1
───やっと出会えた。あなたとまた、ここから。
突然、そんな言葉が頭に響いた。わからない。今、どのような場所にいるのか。どのような状態なのか。ただ、意識は宙に浮かぶようにぼんやりとしていて、身体は羽のように軽く、心地よさすら感じる。
すると突然、凄まじい力で引き寄せられるような感覚を覚える。身体ごと放り投げられたかのように世界が回転し、次の瞬間、天から地へと真っ逆さまに墜ちていく。加速度を増す中、ふいに重力が戻り、身体がずしりと沈んだ。
「……うん?」
それは、剣と魔法が息づくとある世界。どこぞの洞窟の最果てで、一人の少女がふと目覚めた。
年齢は十四、五ほどだろうか。延々と広がる綺羅びやかな海をそのまま切り取ったかのような、一点の曇りもない碧眼。光の当たらない洞窟内ですら、自ら発光しているかのように輝く、透き通るばかりに美しい純白のロングハーフアップ。激しくしぶきを上げる渓流のように冴えた素肌は見るほどきめ細かで、その肉体美は目を見張るほど濃艶だ。
幼い身でありながらも、気高く上品で優雅な佇まい。まるで平凡な少女では纏えない、謎めいた気品と艶を帯びていた。
だが、その服装は状況に不似合いなほど異様だった。
黒のチューブトップに、上から羽織る白のロングコート。そして革製のショートパンツ。全体的に肌の露出が多く、溢れんばかりに輝く雪肌が惜しげもなく発揮されている。媚を含んだように扇情的な衣装であるにも関わらず、それを纏う少女本人から放たれる謎めいた気品が、いやらしさを微塵も感じさせない。ただ非凡なまでの美しさと、ある種の聖性すら感じさせる清楚さだけがそこにあった。
「ここは……どこだろう。僕は……だれ?」
少女は覚束ない足取りで立ち上がり、ふと導かれるようにすっと人差し指を立てる。すると不思議なことに指先が熱を帯び始め、ぽっと小さな火玉が浮かんだ。その淡い橙色の光が、周囲の湿った岩肌をぼんやりと照らし出す。
「あれ、なんでだろう。体が勝手に……? 記憶が全くない。でも体が覚えてる。僕は……魔法が使えたんだっけ」
ひとまず明るく照らし出された付近を見渡してみると、少女の背後には錆びついた剣が岩に突き刺さっていた。それは今にも粉々に朽ちてしまいそうなほど脆く、相当の年期が入っているように見える。
それでも少女は剣に手を伸ばそうとする。
《壊れちゃいますよ、マスター》
「……だれ……ッ!?」
少女はとてつもないほどの警戒をその顔に表す。一体どこの誰が、こんな場所で声をかけられると思うだろうか。
ところが少女の周りには何の気配も感じられない。
「え、誰なの……?」
《……すみません、いきなり過ぎましたね》
「……?」
よく感じてみれば、この声は耳から聞こえているものではなかった。不思議な感覚だ。まるで自分の心の声のように、声は頭に直接流れ込んでくる。
「これは僕の脳内に……話しかけられている、のか……?」
《ごもっともです。驚かせてすみません。私はあなたの……能力、と言えばいいでしょうか。あなたにしか聞こえない意識体。補佐を務め、知識を授け、ときに導く存在です。完全なる、あなたのサポーターと思ってもらえればと》
「うそー。そんなことがあるの?」
あからさまに少女は怪訝そうに頭をかきだす。いきなり自分の補助を担当するなど言われてもにわかに信じられない。
「つ、つまり、分からないことだったら君に聞けばいいし、行き詰まったら助けてくれるってこと?」
《ザッツライト》
「……なんかいきなり関わりにくいね……」
戸惑う少女に対して、声は妙に親しげだった。
「いやぁ、納得いかないなぁ。いきなり目覚めてみれば右左も分からない状態だし、記憶すらなにもない。でも、僕は……強い。熟練の魔法使いだった。それだけは分かる。なんかやったんじゃないの? 君が。だっておかしすぎるもん」
突如として不可解な事象が連なる中、少女の発言は類もない正論である。
《なんすか、私がやった証拠でもあるんすか》
「それはもう犯人の発言なんだよなぁ……」
ふてくされたような謎の声に、少女も淡々と言葉を捨てる。
《しかしながら、現にあなたは何の記憶もない。魔法を使えたとして、完全に扱える自信がありますか? どこかも分からない。とりあえずこの洞窟を出ることを目的にして生き延びるには、少なからず私の知識が必要だと思いますよ》
「うぐっ……。痛いところを的確に突いてくるなっ! 大体、僕の能力とか言うんだったら、記憶とか戻せるんじゃないの? 補助するんでしょ!」
《……ほ?》
「なんでわかってねーんだよ」
なんにも理解してなさそうな反応に、思わず少女も間髪入れずにツッコむ。
「絶対さっきの言い回しだったら、僕の記憶だって簡単に戻せそうじゃん。本当はできるんでしょ? めんどくさいだけなんでしょ。頼むから戻してよー」
《…………それはできません》
「ええ?」
謎の声はどこか悲しそうに呟いた。
「どうしてさ。記憶を戻すぐらいできるんじゃないの?」
謎の声は何かを言いよどんでいる。だが、しばらくするとようやく口を割る。
《私が怪しいものだと思うのは当然の判断です。しかしながら、あなたの記憶は……厳密には、私には戻す権限がない。ですが信じてほしい。私は決してあなたを傷つけるものでも、敵となるものでもありません。いずれあなたは自分が目覚めた理由を知ることになる。その時が来るまで、私はあなたを補佐する。それが、私が課せられた天命なのかもしれません》
何としてでも信頼を勝ち取ろうと、凄まじいほどに真剣な言葉を少女にかけた。
「……へぇ。いやまあ別に、何でもいいけど」
《え?》
いきなりどうでもよくなったように、少女は眠たそうにあくびをする。
「別にそこまで気にしてないし。一人ぼっちは寂しいしね。しゃべる人がいるならとても嬉しいかな」
《な……》
謎の声は言葉を詰まらせる。そして、感傷に浸るようにやれやれとため息をつくと、ついつい笑い声を漏らしてしまった。なぜ忘れていたのだろう、この方の前向きで能天気な性格を。
「何笑っているのさ」
《いえ……。やはりあなたは、とても心がお強い方だ》
「はぁ……? あ、でも。絶対に約束してよ! 能力とか言うんだから僕が何か悩んでたら助けるんだぞ。あと、おしゃべり相手にもなって。暇になるのは世界一嫌いなんだっ。あとはこの世界のオススメの───」
少女は目を煌めかせて、早口で言葉を続ける。好奇心に溢れる少女に、謎の声もやれやれと言わんばかりにそれを受け入れながら、ぼそっと呟く。
《……はいはい。もちろん付き合いますよ。どこまでも、ずっと》




