第八話 『救貧院にて (二) 』
翌日の朝。昨日のつかれからか、やや遅くに目を覚ました枢は、衣を纏い部屋の窓を開けて、アリシアの見せたがっていた光景を見ようとした。
窓掛を開けて外の景色を目にした枢は、その雄大さに少しく目を見張った。
生憎と天候は曇天だったが、目前を滔々とたゆたう河の、いつ果てるとも知れない鈍色の流れは、波残寿で見た内には無いものだった。
枢は一しきり眺めると、部屋を出てメルバーユの元へ向かった。
昨日アリシアがしたように扉をノックして待つと、メルバーユその人が、扉を開けてのっと現れた。
「ようやく目覚められましたか。よく眠られているようだったので、アリシアも起こさなかったと言っていました。ははは」
メルバーユは嫌味のない笑い方をした。
「失礼しました、大分草臥れていたようです。アリシアはどこに?」
「隣の自室でしょう。自学自習と言えば聞こえは良いですが、また幽世のお伽話でも読んでいるのでは」
枢はメルバーユに一礼して、アリシアの元に向かった。
「アリシア、いるか」
枢がそう言って入った部屋には、少女の姿は無かった。
代わりに目に付いたのは枢とアリシアが持つ“グレミニオー”という双短剣によく似た造りの、陳列された武具装具の数々だった。その色こそ違えど、どこかに宝石が嵌め込まれている。
「これは……!」
要は今度こそ驚いた。それらは全て、本物の“遺物”のように思われたからだ。
「あっ、かなめ様……だめですよ、勝手に部屋を荒らしちゃ」
枢の背後からそう声をかけたのは、他ならぬアリシアだった。
「いや、荒らしては……しかし、凄まじい蒐集品だな」
「と思うじゃないですか。実はこれ、全部模造品なんですよ」
何、と枢は少しく目を見張った。言われてみれば、“遺物”特有の、多量の辰気が放つ清々しい波動を感じない。
「ふむ、確かに……しかし、何の為にこんなものを?」
「うーん……?ああ、メルバーユ様に見つかったら怒られちゃう。ささ、早く出ましょ」
そう言って少女は、びくともしない枢の袖をぐいぐい引っ張った。
「分かった分かった」
けれど、枢は部屋を出る最後まで、模造品の“遺物”を気にして止まなかった。