第十九話 『囁きの森 (三) 』
大魔女と巡り合った空き地の小屋には、驚くことに“遺物”と思われる何点かの装具が、無造作に転がっていた。
(本拠地というよりは、飽くまで仮の駐屯地……それも、恐らく先日の襲撃のためだけの。いやはや、敵の気宇の何と遠大なことか)
小屋を物色して、枢はそう結論づけた。何か手掛かりがないかとも期待したが、生憎となしの礫だった。
アリシアの首飾りはと言えば、大魔女が消えてからはぴくりともしなかった。
また同じようなことがあっても見逃さないよう、枢はそれを自らの首に掛けると、回収した“遺物”数点を背嚢の隙間に丁寧に詰め、入り切らない分は隅に置いて布を被せ、野営の準備をし始めた。もう大分遅くなっていた。
広場の中央の泉で水を頂戴し、枢は喉を潤した。食事は今日も黒パンとベーコンだ。
腹を満たすとじきに眠気に襲われたので、彼は寝床に潜った。
翌日、来た道を戻った。
分岐路の所まで戻り、左の道に踏み入る。
よくよく見ると、轍の跡はそちらだけに続いており、もしこのことに、首飾りを取り出す前に気付いていたら、少なくとも“遺物”の奪還は叶っていないはずだった。
(運が良いのか悪いのか……禍福は糾える縄の如し、というやつか)
枢は今度こそ、森を抜ける方の道を選び進んで行く。
森に入る前に覚えた予感めいた感覚は、いつの間にか消えていた。
恐らく、あの大魔女との出会いを予期していたのだろう──今の枢は、そんな気がしている。
(シュリエ……シュリエ・モートゥネイと言ったか。いずれ、越えねばならない相手だ。──己に、できるのか?)
あの時の一部の隙もない立ち居振る舞いを思い出して、枢は身震いした。大魔女は数百年の時を生きている──そういう巷説もあったが、俄かにそれが現実見を帯びてきた。そうでなければ、あの領域に到達できるとは考えづらい──否、考えたくなかった。
しばらく道なりに進んでいると、じきに緑の天幕が薄れてきた。森を出るのもそう遠くはないらしい。
王都で待つレイフィールドと、宝物庫からの“遺物”奪取に関する審問のことを考えると気が重くなったが、“囁きの森”の小屋で見つけた、先日盗まれたものと思しき“遺物”群を提示することで、何とか罰を軽くしたいところだった。
遂に頭上から太陽が照り出し始めた。間もなく森を抜ける。と──
「君が、クガミネくんかな」
出口近くで、胴鎧を身に纏い長槍を携えた、枢よりはやや年輩の男が待っていた。栗色の髪をしている。
「この“囁きの森”を抜けて来るとは、考えなしもいいところだ。ここは巨狼“夜天吼”をも擁する、天然の要害なんだぞ。己の腕っ節を頼みにするのも良いが、時には遠回りして危険を避けるのが、旅の知恵というものだ」
説教は止してくれと言う気力もなかったので、枢は一礼して相手に名乗った。
男は名をテオドールと言った。話によると、王都の衛兵の一人で、枢の無事を危ぶんだジュードがレイフィールドに掛け合って、森の鳥羽口に派遣して貰ったのだということだった。
「まあ、無事で何よりだ。ロドレスはもう目と鼻の先。とっとと着いちまおう」
枢はテオドールの後に従って、王都までの僅かな一時を過ごした。
これで9月の更新は終わりになります。
また10月にお会いしましょう!