第四話 『やがて月は昇る』
段々やりたい方向に持っていけている気がします。
久峨岑の屋敷を出て、四半時ほど経っただろうか。
塔の入口は鉄の鎖で縛されており、枢は壊すのに難渋した。
さしもの凶悪な血盟式"四津音"の第一、"發"であったが、鎖という面の範囲の捉えづらい代物相手には分が悪かった。
(窓らしきものはあるが…あの高さではまず逃げ出せまい)
入る前に、枢は一度顔を夜空に向けた。
北辰が綺麗に瞬いて見える。
(空に凶兆なし、行くか)
そう己に言い聞かせ、枢は内開きの重い鉄扉を押し開いた。
中は簡素なものだった。石造りの床の先に、鉄の螺旋階段が続いている。
(やはり牢なのか…?しかし、それならば久瀬の頭首は何処に)
考えつつ、枢は階段を足早に登る。
二分ばかり掛けて登り終えた先には、また先と同じような鉄の扉が。
(一体この奥に何が…)
枢は固唾を飲んで、扉を二度押し開いた。
「──誰…?」
そこには、冷たそうな床の上で所在なげに髪を弄ぶ、白皙の少女がいた。
簡素な貫頭衣を纏っており、腰の辺りを紫の紐で縛っている。
腰まで無造作に伸びた、軽く波打つ髪は、艷やかな金。
闖入した枢に驚き、浅く見開かれた目を縁取る、薄色をした長い睫毛。
そして、興味深そうにこちらを窺う真円の瞳は、月光の白。
「誰でもいいか…ここからは逃げられないし」
その興味も、一瞬で死んだようだった。
「そなたは…?」
「私はクゼ。瀲界──現世にある渚の国、レングーンから、昔々にこの島に流れ着いた、客人様ってところかな」
「クゼ…では、そなたが久瀬の頭首…?」
そう言いつつも、枢は頭のどこかで"それは違う"と分かっていた。
「頭首…っていうのは分からないけれど、私は只の、囚われのお姫様。貴方が王子様だったらいいのにな」
彼女は悲しそうに微笑んだ。
「王子様…というのは分からないが、そんな顔で笑うな。月が翳るようで心細い」
「あら」
クゼと名乗った女は、今度はおもしろそうにくすりと笑った。
「貴方、そんな繊細な手合いなの?下で随分な乱暴をしていたようだけれど──ま、私に会いに来たってことなら、聞き逃してあげる」
枢は眉根を寄せた。どうにもやりにくい相手だ。
「どうするのだ。逃げたいというのなら手を貸さないでもないが、この島では逃げ場がないぞ」
「だぁから。現世に連れて行ってよ──ね?私の無骨な王子様」
そう言って、クゼは枢の手を軽い所作で取った。
次話までしばらく間が空きます。ゴメンナサイ。