第三十一話 『本の謎 (二)』
ノグルズは勿体ぶった仕草で、裏返しに伏せた本の上に掌を翳し、小声で何事か呟いた。
すると、本の背表紙に刻まれた金文字のいくつかが、淡い耀きを放ち始めた。
「O……t……t……o……オットー?」
アリシアが読み上げ、首を傾げた。
「誰かの名前でしょうか」
枢も訝しげだ。
「いや、これは……古語の『財産』という意味を取るべきかと思いますな」
メルバーユが訳知り顔でそう訂正した。
「財産……王宮の宝物庫あたりに関係があるのか……?」
マティアスが思案げに呟く。
「宝物庫!それじゃないですか、マティアス様。かなめ様が取り返したっていう”遺物”と、きっと関係が……もごもご」
アリシアの言葉を、マティアスが口に手を当てて制した。
聞き耳を立てていたノグルズはちらと目を光らせたが、何も言わなかった。
「しかし、これは図書館にあった本ではないのに、何故文字に反応が……?」
枢が尤もな疑問を口にした。
「そこはそれ、わしの手際ですよ。で、お代は弾んで貰えるんでしょうね」
ノグルズが下卑た笑みを浮かべた。
「良いだろう、後で”明日見の宮”まで来い。褒賞は用意しておく」
マティアスがそう言うと、彼は嫌そうな顔をした。
「わしみたいなびっこ引きの老いぼれに、遠出しろと言うんですかい」
「同じ城下の内だろう、しっかりしろ」
マティアスが叱咤すると、ノグルズがわざとらしく溜め息を吐いた。
彼が不承不承マティアスの提案に了承して、その場はお開きとなった。
「アリシア。知恵が回るのは良いことだが、己の考えを軽々に開陳するのは感心しないな」
引き返す道すがら、マティアスがそう忠告した。
「は、はい。すみません、マティアス様……」
少女は小さくなって項垂れた。
「いや、私も迂闊でしたな。あのノグルズという男、今頃誰に我らの情報を売っているか知れない」
メルバーユが渋い顔で口を挟んだ。
「元を正せば、お前の古語についての衒学が原因でもある。反省しておけ」
マティアスがぞんざいに言った。
自身も一枚嚙んでいるのだからそれはないだろう、と枢は内心苦笑した。
「しかし、大魔女が置いて行ったあの”遺物”が……やはり、敵は一枚岩ではないのか」
枢が誰に言うともなく口にした。
「確かにそうですな。”月輪の円卓”と”緑陰の声”は結託しているかも知れないが、利害を完全に一とする訳ではなさそうです」
メルバーユが受ける。
「クガミネ殿が奪還された中で目ぼしいものは、”風鳴りの籠手”と”浮き雲の具足”だったか。早速王宮に掛け合い、調査できるよう手筈を整えよう」
マティアスがそう締め括り、面々は”明日見の宮”への帰路を急いだ。