第十五話 『王都へ』
翌日の朝。すっかり塩っ気の取れた着流しと羽織を身に纏い、枢は出立の準備を済ませた。
「皆、暫しの別れだ。達者で過ごしてくれ」
枢はしかし、今更のようにアリシアの姿がないことに気付いた。
「あの子のことです。少し待たれよ」
メルバーユが引き止めた。
二、三分経った頃。アリシアが救貧院の表門から大急ぎで飛び出して来た。
「かなめ様〜〜!!」
その手には、以前彼女が首に掛けていた緋金の首飾りが。
「これ……何の役にも立たないかも知れませんが、持っていってください。私だと思って」
少女は真剣な眼差しで枢を見据えた。
「……ああ。十全の身で帰ることを誓おう」
(あの娘、結構やるじゃん。もっと弱っちい性格かと思ってた)
結局最後まで同席したアイダが、腐れ縁のシダルに囁いた。
(まこと。恋する乙女は強し、ですな)
それはきっと、まだ少女自身が自覚していない感情だった。
“巡賛会”の手の者が御する二頭立ての四輪馬車──メルバーユが手配したものだ──に乗り込んだ枢は、客車から身を乗り出して、道の角に消えて見えなくなるまで、救貧院の面々に手を振り続けた。
その日の空は、夏を先取りするかの如く、爽やかな青色に澄み渡っていた。
風向きは、遠くロドレスを指し。
枢の前途には、まだ見ぬ世界が洋と広がっていた。