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明日はまだ見ぬ空模様  作者: 東陸士
一章 『渚の街』
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第九話 『青い眼の男』

(かなめ)はオーセオン市の街中に出向くことにした。懐に波残寿(なごじゅ)の貨幣がいくらかあったからだ。

アリシアはメルバーユから話があるというので、彼は一人で出た。


枢は町並みを眺めながら歩いた。

街路は石畳でならされて平坦で、歩き易いものだった。

家屋も石造りや煉瓦造りのものが多く、木を基調とした波残寿の屋敷を思うと、枢の眼には新鮮に映った。

男たちは上衣(チュニック)脚衣(ホーズ)を、女たちは基衣(コット)の上に上着(シュールコー)を身に纏っており、表情は明るかった。

時折吹く、湿気を帯びた生温い風に春雷の気配を予感した枢は、早々に用を済ませることにした。

海水を吸った服を着続けるのも気分が悪かったので、彼はまず、替えの衣服を手に入れるべく古着屋を探した。


枢はあまり考えずに、最初に目に入った店に足を運んだ。

「失礼。これに似たものはないか」

枢は自らの服を示して店の者に尋ねた。

「あら、いらっしゃいませ。変わった服を召されていますね。こういうのは……うーん、ちょっとうちには。でも、採寸させて貰えれば、お作りすることはできますよ」

番をしていたのは、柔和そうな婦人だった。

「ううむ…時間はどれくらいかかりそうか」

「一週間もあれば。お急ぎですか?」

「いや、それなら着ているものを洗った方が早いのでな。……では、当座の凌ぎとして、ここにあるもので一式買って行きたい。これで足りるだろうか」

そう言って、枢は波残寿の銀貨数枚を彼女に提示した。

「見ない銀貨ですね……ええっと、少々お待ちください」

そう言って、夫人は一度奥に引っ込んだ。

枢が首を長くして待っていると、じきに中年の男が奥から出て来た。どうやら夫人の夫のようだ。

「あんたか、見ない服に見ない銀貨でウチのヤツを困らせているのは。一体どういうつもりだ」

「困らせるつもりはなかったのだが……確かに、考えが足りなかった。申し訳ない」

枢はそう言って頭を下げた。男はまだ憤慨収まらぬようだったが、じきにそっぽを向いてまた奥の方へ戻って行った。

「すまないが、それで……支払いの方は?」

「ごめんなさいね、うちの人はつっけんどんで。この銀貨なら、9枚でいいってことでしたわ」

「中々の値段だな……」

「『それが嫌なら、よそを当たるんだな』だそうです。あの人を怒らせるのも怖いので、どうぞよしなに」

枢は仕方なく、もう四枚追加で銀貨を渡した。

「良い勉強になった。有り難う」

枢はやや気落ちしつつ挨拶を述べた。

「こちらこそ、ありがとうございました」

夫人はそう言って、にっこりと笑った。


枢が店を出た先には、一人の若い男が立っていた。

「君、よくあんな値段で買う気になったな。よほどの御曹司か、さもなければ世間知らずだぜ」

男は枢よりも少し背が低く、氷色の目をしていた。肌は日に焼けているが、本来は中々に白いらしいことが窺えた。軽装だが帯剣しているところを見るに、枢と生業を同じくするものと見受けられた。

「喧嘩を買う気はない。他所へ行ってくれ」

「いやいや、見上げた慈善行為だと思ってね。その服は今度の舞踏会のための仮装かな?ラン国のものに似ているな」

「何を……」

「おっと、口答えはいらない。オレに同行して貰おうか」

男の強権ぶりに思わず気圧された枢だったが、さしもの久峨岑の次期頭首、ここで尻尾を巻くほど(やわ)ではない。

先刻買ったばかりの、荷物でしかなくなった衣服を地に置き、枢は拳を構えた。それを見た男は、浅く片頬を吊り上げた。

「やる気になってくれたか。そうでなくては面白くない」

抜剣する男。細身で両刃(もろは)(つるぎ)だった。

睨み合う両人。しかし、素手である枢の方が防御と間合いで遅れを取ることは否めない。

武器の破壊を試みようにも、面の小さい相手の剣の前では、拳で白刃取りを決めて“(ハツ)”を叩き込むという離れ技が要される。

故に──枢はもう一つの手に出ることにした。

相手がじりじりと距離を詰めて来るのを尻目に、彼は懐に手を忍ばせた。

「罪人は大人しく縛に付けッ!」

剣を水平に構え、一気呵成に畳み掛けようとする男。それを眼前にして、枢は怯まなかった。

何故なら──その手には。

「“巨鬼の双牙(グレミニオー)”!!」

瞬間、空が割れた。垂れ込める暗雲から、魔なる(らい)が落ちたのだ。

男の剣は、(つか)を残して粉々に砕け散っていた。

「馬鹿な……聖女の清めを受けた剣を打ち砕くだと!?その短刀、もしや」

「御託は良い。それより、人を罪人呼ばわりするとはどういうことだ」

「分かった、オレの負けだ。話そう」

男はそう言って、潔く腹を割った。


男はカイナ・レイフィールドと名乗り、自らをレングーン王直属の親衛隊長だと言った。

「最近、海を隔てた隣国のランからの密航者が相次いでいてね。

街もそのせいで治安が悪化していて、君もその一派じゃないか、と勘違いしたというのが経緯(けいい)だ。すまなかった」

カイナは素直に非礼を詫びた。

「しかし、良いものを見た。“遺物(レリック)”が行使される瞬間など、中々お目に掛かれるものではないからな」

枢はその言葉を聞いて、しかし溜め息を()いた。

「矢張り“遺物”だと言うことは知れてしまったか……何とか、内密にしては貰えないか」

「それは無理な相談だ。いち市井の者が持っていては、何をしでかすか分かったものではないからな。王宮に報告はさせて貰う」

「それでどうなる」

「さて……宮内での権力闘争の道具にされるか、王族の玩具にされるか」

「そなたはそれで良いのか」

「何が言いたい」

「この剣に、もっと有意な働きをさせてやろうとは思わないのか、と言っている」

「剣に意志があるかのような言い草だな」

「こと“遺物”に於いては、な。軽々に扱って良い代物ではないのだ、これは」

「それについては同じ意見だ。だからこそ、王宮で腐らせておくくらいで調度良い。“遺物”の雨霰(あめあられ)が飛び交う戦場なぞ、オレはご免だ」

「埒が明かんな。帰らせて貰おう」

「後日、隊の者を受け取りに寄越す。それまでに腹を括っておけ」

結局、二人の話し合いは物別れに終わった。

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