0
──────グランドシオル頂上大戦
『魔の覇王と名乗りし者。世界に厄災を降り注ぎ、神の統治せし地──グランドシオルの終焉を告げる』
それは、古の預言書に記された破滅の序曲。
神々の治世の下、その輝かしき御座の影より降誕せし『厄災』が、永きに渡る戦端を開いた。幾千年も続いた大戦は、人のみならず、神々さえも巻き込む未曾有の混沌と化した。
剣戟は空を裂き、呪詛は大地を灼き、無辜の命が剣と魔法のもとで無慈悲に蹂躙された。骸は山を成し、夥しい血はかつて澄み渡っていた大河を満たし、その流れを赤黒く淀ませた。
かつて相互扶助の理で成り立っていた平穏な世界はその秩序を失い、今や崩壊の瀬戸際に立たされていた。
陽光を遮る黒煙が天穹を覆い、輝きを失った蒼穹は永劫の闇夜へと変貌した。大地を揺るがす絶え間ない爆撃の轟音が鳴り響き、かつての緑豊かな大地はことごとく焦土と化す。あらゆる生命が断末魔の叫びと共に、劫火の中へ消えていった。
魔の手による侵略は、神々が慈しんだ地を容赦なく踏み荒らした。世界の邪王の威光の前には、抗う術なく絶命するか……あるいは誇りを捨てて臣従し、生き長らえるか。その二択のみであった。
かくして、世界は滅びの寸前まで追い詰められた。しかし、終焉かと思われたその刹那、一条の光芒が射す。全てを『ミライ』に託したその希望こそが、グランドシオルを新たなる永劫の礎として再生させたのだ。
──光芒の正体。すなわち、大いなる母の全て。
母はその尊き命と引き換えに、魔の王を世界から消散させた。
創造主を失った世界の行く末は五里霧中。だが、残された子らは、ただ母の最後の言葉を胸に抱いていた。
──我が心より愛した怜悧な子らならば、我が理想とした悠久の世界を必ずや描き上げるだろう──と。
母の願いが、果たして子らに届いたのか。
それすらも定かにならぬほど、永い、永い時が流れた。
「はて、アリアナ。貴殿はいつになったら眠りから覚めるつもりか……」
月光すら射し込むことを許されぬ、深く鬱蒼とした森の奥深く。そこはかつて神聖な地であった面影も無く、ただ濃密な闇が支配する場所と化していた。だが、古びたローブを全身に纏った女の到来と共に、その場の空気は一変していた。肌を刺す湿気は消え失せ、代わりに肺腑を凍らせるような、絶対零度の冷気が辺り一面を支配している。
深く被ったフードの奥にある表情を窺い知ることはできない。だが、その隙間から漏れ出る気配は、万物を凍てつかせる冬の嵐のように鋭く、同時に隠しきれない悲しみを孕んでいた。
女は幾星霜の時を刻んだかのように苔むした石碑に、白く冷たい指先をそっと滑らせる。彼女が触れた端から、青々とした苔が音もなく氷の結晶へと置換され、白銀の輝きを帯びていく。
「きっと……また」
まるで眠る者に語りかけるかのように、寂寥を帯びたその声は、森の空気さえも凍結させるほどに静謐であった。




