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全てはミライの笑顔のために  作者: アベル
魔界王第二位 編

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9

《──マスター!? ダメです、無謀です!》


 アイナの悲鳴のような制止が響くが、もうツルカには届かない。ツルカはただ本能のままに床を蹴り、グレイとマリアネの間へと滑り込んでいた。 


「────やめろッ!」


 とどめの一撃を振り下ろそうとしていたグレイは、突如割り込んできたツルカにわずかに眉をひそめる。そしてツルカの全身から今、何が起きているかを見て目を見開いた。魔力ではない。だが、グレイが本能で忌み嫌う、純粋で温かい『光』が、ツルカの全身からオーラとなって溢れ出している。


「……邪魔だ。消えろ」


 しかし、グレイは考えるのも億劫な様子だった。ツルカの存在を無視し、その漆黒の剣をツルカごとマリアネに突き立てようとする。

 だが、その剣がツルカの放つ光のオーラに触れた瞬間。 


「なっ……!?」


 灼熱の鉄が雪に触れたかのように、浄化の音と共に黒煙が上がる。グレイはまるで素手で業火に触れたかのように剣を手放した。漆黒の魔力で形成されていたはずの剣は、ツルカの光に触れた箇所から浄化され霧散してしまったのだ。


「ぐっ……この光は……ッ!」


 初めてグレイの余裕の表情に、焦燥と苦痛が浮かぶ。グレイは倒れたマリアネから距離を取り、荒い息をつきながら立ち塞がるツルカを睨みつけた。


「はぁ……っ、はぁ……」

《まさか……ここでこの力を解放してしまうとは……!》


 ツルカ自身も何が起きたか分かっていなかった。ただマリアネを守らなければという一心で、全身が燃えるように熱い。

 大魔王グレイはもはやマリアネを見ていなかった。その憎悪に満ちた視線は完全にツルカへと固定されていた。


「……何故だ、あの偽善者。我々の計画の鍵の一つを解き放ったと言うのか……? ありえぬ。だが、そうでなければ今、こうして我の前に……『光の子』は現れぬ……! 何が起きたというのだ……」


 グレイの憎悪に満ちた声が、崩れかけた部屋に響く。ツルカは荒い息を繰り返しながら、本能的にマリアネを背後にかばうように立ち塞がった。全身から溢れ出す光のオーラが、グレイの放つ漆黒の覇気とぶつかり合い、空間を激しく軋ませる。


「……ツルカ、さんっ……あなた……は……?」


 かろうじて意識を保っていたマリアネが、瞠目してツルカの背中を見つめる。


「───アイナ! マリアネを……どこでもいい、安全な場所へ!」

《え、ええ!? いきなり何をっ! くっ、ああもう、マスターの無謀さは折り紙付きですが、こうなっては仕方がありません! 強制転移、実行! マスター、何があっても十秒間、その大魔王の足を止めてください!》


 ツルカの叫びに応え、アイナが即座に行動を開始する。倒れ伏すマリアネの足元で光の粒子が激しく渦を巻き始めた。眩い光は瞬く間に複雑な幾何学模様を描き出し、床そのものをキャンバスにした巨大な転移魔法陣が起動。空間を震わせる甲高い起動音と共に、マリアネの身体を眩い光柱が包み込んだ。


「────ッ!? やはり『神器』がその身にいるか……ッ! させぬ!!」


 グレイが術式を破壊すべく、底なしの漆黒を放とうとする。だが、ツルカはそれをさせまいと床を蹴ってグレイへと突進していた。


「お前の相手は僕だっ!」


 ツルカは物理的で単純な拳を繰り出し、ただ無我夢中で殴りかかる。


「煩わしい!」


 グレイはそれを掌で受け止めようとし、再びその顔を苦痛に歪ませる。ツルカが纏う光がグレイの闇を焼き、浄化する。グレイが忌々しげにツルカを蹴り飛ばすが、その一瞬の攻防で術式は完成していた。


「ツルカさん……ダメ、あなたも……!」

「いいから行くんだっ! 君は、絶対に死なせたりしない! 後で必ず落ち合おう!」


 マリアネの身体が光の粒子となって転移陣に吸い込まれていく。それを見届けたグレイは、その冷徹な瞳をゆっくりとツルカに向けた。


「……ふん。まあいい。貴様を殺したあとでもマリアネの居場所はすぐ割れる」

「……あいにく、ここで死んでやるつもりはないんでね!」


 ツルカは虚勢を張りながらも、全身の神経を研ぎ澄ませる。決意だけは本物だった。

 次の瞬間、グレイの姿が消える。


「えぇ!?」

《上です!》


 アイナの警告と同時に、真上から漆黒の剣が振り下ろされる。ツルカは咄嗟に腕を交差させ、光の力でそれを受け止めた。凄まじい衝撃が全身を駆け巡り、足元の床が蜘蛛の巣状に砕ける。


「ぐっ……おおおおっ!」


 光と闇が拮抗し、互いの力を相殺し合う。ツルカの光はグレイの剣を押し返すのが限界で、身体への衝撃は防ぎきれていない。やがて、二つの力が弾け飛び、ツルカとグレイは互いに距離を取った。ツルカはその場に片膝をつき、光のオーラで震える身体を支えるのが精一杯だった。

 グレイは光に焼かれた掌を見下ろし、忌々しげに、そしてどこか懐かしむように目を細める。


「この力……懐かしいな、光の子よ。何人もの『光の使者』とは交えたが、貴様の光は……やはり完全たる神性。この感覚は幾千年ぶりだ。だが……」


 グレイは侮蔑するように鼻を鳴らす。


「貴様はまだ眠りから覚めたばかりで、その力の扱い方も知らぬようだ。その様では私には届かぬ。忌まわしき害悪め、ここで始末しておけば後の計画に支障は出まい。確実に息の根を止めてやる」


 グレイの憎悪が魔力となって膨れ上がり、ツルカを圧し潰そうと襲いかかる。だが、ツルカの光もまた主の意志に応えるように輝きを増し、その闇を押し返していく。


「知った風に言って! 僕はあんたのことなんて何も知らないぞ!」

「ならば思い出させてやろうか!? 貴様が、我らにとってどれほどの害悪であるかを!」


 二つの相反する力が激突し、爆発的なエネルギーが部屋全体を吹き飛ばす。もはや部屋の体を成していない。壁は崩れ落ち、天井は抜け、二人は瓦礫の山の上で対峙していた。


「……っ、はぁ、はぁ……!」

《マスター、距離を取ってください! 大魔王の魔力は規格外です!》


 ツルカはアイナの警告に従って瓦礫を蹴って後方へ跳ぶが、グレイはそれを許さない。


「逃がすと思うか、光の子よ」


 グレイが指を鳴らすとツルカの周囲の空間そのものが歪み、まるで目に見えない巨大な手に握り潰されるかのように四方八方から凄まじい圧力が襲いかかる。


「くっ……! これが魔法かっ……!」


 始めてその身で受ける、魔法という技。骨が軋むほどの圧迫感に、ツルカは思わず膝を突く。


《マスター! その光を無理やり全身から噴出させて下さい! その魔法の術式そのものを、光で焼き切るんです!》

「な、なにを言っているの!?」

《いいから早く!》


 ツルカはアイナに促されるまま、制御できない光のオーラを強引に噴出させた。眩い浄化の光がグレイの空間魔法の術式そのものに干渉し、焼き切っていく。ガラスが割れるような音と共に、空間の圧迫が消え去った。


「……ほう。空間魔法の術式構造にまで干渉するか。その光、やはり忌々しい……!」


 グレイは顔を歪めながらも攻撃の手を緩めない。指先ひとつで即座に次の術を完了させる。

 ツルカの頭上に数十本もの漆黒の槍が魔法陣から射出され、雨のように降り注ぐ。


《回避に専念!》


 ツルカは瓦礫の上を縦横無尽に駆け回る。槍が着弾するたびに足場が爆砕し、虚無の闇が上がる。紙一重で回避を続けるツルカの動きをグレイは冷ややかに見つめていた。


「動きが直線的すぎる」


 グレイが呟くと、ツルカの足元の影がまるで生きているかのように蠢き、ツルカの足首を掴んだ。


「なっ!?」


 影に拘束されると同時に、ツルカの身体に鉛を流し込まれたかのような重圧がかかる。動きが致命的に鈍った。そして、その隙を見逃すはずもなく、上空から再び漆黒の槍が殺到する。 


「しまっ──────」

《マスター、足元に光を集中させて!》


 ツルカは言われるがまま、拘束された足元に光の力を集束させた。聖なる光が影の拘束を浄化し、同時に施されていた重力魔法を消滅させる。

 だが、回避は間に合わない。数本の槍がツルカの肩や太腿を掠めていく。肉が焼ける痛みと共に、光のオーラが揺らぐ。


「うっ……!」

《まだです! 大魔王の次の攻撃までコンマ数秒の猶予が発生します!》


 アイナがグレイの魔法構成速度を必死に解析し、その合間に次の行動を助言する。


《その光を無理やり両腕に集束させてください!》

「───うおおおおおっ!」


 ツルカはアイナの指示を信じ、制御不能な光の奔流を強引に両腕へと集束させる。全身の血管が焼き切れそうなほどの激痛が走る。 


《それを一気に大魔王へ! 今です!》

「いっけええええええっ!」


 両手から放たれたのはもはや魔法とは呼べない純粋な『浄化の光』そのものの奔流だった。初めて、グレイの表情から余裕が消えた。


「……チッ」


 グレイは舌打ち一つすると、自らの前方に漆黒の魔力を凝縮させて防御壁を展開する。光と闇が激突し、空間そのものを揺るがすほどの凄まじいエネルギーが飽和する。だが、力の差は歴然だった。ツルカの放った光は次第に勢いを失い、グレイの防御壁に飲み込まれ、やがて霧散する。


「……未熟なりに攻撃へと転用するか。だが、その程度だ。光で攻撃を防ぐことに意識が向いているようだな。いや……使い方が分からぬだけか……? まあいい」


 グレイは冷たく言い放つと、今度は周囲に散らばる膨大な量の瓦礫を魔力で宙へと浮かび上がらせた。


「なら……単純な質量での攻撃はどうだ?」


 数百、数千という瓦礫の群れが、一斉にツルカめがけて殺到する。


《マスター、全防御力を右腕に!》

「くそっ、さっきから防戦一方じゃないか!」


 ツルカは悪態をつきながらも、光の力のほとんどを右腕に収束させて眩い『光の盾』を形成する。瓦礫の牙が光の盾に激突するたび、凄まじい爆音と閃光を撒き散らす。光の盾はその一撃すらまともに受け止めきれず、瞬時に砕け散っては再構築するのを繰り返した。盾が砕けるたびに、衝撃が骨まで響く。数十、数百と続く無限の連撃が、盾を透過してツルカの全身を強烈な衝撃となって苛み、その体力を確実に奪っていく。


「ぐっ……ぬうっ……! きりがないよ……!」


 盾を維持するだけで精一杯で、反撃どころではない。ツルカは確実にジリ貧へと追い込まれていた。


(……強い。桁が違う……!)


 ツルカは内心で歯噛みする。グレイはまるで実験でもするかのように、愉しげに攻撃の手を強めていく。瓦礫の嵐を光の障壁で弾き飛ばしながら、ツルカは活路を探す。


「どうした。その程度か。その光の力、使いこなしもせずによくも我の前に立ったものだ」

「……ッ!」


 図星だった。この光はツルカの無意識下から溢れる本能的な力。つまり、ツルカはこの力を何も分かっていない。 


《……今ここでこの力を使い、補助しても大魔王には届かない。まだ、自分の事を何も知らないから……っ!》 

「さ、さっきから何言ってるのさ! とりあえず、どうにか今からでも逃げ出せない!?」


 ツルカはグレイから目を離せないでいた。


(このままじゃ、マリアネを助けても僕がここで殺される……! 本当に逃げなきゃ……!)


 グレイがゆっくりと右手を天に掲げる。するとあの忌々しい空間の裂け目が、今度はツルカの頭上に数百という規模で出現し始めた。


「終わりだ。今度こそ、その光ごと虚無に還れ」


 絶望的な数の魔力が、裂け目の奥で収束を始める。マリアネが死力を尽くして防いだあの攻撃だ。あれを防ぎきることは不可能に近い。


《マスター! 策があります!》


 焦燥に駆られたアイナの声がツルカの脳内に響き渡る。


《この戦闘の衝撃で、真下の床が極端に脆くなっています! さっきの光の奔流を今度は真下に放ってください!》

「ま、真下!?」

《一気に階下へ脱出します!》


 ツルカは一瞬ためらう。だが、迷っている暇はなかった。


 「───うおおおおおおおッ!」


 頭上から死の魔光が降り注ぐ、その直前。ツルカはアイナの指示通り、両腕に集めた光の奔流を足元の瓦礫の一点へと叩きつけた。グレイの魔光が着弾するよりも僅かに早く、ツルカの攻撃で足元の瓦礫、そしてその下の床を凄まじい勢いで粉砕する。


「なっ……!?」


 グレイが目を見開く。ツルカの姿は自ら開けた大穴の中へと、土煙と共に消えていた。降り注いだ魔光はこの空間ごと容赦なく消し飛ばし、巨大な深淵を生み出した。やがて爆風が収まり、静寂が戻る。


「……逃げたか」


 グレイは宙に舞いながら、ツルカが消えた大穴を無表情に見下ろす。手を眺めれば、先ほどツルカの光に焼かれた火傷が、まだ完全には癒えずに燻っていた。


「……力の本質は間違いない。だが、この未熟さ……。成長すれば……いずれ厄介となる」


 グレイはその火傷を漆黒の魔力で強引に塞ぎながら、静かに思考を巡らせた。


「ふん……止まっていた歯車が動き出したか。……光の子め。よかろう。マリアネよりも優先して処理すべき害虫を見つけた。地の果てまで逃げようと、いつか必ずその息の根を止めてくれる」


 グレイは静かな怒りを燃やしながら、崩れゆく部屋からその姿を消した。

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