着脱式
「よもや、これが取り外し可能になっていたなど、誰が予想しただろうな」
そう言いながら、おもむろに自分の腕を取り外すモール氏。
「今こうして、目の前で見ていても信じられないですよ」
モール氏の同僚が言った。
「ああ、俺自身も未だに信じられない。だがしかし、これを発見した人はすごいなあ」
「今までの人類……いや、全動物の常識を覆してしまいましたからね。もはやゼロの発見や万有引力の発見なんか霞んで見えてしまうくらい、遥かに凄い発見ですよ」
「うむ。しかしこの発見によって、便利な世の中になったものだ。腕をロボットアームに置換することによって、その場に応じた作業を従来よりも的確にこなすことができるようになった。いわば、人類の限界の壁を打ち破ったのだ」
モール氏は自分の腕を机の上に置き、ところどころがカラフルに点滅しているロボットアームを取り付けた。
「あ、それは最近発売したコンピューターアームじゃないですか」
「お、気づいたか。これは便利だよなあ。立体映像を映さなくても、直接、脳に信号が伝わり、まるで目の前に映しだされているかのように見える。それに、打ち込んだプログラム通りに正確に腕が動いてくれる。我ながら、久々に素晴らしい買い物をしたよ」
すると、両脚をロボットアームに置換した後輩がやってきた。
「先輩方、盛り上がってますね」
後輩を見たモール氏は、目を丸くして言った。
「お前、両脚がロボットレッグになっているじゃないか。景気のいいことするなあ」
「実は昨日、カジノで大勝したんですよ。それで儲かったんで、奮発して一気に両脚を買っちゃいました」
「ほお、それは凄い。ところで性能はどんなもんなんだ」
興味深気にしていた同僚が訊いた。
「うむむ。とりあえず、車はいらなくなりましたね」
その一言を聞いて、モール氏と同僚は「おー」と驚嘆の声をあげた。
「やあ、君たち。何か面白そうな話をしているね」
部長がやってきた。しかし、その姿には更に驚嘆の声を出さずにはいられなかった。
思わずモール氏が叫ぶ。
「部長、どうなってるんですか! 思わず目が点になってしまいました」
同僚も叫ぶ。
「これは凄い。さすがは部長! さぞ高かったことでしょう」
「ああ、それがそうでもないんだ。せいぜい高級車二台ぶんだよ」
「しかし凄いですなあ。胴体だけがロボットで、他は生身だなんて……。昔の人が見たら、さぞ気味悪がったでしょうなあ」
「ところで、胴体はどこに保存してあるんですか? 冷凍庫には入らないでしょう」
後輩が訊いた。部長はよく訊いてくれたと言わんばかりの表情を浮かべてこう言った。
「胴体はだね、専用の冷凍ケースに入れて保存してあるんだ。これがまた便利でね、解凍も素早くやってくれる。自然解凍だと、いざという時に凍ったまま付けることになってしまいかねないからね」
一同は、部長の言う、いざという時というのがいまいちよくわからなかったが、とにかく凄そうな冷凍ケースなので称賛だけしておいた。
すると、そこにもう一人の男がやってきた。首から吊るされているIDカードには、社長の顔写真と名前が記されていた。
その場にいた全員が立ち上がり、「おはようございます」と頭を下げる。しかし、社長は別の意味で注目の的になっていた。
部長が社長に話しかける。
「これはこれは社長、今日はどのようなご用で我が部署へ……」
「ウム。ワタシガ、シャチョウダ」
電子音が響いた。なんと、社長は頭を置換していたのだ。
その場にいた者たちは、誰もが不思議に思う。一人暮らしの社長が頭を置換した後、生身の頭部はどこに保存したのだろうか。この人工頭脳はきちんと処理したのだろうか。もしかしたら今頃、放置されて壊死してるかもしれない、と。
それから数ヵ月後、モール氏はとんでもない発見をしてしまった。
海外のオークションサイトを見ていたところ、なんと、冷凍保存された社長の生首が高値で出品されていたのだ。
「おい。あの似非社長、とんでもない奴だぞ」
モール氏の発言に、同僚は耳を貸す。
「どうしたんだ、そんなに恐い顔をして」
「あいつ、社長の生首をオークションにかけてやがった。とんでもない野郎だ」
「今さら何を言っているんだ。君もそうしたんじゃないのか」
「何を言う。俺はきちんと保管してあるぞ」
「律儀なやつだな。売り飛ばせば結構いい暮らしができるというのに。ここの奴らは全員そうしてる。今や、効率重視の社会だ。何もかもがデジタル化された方が、うまく事が進む。現に、この短期間での我が社は、目を見張るほどの成長を遂げているじゃないか。三桁のかけ算もできないような頭脳は、売り飛ばす時代へとシフトしつつあるのさ……」
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