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「封印を解く……!? 本気で言っているんですか?」
「うん! 案外、僕ってばなかなかの魔法使いでさ。もしかしたら封印も解けちゃうかもしれない」
《おい、『アイナがきっと解析してくれる!』とか思ってんだろ。バカ言ってんじゃねーですよ》
図星を突かれ、ツルカは動揺を隠せなかった。
「ちょ、頼んますよアイナさん……! 流石に可哀想ですって……」
《マスターわかってます? 腐っても目の前にいる魔族は魔界王第二位。彼女がたとえ無害だとしても、関わっているだけでどんな危険が及ぶか…! 私の警告を無視するおつもりですか!》
アイナの警告は、痛いほどに理解できる。魔王と関わるという言葉の重み。これから先に待ち受けるであろう、とてつもない厄介事を想像し、ツルカは乾いた笑みを浮かべた。
「……わかってるさ。でも、だからこそほっとけないんだ。目の前で助けを求めている誰かを見捨てるなんて選択肢は、きっと昔から僕の中にはなかったんじゃないかな? どれだけ無茶で、厄介なことになったとしても、さ」
飄々と笑って見せるが、その瞳の奥には揺るぎない光が宿っている。その軽薄な態度こそが、ツルカの覚悟の表れなのだとアイナは理解していた。呆れと、そしてどこか懐かしむような響きでアイナは応えた。
《……はぁ。本当に、昔っからマスターは無茶ばかりですね。そういう無謀なまでの優しさが、結局はいつも不可能を可能にしてきた。……承知しました。マスターのその無茶な賭け、今回もアイナが最高の形でサポートしましょう》
「───な、なんだぁ!?」
その瞬間、何故かツルカの内から魔力の奔流が呼び起こされ、空間を軋ませながら甲高い鳴動を響かせた。嵐のように荒れ狂うエネルギーは肌を刺すような圧を放ち、ツルカの眼前で激しく渦を巻きながら一点に収束していく。やがて、凄まじいエネルギーが不安定に明滅を繰り返す光球となり、ツルカの掌上に形を結んだ。
ツルカ自身の意図ではない。にもかかわらず、魔力は完璧に制御されていた。これはアイナの補助によるものだろう。
「す、凄い……なんて膨大な魔力……。魔族の力とは似ても似つかない……。ただ純粋で……眩しいほどに温かい。あなたは一体……」
マリアネはツルカの掌に浮かぶ光から目が離せないでいた。ツルカの掌上に浮く球は七色に煌めき、色褪せた部屋を眩しく照らす。
《解析結果。対象の封印は極めて複雑な術式で構成されています。正規の手順による解除は困難と判断。マスターの高密度魔力による物理的破壊を推奨します。現在、掌上に形成されているのは純粋な魔力を高密度に凝縮したエネルギー体で、その威力は半径一里を更地にする規模に相当します》
「……へ?」
アイナの説明が、一瞬、理解できなかった。ツルカは自分の掌に浮かぶ美しい光球と、アイナが告げた破壊規模とを頭の中で結びつけようと、ただ瞬きを繰り返す。
《しかしながら、残念なお知らせです。この『街ごと吹き飛ばす魔力球』をもってしても、この結界には傷一つ付かないでしょう。ですがご安心を。魔力というものは工夫によって、さらに高い威力を出すこともできます。要は使い方です。その一つとして一点破壊を提案します。この膨大なエネルギーを針の先端、いえ、原子レベルにまで圧縮・集束させることで、あらゆるものを貫通する『破壊光線』へと昇華させます》
「ぜ、ぜんぜん安心できないんだけど!? なんか物騒な単語にレベルアップしてないか!? え、えーと、つまり、あの結界にこの魔力を光線としてぶつけるわけだな?」
《その通りです。とりあえず、ごちゃごちゃ言わずにやっちゃいましょう。何もかもを貫く破壊光線で、風穴を開けちゃうんです》
「怖い言い回しだな!」
ツルカは掌上の魔力球を見つめて、ゴクリと乾いた喉を鳴らした。そして、マリアネを封じる結界を見上げる。
マリアネの瞳が不安げに揺れた。きつく寄せられた眉根と、何かを堪えるように固く結ばれた唇が、その内心を物語る。落ち着きなく彷徨う視線は、ツルカの掌の光を捉えては、また逸らされるのを繰り返した。
「……大丈夫さっ」
「……でもっ」
ツルカの声は、不思議なほど穏やかだった。不安に揺れるマリアネの瞳をまっすぐに見つめ、ツルカは笑いかける。
マリアネは息を呑んだ。目の前の少女が放つ魔力は、これまで彼女が知るどんな魔力とも異質だった。強大でありながら、そこには支配欲も破壊衝動もない、純粋な力の輝き。そして、その力を振るおうとするツルカの瞳は、不思議なほど穏やかだった。
「ちょっと派手になるかもしれないけど、君を傷つけたりは絶対にしない。だから、信じて」
その言葉には、一片の嘘も気負いも感じられなかった。根拠もない……しかし、確かな安心感を伴って、マリアネの心にじんわりと染み込んでいく。マリアネはこくりと頷き、固く閉じていた瞼をゆっくりと開いた。
《覚悟は決まったようですね。マスター。アイナはいつでもいけます。破壊を試みますか?》
「おうっ! いっちゃうぞ!」
ツルカは威勢よく応じると、深く息を吸い込んだ。掌上の光球に意識を集中させ、圧縮していく。アイナの補助があるとはいえ、これほどの魔力を制御するのは並大抵のことではない。全身の神経が、灼けるように熱を帯びていく。
《集中を絶たないでください。もっと……もっと圧縮するのです》
「……っ!」
掌上の光球が悲鳴を上げるように軋み、その内側でプラズマのような眩い火花を散らす。もはやそれは光の球というより、いつ爆発してもおかしくない極小の太陽のようだった。
指先から侵入した灼熱が、一瞬にして血管を駆け巡る。自らの魔力に内側から焼き尽くされるような激痛が全身を苛み、ツルカは奥歯を砕かんばかりに食いしばった。喉の奥からせり上がる悲鳴を意地だけで無理やり飲み下す。
「すごい……魔力がとてつもない純度で凝縮されています……」
その目を見張る光景に、マリアネの瞳もいつしか期待の光を宿していた。
《───いけます! このまま一点に放つのです!》
「いっけええええええええええええ!」
溜め込んだ息を咆哮と共に吐き出し、踏み込んだ足で床を軋ませながら、ツルカは腕を結界へと突き出した。
────同時に、世界から音が消える。
掌で極限まで圧縮されていた光が弾け、純白の閃光となって放たれたのは、果たしてその直後だったか。放たれた槍は瞬きほどの時間すら置き去りにして、結界の中心点に突き刺さった。
次の瞬間、静寂を切り裂いて耳を劈く破壊音が轟く。視界が真っ白に染まり、結界には蜘蛛の巣状の亀裂が走る。それは瞬く間に全体へと広がり、ついにガラス細工のように砕け散った。解放された魔力の余波が衝撃波となって部屋を駆け巡り、調度品を木っ端微塵に吹き飛ばしていく。
やがて、眩い光が収まり、再び静寂が訪れる。砕けた結界の欠片が光の粒子となって舞う中、マリアネは一枚の羽のように静かに床へと舞い降りる。長きにわたる呪縛から解き放たれ、あまりにも自由に動く自身の指先を夢でも見るかのようにただ見つめていた。
ゆっくりと、マリアネは顔を上げる。その濡れた瞳に映ったのは、肩で大きく息をしながらも、まるで最高に楽しい悪戯をやり遂げた子どものように屈託なく笑うツルカの姿だった。
「……本当に、馬鹿な人……っ」
呆れたように呟いたその声は、隠しきれない感謝と喜びに潤んでいた。




