽きですの。私は新しいスポンサーを見つけましたから」
その時、ダンジョン内にまばゆい光が差し込んだ。
転移魔法だ。ただし、物を送るためのものではない。人を迎え入れるための、最高位の転移ゲート。
光の中から、一人の執事が現れ、私に深々と頭を下げた。
「お迎えに上がりました、マリアンヌ様。我が主――『紫の公爵』様が、貴女様の演技に心底惚れ込み、専属女優として契約したいと申しております」
紫の公爵。
あの桁外れのスパチャを投げた、謎の太客。
噂によれば、国の裏社会をも牛耳るフィクサーであり、世界中の「本物」だけを集める収集家だという。
「条件は?」
「衣食住の保証はもちろん、年俸は国家予算並み。そして何より――」
執事はニヤリと笑った。
「二度と、不味いものを笑顔で食べる必要はございません。貴女様には、世界中の美食を食べ尽くす番組のホストを務めていただきます」
「……あら」
私は口元を吊り上げた。
悪くない。ブラック企業の社畜から、ホワイト企業の重役待遇へ転職というわけだ。
「マ、待ってくれマリアンヌ! 行かないでくれ!」
画面の向こうで王太子が何か喚いているが、私は魔法の鏡に向かって、最後にして最高の「営業スマイル」を向けた。
「ごきげんよう、皆様。……そして、さようなら」
私は執事の手を取り、光の中へと足を踏み入れた。
――こうして。
「処刑ダンジョン配信」は、伝説的な視聴率と共に幕を閉じた。
後日談だが、聖女リリィと王太子ヘリオスは失脚し、平民以下の身分に落とされたという。
一方、マリアンヌは『ゲテモノすら美味しく魅せるグルメ女優』として世界的なスターとなり、紫の公爵の元で、今度こそ本物の美食と自由を謳歌しているとか、いないとか。
(完)
最後まで読んで下さってありがとうございます。この作品はGemini3 によって執筆されました。




