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「さあ、これからどうしようかぁぁぁっ!?」
《……なんでそんなに元気なの?》
洞窟を揺るがすほどの奇声を出して、少女は突如として奇妙な踊りを披露する。
《やめなさい、変人みたいでしょう》
「言ってくれるな、能力め。こうでもしなきゃこれからの事なんて考えれないだろう」
少女はぐったりと脱力し、人さし指で前髪をくるくると巻きはじめる。しばらく黙考していると、何か閃いたように掌へと拳を置く。
「あのさ。僕のお名前ってなんなのかな?」
自分の名前すら分からないのは不便だ。能力なら流石に名前くらい分かるだろうと聞いてみる。
《そういえば……。言っていいものか……いや、何の影響もないはず……》
「……? どうしたの?」
声は明らかに逡巡していて、少女の脳裏で葛藤する気配が伝わってくる。
《あ、いえ。すみません。寝てました》
「うそつけ」
《えー、解析の結果。あなたの名はツルカ=ハーラン。かっこいい名前ですね》
「ツルカ……ハーラン。うん……なぜかしっくりくるね。僕の身体もそれが名前だって認識しているみたいだよ」
名前を聞いて少女──ツルカは、どこか安堵したようにゆっくりと頷いた。
「ツルカ……ハーラン。ツルカ……ふふふ」
《キモすぎません? 名前聞いてそんな興奮します?》
「うるさいな。あ、君はなんて呼べばいいの? なにか、名前とかあるのかい」
《ええ……。呼称、ですか。私は別にあなたの能力の一部であり、個別の名は……》
「勿体ぶらずにさー。これからずっと喋る相手に名前がないなんて不便でしょ。ほらほら」
《……わかりました。以前、こう呼ばれていた名があります。……アイナ、と》
落ち着かない様子で謎の声──アイナは、やっとツルカに自己紹介をする。
「アイナ……」
その響きがツルカの胸の奥を、そっと撫でていった。懐かしさにも似た感覚。理由はわからない。ただ、ツルカの胸の奥が静かに波打つ。
「ありゃ……? なんでだろ。別に悲しくもなんともないのに、勝手に涙が」
ふと意識が戻り、ツルカは不思議そうに袖で涙を拭った。
「よっし、アイナだね。分かった! これからよろしゅうお願いします」
《……はい。マスター》
「……だからって何すればいいの? アイナさん!」
《頑張って外に出るんでしょ》
「ひぇーー! ここどこなの! だるくなってきたな!」
絶叫まじりに吠えたその瞬間、その振動に耐えきれなかったのか、背後にあった古びた剣が粉々に砕け散った。永い間、主の帰還を待ち続けたかのように見えた剣のあまりにも呆気ない最期だった。
砕けて塵と化したそれを、ツルカはぼんやりと見つめる。
「……よし、行こう!」
《ええ? 気にしないんですか?》
「だって、壊れたものは仕方ないじゃないか!」
ツルカは砕けた剣など意にも介さず、足取り軽く歩き出した。
どうやら彼女は根っからの能天気らしい。姿がなくとも、アイナのかったるそうな様子がうかがえる。
「とりあえず、先にでも進んでみようか。ここがどこなのかも分からないわけだし、まずは外に出ないとね」
《承知しました。では、マスターが通った道を記憶し、マップとして作り上げていきます。もし迷った際にはお教えください。補助いたします》
「わお、そんなこともできちゃうんだね。分かった! ほな、この道進んでいきますか」
道中はツルカが絶えずアイナと話しながらであったが、夢中であるツルカに対して、アイナは徐々に口数を減らす。
それもそう。
「しかもさ、僕ってば魔法使えるってことは、やっぱり魔法使いってことなのかな? しかも強いっ! ならさ、記憶が戻る前は一流の冒険者だったのかな! さらにはさらには美少女ときた! モテモテだったんじゃないー? どんな生活してた────」
《───あの!》
我慢の限界に達したアイナがとうとうツルカの話を無理やりに遮る。
「んん?」
《んん? じゃねえよ! あなた一時間くらい同じ道くるくる回ってんの! 気づいてないんかっ!》
ふとツルカは立ち止まり、目をしばたたく。よく足元を見てみれば、砂の地面には数え切れないほどの足跡が並んでいるではないか。こんなところに人はいない。これが彼女自身のものなのは言わずもがな。
「……ふふふ、うそだな」
《殺すぞ》
「やばすぎでしょ! そんなバカがいるのかい!?」
《いますよここに! 何回ここを歩き続けるんですか! いくつも道はあったのに同じ道を一周するとか……えぇ!? やばっ、ないわ。どこに目ついてんですか》
「おめめはこちらにございます。ばっちし見えてますよ」
ツルカは二本指でまぶたを無理やりに開いて、これでもかと言うくらいに眼球を剥き出しにする。
「といってもさあ、もうちょい早く言ってくれたらいいじゃないか。このいじわるめー」
何事もなかったように背伸びをすると、ツルカはちょうど目先にある道の分岐で自分の足跡のない方へとスキップしていく。
《楽しそうに喋っていたので遮るのはどうかと思いまして。まあ、一つも聞いてませんがね》
「気遣いは助かるけどー……え?」
《ほらほら、早く道に進みますよ。こんなところでずっと過ごすなんて嫌でしょう》
「う、うん。ちょ、え。ほんとにさっきの話聞いてなかったの? ねえねえ───」
しかしながら洞窟はあまりにも広く、そして入り組んでいた。同じ道をたどることもあれば、行き止まりに踵を返すこともしばしば。
あれからツルカは約五時間も歩き続け、疲弊しきってしゃべる気力も何も無い状態に達していた。
「だめだ。もう、死ぬんだ、ここで」
とうとうツルカは泣きっ面で両膝を地に突く。
《諦めんな諦めんな。まだ道はある》
「いやいや! 広すぎなんだよっ! どれだけ歩いたと思っているんだ。もうさ、爆破とかして地上に出たほうがよくないか!」
《いけませんよ。そんなことしたら地上が混乱するでしょう。多くの国や町があるというのに、いきなりそんな爆発が起きたら大ごとになります。もしかしたらマスターが魔物扱いされるかも》
「くうう。確かに。僕、とりあえず普通に町とかで過ごしたいし……」
ちょうど右手にはまだ進んでいない道がある。大人しく探索するしかないらしい。
「アイナさん。今まで通ってきた道を地図として見れたりしません?」
《可能です。マスターの前方にマップを提示します》
するとツルカの目の前で淡い光が瞬く。光は空間を編み込み、透き通るような地図が浮かび上がった。それには今までツルカが歩いてきた道から構成された地図画面になっている。まさかの高性能な能力にツルカは開いた口がふさがらなかった。
「うおお……。なんていうんだっけ、これ。空中画面……? そんな技術が発達してる国があったような気がする。うんと……だま、だまゆ……なんとかって国。記憶にないや」
《……そうですね。マスターは記憶を失う前の事をなんとなく覚えているんですね》
「そうなんだよね。どうやら前の僕は天才だったみたいだ」
《自分で言うのはどうかと》
ツルカは試しに指で画面をなぞってみる。どうやら拡大縮小、上下左右動かせるみたいだ。楽しそうに鼻笑いをしながら画面をいじっていると、ツルカはあることに気が付く。
(……オリジン?)
画面の片隅に、小さくそう表示されていた。見覚えはないのに、なぜだろう──どこか心がざわつく。なんのことか考えているうちに、それよりも気になることがあってすぐにツルカはどうでもよくなる。
「まてまて。あと残っている道、この一本道しかないみたいだけど。誰だよまだ道はあるとか言った無能」
《ん? 別にたくさんあるとか言ってませんけど。勝手に───》
「わかったわかった。 もう無駄な体力使いたくないし、早くいこう」
《面倒くさくなるな》
かったるそうにあくびをし、ツルカが一歩踏み出したその時。
「………っ」
ふと、ツルカはその歩みを止めていた。そしてどこか腑抜けており、愛くるしい相貌から一転。ツルカの顔は嫌悪で塗りたくられていた。
「……嫌いだ、この雰囲気。僕のいちばん嫌な力がうごめいてる。本能が、そう言ってる」
《解析中……完了。この先には強大な力を秘めた何かがいます。少なくとも、世界を転覆させるほどの力はあります……》
「なんだ……なにがいるんだこの先には」
ツルカの指先から淡い蒼光が広がり、身体を包む結界が静かに展開される。沈黙の暗闇に潜む力の源を静かに探り──その魔力の乱れに眉をひそめた。膨大な魔力ではある。しかし、まるで力が制御できていないかのように波乱しているのだ。
「おかしい。僕の本能が言うには、確実に苦戦する相手だって言っている。でも、とても弱々しい……」
ツルカは未知に察知されぬよう自身の放出する魔力を最大限に抑える。さらにツルカは火玉に手をかざす。すると火玉が浮かび上がり、橙の残光が彼女の頬を照らしながら、ふわりと宙を漂う。さすが、もともとは熟練の魔法使いといったところか。魔法の使い方を根本から理解しているらしい。
「……いこうか。くよくよしても意味ない」
ツルカは固唾を飲み、忍び足で先を進み始めた。




