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全てはミライの笑顔のために  作者: アベル
魔界王第二位 編

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3

「力の気配が近づいてきた。そろそろ本体がお見えになるかもね……」


 ツルカは洞窟の奥を進みながらぽつりと呟く。意識せず歩を進めるうちに、いつしか道の最奥付近へと至っていた。

 視界が水面のようにゆらめき、世界そのものが水の中に沈んだように歪んで見える。錯覚か、それとも、例の気配が空間そのものを侵食しているのか。息をするたびに、喉奥に鉄の味が広がっていくような重苦しさがあった。

 まもなく力の元凶へとたどり着きそうな地点で、ツルカはきょろきょろと周囲を見渡し、ゆっくり口を開く。


「ねえアイナ~。おしっこしたいんだけど、ここでもいい?」

《……ん? あ、え?》


 もはや言葉も出ない。それほど今、ツルカは場にそぐわない発言をしている。


《……勝手にどうぞ》

「よし」


 そう言うや否や、近場の岩陰に身を隠して──およそ一分。何食わぬ顔でツルカは現れ、ノコノコと進んでいく。


「でもまあ、相手がもし敵対してきたらやっちゃえばいいよね?」

《て き た い してきたらですからね。先手でいきなり攻撃なんてしてはなりませんよ》

「やだなアイナさん。僕がそんな野蛮に見えますか?」

《見えるから言ってんですよ》

「ふはは、見る目ゼロだねアイナさん! だいたい僕を野蛮とか言っちゃうセンスがね、もうね、時代遅れだよ。大丈夫? 記憶更新してる? アイナさんの見る目のなさにがっかりだよ。だいたいね───」


 もちろんのこと、こういったツルカの抗弁には一切アイナは聞く耳を持たない。


「────ともかくさ、僕は偉いんだよ。それに尽きる!」

《一体全体どういった話の流れでそうなった?》

「ふふーん。おや? あれは……扉? しかもかなり頑丈そう……」


 ツルカは自然と前のめりになり、じっと目を凝らす。炎の光を受けて微かに闇の中に浮かび上がったのは謎の大扉。まさかこんなところで人工物を見ることになるとは思いもしない。


「うわぁ。ごつい扉だなぁ。相手はこの先にいるのかい? 明らかにボスって感じしてるけど?」


 ツルカは扉の目前できょとんと立ち尽くす。奇妙な生物を象った紋章と、巧みに彫り込まれた装飾は重厚感に満ちており、扉全体が異様な威圧感を放っている。


「うおっ、なんだ……?」


 扉をまじまじと見つめていると、ツルカの視界は突如として真っ白に染まった。一瞬のめまいのような感覚が襲い、思わず手で顔を覆い隠す。次第に白が淡い光に変わり、闇だったはずの洞窟がぼんやりと明るく見え始めた。


「ど、どういうこと。いきなり視界が明るくなった。なにも……灯りないのに」

《なにやら、魔力が干渉しているみたいですね。その魔力が視界を明るく見えるように錯覚させています》

「そ、そうなんだ。うう、いったい何なんだよぉ。なんか、怖くなってきちゃった」


 ツルカはその場でしゃがみ込んで丸くなる。


《さっきまでの威勢はどこへ行ったんですか。ほら、はやく立って》

「ち、ちがうよ? これはあれだよ、戦略的なしゃがみ。背を低くすることで敵の初撃をかわしやすく───」


 その時、空気がぴたりと止まった。微かな耳鳴りと共に、ツルカのすぐ前方の地面がわずかに震えると、暗黒が地の底から滲み出る。油膜のような影が蠢き、ぬらりと地面を這いながら脈打つように膨れあがる。やがてそれは人型の輪郭を取っていくと、漆黒の甲冑を纏った巨兵が現れる。その顔には口も目もない。ただ、漆黒の仮面が貼りついたような頭部が、ツルカをまっすぐに見下ろしていた。


「……え? な、なに。ナニモノ?」


 巨兵は無言のまま、腕を横に掲げた。掌に吸い寄せられるように影が渦巻き、やがて闇を凝縮したかのような漆黒の大剣が、じわじわと形を成していく。すると巨兵は腰をひねり、大剣を横一文字に薙ぎ払う。地鳴りのような衝撃が洞窟を震わせ、風圧が空間そのものを歪ませる。そして、ツルカの頭頂のぴょこんと跳ねた毛先──いわゆるアホ毛が、風に吹かれていく。石床が斬撃に抉られ、破片が彼女の頬をかすめる。あと十センチでも立っていたらと思うと……背筋がぞっと粟立つ。頬のかすり傷が、ひりりと熱い。


「……し、しゃがみこんでたのが、まさかのファインプレー!? ……って、それどころじゃないっ!」


 ツルカは一目散に後方へ駆け出した。巨兵との距離を、ただひたすらに稼ぐ。


《マスター! どこ行くんですか!?》

「決まってるだろ! まずは精神統一だ! 心の深淵を覗く時がきたっ!」

《いま覗くべきは敵の動きですからね!?》

「だまれー! 逃げるのも戦略のうちだ!」


 全力で駆けるうちにツルカは手近な岩陰へと身を潜める。

 そして、なにか臭う。足元を見てみれば何故だろう、まるでついさっき誰かがここで放尿したかのような痕跡がある。


「げっ、誰だよ! 信じらんない! こんなとこで小用しないでよ、バカなのか!?」

《おっと? 記憶の更新してます? これ、あなたのですよ》


 アイナの言葉に、ツルカの顔が一瞬にして引きつった。


「……え? 僕の?」

《はい、あなたのです》

「……うん?」

《なぜそこまでとぼけることができる? ついさっきのことですけど》

「そそそ、そんなわけないだろう! 僕がそんなはしたないこと──」

《もういいから早く立ってください。敵、来ますよ》

「そうだった!」


 額に汗をにじませながら、ツルカはそっと巨兵の位置を覗う。岩陰から覗く視線の少し先には、あの化け物じみた巨躯が、まるで監視塔のように無言で動かず立ち尽くしている。だが、その全身から溢れる魔力の波動は、ただの置物ではないとひしひし伝わってくる。


「ひとまず、動く気配なしと……」

《ふむ……どうやら魔力で動く『魔法道具』の一種ですね。しかもかなり凝った………アイナでも分からない……。記録にない……何製だ……? こほん。ともかく、あれはかなり強敵。あの魔法道具の所有者が吹き込んだ魔力によって動くため、主もまた、比にもならない強さなのは確か。それがあの巨兵……魔法道具にも現れている。とてつもない魔力を秘めています》

「いやでもまあ? 死ななかったから実質ノーダメでしょ? さっきの斬撃を避けられたくらいさ。僕すごくない?」

《はいはいすごいすごい》

「テンション低いな! もっとこう、讃えてくれてもいいじゃないかっ!」


 ツルカは岩に背中をびっしりと預け、地面に人差し指を立て、なにやら字を書くしぐさを始めた。


《何してるんですか》

「戦略を練ってるの! くぅ……あれでもない、これでもない……あぁっ! アイナ、今からどうしよう!? なにも作戦が思いつかない」

《ほな、諦めて死にましょうか》

「なっ、裏切り者めっ! 僕の味方だったはず……! こうなれば……っ」

《くよくよしないでとっとと──》


 その時、ツルカの背中がすっと空虚になった。恐れながらも振り返ると、巨兵が軽々と岩を持ち上げて、ツルカを静かに見下ろしている。


「……はぁぁぁぁああ!? ちょっと、ちょっと待って! 今のうちに戦略練るって言ったじゃん!? あのね、僕いま考えてたの! 戦略的に考えるフリして逃げるっていう選択肢を!」

《つまり、無策ですよね》

「うるさいっ!」


 ツルカは爆ぜるように駆け出した。巨兵はそれを目で追っていくと、地面から引き抜いた大岩をツルカめがけて投げ出した。解き放たれた大岩は雷鳴のような轟音を残し、一直線に飛翔する。


「ま、まてっ!? くっ……!」


 ツルカは振り返って咄嗟に手を突き出し、掌の中心に意識を集中させた。その瞬間、ツルカの掌から淡い光が弾けると瞬時に魔法陣が展開され、幾何学模様が空中に浮かび上がり、回転しながら輝きを強める。直後、大岩が魔法陣に凄まじい勢いで激突した。


「どわっ……! ま、負けるかぁっ!」


 轟音が洞窟内を揺るがし、周囲の岩肌が震える。魔法陣は鈍く唸りながら歪み、きしむような音を立てて耐えていた。その威力はツルカの足が地面にめり込むほどで、大岩の圧力が全身にのしかかる。肩が震え、手のひらが灼けつくように熱い。それでも、ツルカは歯を食いしばって両足を踏ん張る。

 だが、魔法陣は未だ崩れなかった。むしろ魔法陣の輝きがさらに増していき、大岩の威力を確実に弱めていく。


《無詠唱で障壁魔法を展開……! こ、これは……さすが本能と言うべきですか……》


 やがて大岩は甲高い破裂音とともに砕け、岩の破片が四方に飛び散った。ツルカの髪が吹き飛ばされた風でばさりと広がる。


「っしゃあああああああ! 耐えたっ! あの岩を正面で防いだぞおおお! 僕、かっこよくなかった!? ちょ、アイナさんも────」

《───マスター! 後ろっ!》


 背後から鈍い空気の歪みが押し寄せる。いつの間にだろうか、巨兵が背後に転移していた。気づいた時にはもう遅く、漆黒の巨拳がツルカの横腹にめり込む。衝撃とともにツルカの身体は吹き飛ばされ、洞窟の壁へと勢いよく叩きつけられる。

 背中を押さえながらよろよろと立ち上がるツルカ。服はうっすらと焦げ、髪は砂ぼこりでふわふわに広がり、アホ毛だけはやたら元気にピンと跳ねている。


「……ぅ、うぅ。痛ったぁぁぁぁ。体なくなったかと思った……え、あれ?」


 ツルカは妙な感覚だった。おかしい、何か現実味がない。


「ええ? まって。僕ってば、今の一撃を食らって、まだピンピンしてるの? やばすぎないか」


 あの一撃の威力は確実に死への片道切符であった。だが、ツルカはかすり傷程度で済んでいる。


《強敵……とは言ったものの、マスターを基準に考えていなかった。アイナ……不覚っ》

「なにがさ!?」

《いえ、なにも。マスターには多様な耐性があるみたいです。単純な物理攻撃では有効打になりませんね。どうすれば致命傷を負わせられるのでしょうか……先ほどの斬撃みたいな攻撃かっ!?》

「さては貴様、敵かっ!? 僕のダメージの通し方じゃなくて、敵の倒し方考えてよおおおおお!」

《いえ、別に私が何も言わなくても勝てる見込みは99.9%ですよ。現に、マスターは詠唱せずとも魔法を使って岩を防いでみせた。普通なら、詠唱や魔導書の読解が必要ですが、あなたは反射的に魔法を使える。これは熟練した魔法使いにしかできない芸当です。きっとイメージするだけで他の魔法が使えるかもしれません》

「イメージするだけで魔法が使える……?」


 ツルカは呟きながら、拳をぎゅっと握った。その目が、ほんの少しだけ真剣になる。


「じゃあ……こう、ビュバーンって火を飛ばして、ドカーンって爆発して、ズガァーンって───」

《擬音ばっかりですね! もっと具体的に魔法の効果や形をイメージするん───》


 だが次の瞬間、ツルカの掌にほのかに赤い光が灯り始める。それはまるで、意志を持つかのように脈打ち、瞬く間に炎へと変わった。炎はさらに激しく燃え盛ると、渦巻き始めて球状へと膨れ上がった。周囲の空気が焼けつくような熱を帯び、洞窟の岩壁がみしりと音を立てる。


「ワワワっ!? ちょ、いやぁぁぁ!」


 びっくりしたツルカは火球を掌で押し出すような仕草をすると、それは巨兵めがけて一直線に飛翔した。放たれた炎はまるで火竜の咆哮のように唸りながら直進し、巨兵に命中した瞬間、包み込むように炸裂する。一瞬で光と熱が視界を奪い、爆風が周囲の岩肌を抉って舞い上げた。


「───げほっ、げほっ……煙が!」


 舞い上がった砂塵から徐々にツルカの姿が見えてくる。やがて現れたのは、寝起きのような腑抜けた顔で、地面に座り込むツルカであった。


《流石マスター……。単純な炎攻撃が自分のイメージだけであそこまで変貌するとは……。魔力も才能も一級品ですね》

「て、敵は!? どうなったんだ!」

《そりゃ木っ端微塵ですよ。跡形もなく消滅しちゃってます》

「……ありゃー……」


 自分の強さに思わず言葉を失ったツルカであった。

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