第十二話 『夕景、どこか懐かしい笑顔』
結局、レイフィールドは、伝令役と護衛役の2名を親衛隊から派遣し、救貧院に常駐させること、及び事態が一先ずの収束を見るまでの間のみ、枢が所持していた“遺物”を防衛に用いる旨を許可することを契約して帰って行った。
じきに宵が訪れるかという頃合いだった。
三人が去ってゆくのを眺めていた枢とアリシアは、傍らで同じようにしていたメルバーユが、どこかもの寂しげな表情をしているのを見てしまった。
「……どうかされましたか、メルバーユ殿」
枢は彼を元気づけるように、強かに微笑んだ。
「うむ……レイフィールドの奴、随分変わったものだとしみじみ感じてな。何だか隔世の感を覚えてしまったのだ」
夕映えが、メルバーユの彫り込まれた顔の線を象徴的に浮かび上がらせている。
過ぎて来た年月が、彼を彫像に変えてしまったかのようだ。
「それは……」
「あ奴、何か遠いものを追いかけるばかりに、目の前のことを等閑してしまっておるな。それが一概に悪いとは言わんが……あれでは、周囲の者達の心は離れて行くだろうよ」
日輪の最後の残滓が、遠く弧を描いて彼方に暮れて行く。
「……」
枢も、何とは無しに他人事とは思えなかった。
波残寿での日々の何処かに、己に恥ずることはなかったか。
民草に慢ずるところはなかったか。
自らに問うてみたが、幽世での日々は何故だか遠い昔のことのように思われて、朧げな答えしか出て来なかった。
「父上、母上……」
枢がぽつりと零した言葉を、傍らにいた少女が拾い上げた。
その髪も、瞳も、斜陽を受けて亜麻色に淡く耀いている。
「そう言えば、かなめ様もご両親と離れ離れなんですね。……やっぱり、寂しくなる時もありますか?」
その問いは、枢の心を酷く揺り動かした。
「寂しい、か。考えてみたこともなかったが……この気持ちは、そういうものなのかも知れないな」
自らの胸に手を遣る枢。
「かなめ様は私よりずっと大人ですけれど……そういう人だって、家族が恋しくなることはあって良いはずです」
そうして、少女は『しょうがないですね』とでも言うかのように、困ったような笑顔を浮かべた。
「家族……家族か。そうだ、父上、母上と某は家族──なのだな」
枢は、大昔に忘れて来た何かを思い出し。
この少女を決して失うまいと、改めて己に強く誓ったのだった。