第六話 『在りしながらに』
ある国の遺跡にて、異変が起きつつあった。
遺跡はとある街の、廃墟となった旧市街の海浜に位置していた。
それは岩礁を基底として石畳の広がる、側辺に太い石柱な列を備えた古めかしい様式のもので、歳月の試練に人の手を借りつつもうち勝ってきたらしいことが窺える。
海に面した辺の中央には祭壇が据えられているが、そこに収穫物や野の獣の肉といった供物はない。
代わりに、龍と思しき彫刻が施された銅鏡が置かれている。
それは遺跡と同じ様式の、そこにあることが如何にも相応しいと思われるものだった。
その鏡が一度きらりと瞬いたかと思うと、遺跡の内側にひたひたと打ち寄せている海面に向けて、淡い光を放ち始めた。
光は遺跡の中央から外側に向かって広がり、やがてその全面を満たした。
そして強い光を一度放ったかと思うと、今度は中央の一点に向かって収束し始めた。
光は徐々に人の形を象ってゆき、その耀きが消える頃には、一人の男の姿を取っていた。
彼はつい先刻龍に飲まれた男──枢に相違なかった。
けれどその瞼は何かに耐えるように固く閉ざされており、彼が目覚める気配はない。
辺りには人気もなく、彼はそのまま波に攫われて、海に沈んでしまうかに思われた。
しかし、ここに一人の少女が現れる。
彼女は近くの救貧院で暮らしている孤児で、不可思議な光に誘われてやって来たのだ。
枢を見つけた少女は、傍らに近付こうとした。
すると、少女と枢の懐に暖かな光が灯り、両者を繫いだ。
驚いた少女は懐を探り、その中から、柄頭に紫の宝石が嵌め込まれた小振りの宝剣を取り出した。
「“グレミニオー”……この人を知っているの?」
少女はこわごわ、剣を男の胸元へ近付ける。
その刹那、小さく灯っていただけだった光が大きく膨れ上がり、束の間、辺りを照らしつつ男を包んだ。
そして、光が消えると同時に、男が重く閉ざしていた瞼を持ち上げた。
「……──そなたは……?」
少女は驚いて目を見開いた。その肩から、陰りのある金の髪が流れ落ちる。首元に掛かる飾り玉が揺れる。
「私は……私は、アリシア。アリシア・ハスペル……と言います」
所在なげに答える少女。その琥珀色をした真円の瞳が、僅かに伏せられた。
そうか、と呟いて、男は身を起こす。
「某は枢。久峨岑枢だ。此処は──」
波残寿ではないな、とまた一人呟いて、懐から少女の持つまのの対となるらしき宝剣を取り出した。
「これが導いてくれたようだな」
そう言って、枢は少女に向けて強く微笑したみせたのだった。
またしばらく間が空きます。
ご容赦のほどを。