第十三話 『哨戒の陰で』
暇に飽かせて書き殴っていますが、ここ数日だけに許された時間なので、先々のことはあまり期待しないでください。
レイフィールドとの契約によって、親衛隊員が常駐することとなった救貧院だったが、一向に動きのない状況に、次第に面々の士気は萎み始めていた。
「ちょーっとぉ、お兄さん。あんたも居候なんだったら、掃除くらい手伝いなさいよー」
ぶつくさ言いつつも真面目にこの応接室の掃除をこなしているのは、シダルという古参兵にアイダと呼ばれていた、まだうら若いと言って差し支えない年頃の、赤髪の女隊員だった。
「厶……すまない、気が回っていなかったか。今後気をつける」
「分かってくれるなら良いのさ。お互い、気持ち良く過ごせるようにしようぜ〜」
年が近いだろうこともあり、枢はこの気持ちの良い女隊員に好感を持っていた。
「そなた、確か……アイダと言ったか。何故親衛隊に入ったのだ。他に仕事は幾らでもあるだろうに」
「ん〜?あたしはちょっと別口でね。“巡賛会”から派遣されてんのサ。だから、国内の揉め事には首を突っ込むけれど、国と国とが睨み合う舞台では不干渉……って訳。シダルのおっさんなんかと比べて気楽なのは、そのせいかな」
「成る程…時に、“巡賛会”とはどういった組織なのか、教えて貰えないか」
「あれ、ご存知ない?そっか、お兄さんこの国の人じゃなさそうだもんね、いいよー」
それから、アイダがかいつまんで話してくれた内容は、次のようなものだった。
“巡賛会”とは、レングーン、ラウダニア、そして北の大国アウグラウクなどが位置するこのバルハルト大陸にて辰術の教導・実践・研鑽・監督を司る組織で、人口にもそれなりに膾炙しており、治癒の術式による医療現場の支援、そしてアイダのように軍に派遣されその監視と援助を担うことで、世の均衡を保つ役割を果たすなど、この大陸では欠かせない存在となっている、ということ。
「シダルのおっさんがあたしのことを『英雄気取り』って言ったのはそういう訳。大義だけで世の中は回ってるんじゃないって、頭じゃ分かってるんだけどね〜」
「成る程……大変明解な説明を有り難う」
「あれ、じゃあ、“月輪の円卓”の事なんかもご存じない?」
「いや、それは知っている。由埜英にも、その悪名は響いているからな」
「そっか。それなら、大魔女が月の御子を狙う理由なんかも……」
「いや、そういう細かい話までは入って来ないのだ。昊天儀と空代記だけでは、矢張り限界があるな」
「ややこしいな……また時間がある時に教えてあげるよ。そろそろ見張りにつかないとだ」
そう言うとアイダは、軽い身のこなしで応接室を後にした。
手持ち無沙汰になった枢は、メルバーユの書斎に向かうことにした。
扉を叩いて中に入ると、そこにはアリシアが本を物色する体で枢を待ち受けていた。
「あ、かなめ様。ちょうど良かった。レイフィールドさんからお手紙が届いています」
「奴からか。何事だろう」
枢は急ぎ封を開いた。メルバーユは生憎と、市井の医院に派遣されている治癒術士の勤務状況の視察をするため、留守にしているのだった。
「何ですって?」
「これは……大事だぞ」
枢が真剣な面持ちで呟く。
そこには、レングーンの王都ロドレスの宮殿が“月輪の円卓”の襲撃に遭い、“遺物”の幾ばくかが宝物庫から盗み出されたことと、その責を問うため、枢を王都に召喚する旨が、刺々しい筆致で書かれていた。