第十六話 『囁きの森 (一) 』
途中の街々で適宜休息を挟みつつ、枢の乗る馬車は王都まで後一息という所まで来た。
午後、やや遅くなってからのことだ。
「クガミネさん。これ、食べてください」
馭者を務める青年──名をジュードと言った──が、昼食代わりの黒パンとベーコンを差し出して来た。
今停車しているのはシュールーズという大きな街で、この先に広がる“囁きの森”という地を迂回するかどうかについて、相談がてらの昼食を取ろうということになったのだ。
「なるべく急ぎたい。抜けていく場合の危険とはどのようなものか」
食事の合間に、枢はジュードに話しかけた。
「これと言った危険はない……はずなんですが、皆ここは不吉な地だと言って、避けて通るんですよ」
「ふむ。どのような謂われがある」
「何でも、木々の葉がこすれ合う音が、呪いを囁く声に聞こえるとか」
「成る程、それで“囁きの森”か」
枢は一概に迷信だと断ずる気にもなれず、暫く思案に暮れていたが、
「噂の原因が分かれば、ひとつこの地に貢献できたことになる。さすれば、宝物庫襲撃の件の追及の手も、少しは弱まるかも知れん。ここは通り抜けて行こうと思うが──そなたはどう思う、ジュード殿」
「えっ、オレですか?そうですね……正直、危険は避けて回りたいですが、クガミネさん、強いんでしょう?それなら安心かなあ」
ジュードの呑気な返事に、枢の緊張もいくらか解れた。
「森はどのくらいの広さだ。今からでは、日が暮れるまでには抜けられまい」
「ですね。今日はこの街に泊まりましょう!」
久し振りに床で休めるということで、ジュードの声は弾んでいた。
その日の夜。宿の床で眠れずにいた枢は、空気を吸おうと、一旦外に出た。
街は静かなものだった。夜警が見回りに、ランタンを灯して歩き飽かしている姿が見える。
空を見上げる。
夜天には、いつか波残寿で見た時と同じ、北辰が耀いていた。
(何か胸さわぎがする……道行きを急がねば)
オーセオンで待つアリシアたち、幽世に置いて来たままの両親、そして久し振りに、計らずも自らをこの地に送り届けたクゼなどに思いを馳せながら、枢は浅い眠りに就いた。