第十七話 『囁きの森 (二) 』
翌早朝、枢とジュードは宿を引き払って、森の鳥羽口まで早々に辿り着いた。
「人が避けて通るという森だ、道などあるのかと気掛かりだったが……やはりな」
以前道だったろう轍の跡は、野草がそこかしこに繁茂して、ほとんど形跡を留めていなかった。
「これじゃあ、森の中は馬車ではとても……やはり迂回して行きますか?」
ジュードが枢に指示を仰いだ。
「いや、何か……この森には、何かある気がする。某は森の中を通って行く。そなたは迂回して参れ。ロドレスで落ち合おう」
そう言って、枢は見通せない森の奥の方を見やった。
「ええ……!?この森、人の足では一日ではとても踏破できませんよ?獣だっている。一人じゃ危険過ぎます!」
「辰導師を甘く見て貰っては困るな。野の獣の一匹や二匹、返り討ちにできないようでは、身に付けた血盟式が泣く。そして時間の問題だが、某には波残寿古来の歩法“天狗足”がある。木々に阻まれさえしなければ、馬と変わらぬ程度の速度は出せるさ」
「むむむ……どうしても、森の中を行くつもりですか?」
「うむ。何かが、某を呼んでいる気がするのだ」
ジュードはそれを聞いて、はぁ〜っ、と大きく溜め息を吐いた。
「クガミネさん、そうと決めたらてこでも動かなそうだからなあ……分かりました、オレは馬車で先に行ってますから、絶対に王都で会いましょう。ね?」
「ああ。お互い無傷で合流しよう」
二人は硬く握手し、無事を誓い合って別れた。
仄暗い森の、まだ明るい轍の名残りを辿って、枢は森の奥へと急ぎ歩を進める。太陽はじきに、木々の枝葉に隠れて見えなくなった。
森は鬱蒼として深く、辰気息吹く地であることが察せられた。
四刻ばかり飛ばしただろうか。
道の先に、分岐路の形跡らしきものが見えて来た。
(分かれ道……?どちらも同じく森の更に奥へと伸びているようだが……さて)
枢は一度足を止め、判断の材料になるものを探し出すことにした。
一刻ほど、辺りを歩きあぐねただろうか。めぼしい成果は上がらず、枢はどうしたものかと思案を始めた。
(……。……厶?)
枢は懐に違和感を覚えたので探ってみると、救貧院を発つ際にアリシアから渡された、緋金の首飾りが転がり出た。
違和感の正体を知ろうと、首飾りを拾って掲げてみると、ひびの入った緋金の部分が宙に漂い、分岐路の右の道を指していた。
(これは……行くしかあるまい。アリシアが道を示してくれたようなものだ)
枢は腹を括ると、慎重に道に分け入った。