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全てはミライの笑顔のために  作者: アベル
魔界王第二位 編

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17/24

11(6)

「……今日は任務を達成できなかったのか」

「………」


 玉座に鎮座するグレイの気配が、空気そのものを重く圧し潰す。本来なら本日の報告を滞りなく行わねばならない。

 あんな事があったのだ。あの致命的な失態の光景が、報告すべき内容よりも鮮明にまぶたの裏で繰り返される。勇者と、あろうことか楽しげに笑い合う自分の姿が。その事実が、鉛のように重くマリアネの喉を締め上げて言葉を奪う。


「返事はないのか……。まあいい。今日は別に期待もしていなかった。君がそう簡単に人間を殺せるとは思っていないからな。わざわざ二週間の猶予をやったのだ。君はどうせ嫌な事は最後まで残す質だ」

「……も、申し訳ありません」


 人間と……しかも勇者と関わってしまったなどと、口が裂けても大魔王に報告できるはずがなかった。

 魔族の世界には、古くより伝わる絶対の掟がある。


『何人たりとも、人族と関わりをもってはならない』

 

 人間は脆弱で、欺瞞に満ち、魔族を堕落させる存在──そう信じられている。

 明白な理由は定かではないが、この禁忌は魔族の血に深く刻み込まれている。この掟を破ることは一族への裏切りを意味し、最も重い罰が科せられる。たとえいかなる理由があろうとも、例外は許されない。


「いいか、二週間だぞ、マリアネ。今日はもう休むがいい。だが二週間で人間を殺せ。その間は時間が許す限り、好きにすればいい。……任務を達成できなければ……分かるな?」

「は、はい。心得ております……」


 マリアネは大魔王に深く一礼し、玉座の間から逃げるように立ち去った。

 内心で冷や汗が止まらない。任務を放棄すると決めたこと以上に、人間と関わった事が発覚すればその時点で一巻の終わりだ。表情などで悟られてはならない。

 マリアネは今日のところは言われた通り、休む事にした。

 罪悪感が胸に強くこびりついている……なんて自分は最低なんだろう。

 そんな事を思いながら自室へ向かう薄暗い廊下で、一人の男が壁にもたれかかって立っていることに気づく。

 ……バリオンだ。


「……ん、ああ誰かと思えば、意気地無しのゴミ野郎じゃねえか」

「そ、そこまで言いますか……」


 だが、否定できない。このような罵倒は、マリアネにとって日常茶飯事のはず。だが、今回のバリオンの発言はいつもより深く心に突き刺さった。


「てめぇのそのツラを見る限り、任務は達成できなかったみてぇだなぁ?」

「え……な、なんでその任務の事を!」


 バリオンはその任務をマリアネに言い渡される前に、大魔王の命令により玉座の間を出ていったはずだ。なぜ任務のことが彼の耳に届いているのか。盗み聞きは流石のバリオンもしないはずだ。


「そりゃドマンナから聞いたからなあ」

「そ、そんな! ドマンナが………」


 なんとマリアネが唯一信用していたドマンナは、彼女の相談事をバリオン、そして他の魔王に話したという。

 二人だけの秘密にしてほしいと約束したはずだった。

 ずっと信用していたのに。こればかりは裏切られた気持ちになり、失望感が心の中を暗く過った。


(な、なんで……)


 裏切られたという絶望に打ちのめされかけたマリアネだったが、ふと気づくとバリオンの表情が普段よりいくぶんか柔らかい。いつもならここでもっと粘着質に罵倒されるはずだが、その雰囲気がない。


「いやぁ、あいつもお前みたいに変わったもんだ。なんせお前みたいなヤツを心配してんだからなぁ」

「……え」

「あいつ、お前の任務が無事達成できるように、わざわざ俺に直接、『悪口を言ってプレッシャーを与えないで欲しい』って言ってきたんだぜ? 自分とは関係ないのに辛そうになぁ。バカみてぇなヤツだぜ」

「────なっ⁉」


 ドマンナはマリアネを裏切ってなどいなかった。秘密を打ち明けられたドマンナは、マリアネが任務を達成できるよう、あえて他の魔王に事情を話し、プレッシャーをかけないよう働きかけてくれていたのだ。秘密を漏らしたという負い目を引き受けてまで、マリアネのために動いてくれていたのである。

 だがそのドマンナの優しさが、結局マリアネの胸を一層締め付けた。ドマンナは任務の達成を応援してくれている。しかし、自分にその気は微塵もない。強い罪悪感を覚えているのは、むしろマリアネの方だった。

 マリアネは己を最低だと思いながらも、この気持ちを変えるつもりはない。期待に応えられなくて本当に申し訳ない。面と向かっては言えないが、マリアネは心の中で、必死にドマンナに謝った。


「まあ今回はドマンナの顔を立ててやる。……それに、二週間後にてめえが泣きべそかいて処分されるのを高みから見物する方が、よっぽど面白そうだ。せいぜい我慢してやるよ」


 返す言葉もない。バリオンの言う通り、マリアネは人間を殺す事なんて到底できない。全て彼の思うままに事が進むだろう。マリアネは魔王としての判断をとっくに誤っている。


「ま、 せいぜい頑張るんだな、この無能が。二週間経った後、てめえが処分された暁には、俺がその魔界王第二位の力を扱ってみせる。大魔王様の一番のお役に立って見せるんだ………」


 バリオンはそう吐き捨ててこの場を去っていった。

 心残りはたくさんある、言いたい事は山ほどある。だが、それを今更口にしたところで何になる? 自分には魔王としての素質がない。発言権など、あってないようなものだ……。


「バリオン、きっと思い通りに事は進むと思いますよ……」


 マリアネは処分される覚悟ができている。

 いつだって死んでもいい。それで他の人間や生物が殺されずに済むのなら。この考えを心の中で幾度も見つめ直し、決断したのだ。気持ちを一生変えるつもりはない、たとえ友を泣かす事になっても。

 そうしてマリアネは自分の部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。

 意外なほどすぐに眠りにつけた。覚悟を決めた心は妙に静かで、目覚めた時には、夜が一瞬で過ぎ去ったかのように感じた。


 命令が言い渡された日から一週間が経過する。

 マリアネはその一週間の間、人助けに奔走していた。毎日起きては人間やその他の種族が住んでいる地域に赴き、困っている人がいたら助けてきた。

 そして今日もマリアネは任務の事を忘れたふりをして、人々を助けるため外へ出る準備をし、魔王城の転移の間へ勢いよく走り出す。その姿をたまたま目撃したドマンナは、少し不思議そうにその光景を見ていた。


「なんか……楽しそう。いい事でもあったのかな」


 彼女が破滅への道を歩んでいるとも知らずに、そうボソッと呟いた。

 マリアネはこの一週間の間、ずっと人助けをしてきたのですっかり顔を覚えられるようになっていた。

 同じ人に出会っては『いつもありがとう』と感謝の言葉を言われる。

 その言葉がとても嬉しく、自分の居場所がここにあるような気さえした。そんな気持ちで毎日人助けをしていた。

 マリアネは道に沿って歩いていく。今回もグランディール国付近の道沿いに赴いた。勇者と出会った場でもある。


「今日は困ってる人いるかな~。どんな人でも助けてあげますよ~!」


 マリアネは今だけ魔王だと言う事を忘れて、普通の『親切な冒険者』としてみんなを助ける。同時に、グレイを裏切り、ドマンナの優しさを踏みにじっている罪悪感が針のように胸を刺す。

 だが、この時間がマリアネにとって一番楽しい時間と化していた。人生を変えて、このような気持ちにしてくれたのも、一週間前に出会った勇者のおかげなのだ。あの勇者が背中を押してくれたから、マリアネは自分のやりたいように生きると決断できた。あの出会いと、あの言葉が、彼女の迷いを断ち切ってくれたのだ。

 いつかまたあの勇者に会ってみたい。マリアネは自分を理解してくれた、あの勇者ともう一度会いたかった。


「おやおや! これはまた会いましたなお姉さん」


 鼻歌でも歌いそうな気分で歩いていると、一人の老人が馬車を引いて話しかけてきた。以前、マリアネが助けた老人である。

 一週間前のあの後以来、よくこの老人とは会う。マリアネは老人の厚意に甘え、荷台に積まれている野菜などの配達を手伝わせてもらっていた。


「今日も早いのですね。もしよろしければですが、今回も配達、手伝いましょうか?」


 マリアネは魔王としての力を傷つける事に使うのではなく、助けるために使う。この力は一つ使い方を間違えるだけで大規模な厄災になり兼ねない。そんなことには絶対に使わない。


「いやぁ、お姉さんの魔法はいつも助かるんじゃが、助けられてばかりも悪いのじゃよ。やっぱりわしも若者には負けたくないのでなぁ。今回は自分の足で行こうと思うぞ。ホッホッホー!」

「そ、そうですか?」

「ああ! だから今回は助けはいらん。心配せんくても大丈夫じゃ!」


 そう言って老人は馬車を引いて、グランディール国へ向かっていった。

 その頑固で元気な姿を見てマリアネは小声で笑い、再度道に沿って歩きだした。本当に人間と言うものは面白いものだ。話しているだけでも飽きない。

 マリアネは人間と話す事が何よりも楽しい趣味となっていた。


「お、嬢ちゃぁん。また会ったなぁ」

「こんにちは!」


 次にマリアネの目の前に現れたのは、仲のよさそうな夫婦である。


「これはこれはお二人がた。また会いましたね」

「前は本当に助かった! キノコ狩り手伝ってくれて」

「おかげでいいキノコメニュー作れたの!」


 この夫婦にはキノコ狩りを手伝ったことがあった。

 グランディール国のとあるお店の経営者のようで、キノコを使った新メニューを作りたいとの事だったらしい。

 たまたま困っている二人を見かけたのでキノコ狩りを手伝ったのだ。

 何故困っていたかと言うと、キノコを採りたい場所はモンスターがうろつく危険地帯だったため、その護衛としてマリアネは同行した。

 魔王であるマリアネがその気配をわずかに解放するだけで、低級なモンスターは恐れをなして近寄ってくることすらない。護衛としては完璧だった。

 自分は冒険者と嘘をつき、二人についていった結果、モンスターと一切出くわす事なく、キノコを安全に採れたのだ。


「今度俺たちの店に来てくれよ。お礼として無料でキノコを使ったメニューを振る舞ってやる!」

「ええ、いつでも来てね」


 夫婦はマリアネに手を振って去っていった。

 マリアネはその背中を見送りながら思った。私は国に入る事ができないと。


(……魔王である私が、人間の王国に張られた聖なる結界を越えられるはずがない。もし無理に入れば、私の魔力が警報を鳴らし、すぐに騎士団が飛んでくる……)


 もし、自分が人間だったらあの人たちの食事を頂ける事ができたのだろうか。少ししょんぼりとして、自分と彼らとの間にあるどうしようもない隔たりを感じた。

 このようにマリアネは毎日人助けをしては城に帰り、そして日付が変わればまた人助けをしにいく。こんな毎日を他の魔王たちにひた隠しにしながら過ごしていたのだ。

 今日も日が暮れ始めたので、マリアネは城に帰ることにした。満足げな表情で、意気揚々と城の扉を開く。

 だが、城の中に入った時、二人の魔族がマリアネを出迎えていた。


(ドマンナじゃない……バリオンでもない) 


 息が詰まるような冷静な魔力と、底抜けに明るい魔力。そのちぐはぐな気配の組み合わせに、マリアネは瞬時に警戒を強めた。


「……え、え? どうしたのですか二人揃って」


 マリアネの問いに、一人は沈黙を返し、もう一人は陽気に手を挙げた。


「……………」

「どうもでーす!」


 それは四神魔界王、風の使い──シバニーと、土の使い──ガインナーである。

 シバニーはクールな性格で、顔を覆い隠すように巻いた布が印象的だ。冷静な口調で関わりづらい雰囲気はあるが、実力は確かな魔王である。

 一方ガインナーはそんなクールなシバニーとは違い、とても元気で明るい魔王。

 二人とも、これまでマリアネが深く関わったことのない魔王たちだ。そんな二人が、一体マリアネに何の用があるのだろうか。


「……お前、もう一週間経ったんだぞ。任務は順調なのか」

「そうだよ~! 失敗したら後はないんでしょ? やばいじゃん。一週間、何も言わず見守ってきたけどちょっと心配になってきちゃってさ」

「……そうですね。難しいところ……でしょうか」


 また、嘘をついた。ドマンナに、大魔王様に、そして今度はシバニーとガインナーに。

 人助けをして心が満たされる一方で、魔王城に帰るたび嘘で塗り固められていく自分がすり減っていくのが分かった。マリアネは任務をする気もないのに、そう二人に告げた。

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