第十一話 『レイフィールドたちの思惑』
三日後の昼過ぎ。メルバーユが救貧院にレイフィールド達を招き、応接室で話を取り纏める運びとなった。
「早い再会になったな。『数日中に、隊の者を』とは言ったが、まさかオレ自身が出向くことになるとは……」
「そう言うな。師の頼みは聞くものだぞ」
メルバーユが湯気をくゆらせながら紅茶を持ってきた。
「レイフィールド殿、率直に言う。そなたの力を貸して欲しい」
枢は真剣な眼差しでレイフィールドの双眸を見詰めた。
「何を抜け抜けと。君はまず“遺物”を渡すのが先だろう」
レイフィールドが吐き捨てるように言った。片手に受け取った紅茶が妙に様になっているのが場違いなようで、傍観していたアリシアには何だか滑稽に思われた。
「それなら、ほら。確かに渡したぞ」
枢が軽い所作で“巨鬼の双牙”──その左、“悪なる左方”──を放って寄越したので、カイナは増々不信の念を強めたようだった。
「謀の匂いがするな。それも、メルバーユ師まで巻き込んで……一体何が狙いだ」
それは私から言おう、とメルバーユが割って入った。
「実はこの子──アリシアが、めでたく“月の女神”との経絡を開いてな。ひいては、彼奴ら“月輪の円卓”がこの子の命を狙って襲い来る際に、君たちにも力になって頂きたいのだ」
「“月の女神”の加護、ですか……!?それはまた稀有な……しかし、大魔女とのいさかいは国力を徒に消耗させるだけです。私は反対だ」
しかし、レイフィールドに付いて来た隊員たちは、彼とは違う意見らしかった。
「いいじゃないですか、隊長。ここの所、親衛隊は密航者の処遇なんかで後手に回りっ放しだ。一発大金星を挙げて、下々からの印象を良くしておくのは手ですよ」
「シダル。あたし、お前のそういう損得勘定で動くところが大っ嫌いなんだけど。……でも隊長、あんな健気な子を助けないって、そんなのは嘘ですよ」
「言ったな、アイダ。俺だって、お前の英雄気取りにはうんざりなんだよ」
勝手なことを言っているようで、各々の筋は通した発言のようだった。
「よせ二人共、こんなところで……分かった。部下も乗り気なようだし、ここは一枚噛ませて貰おう」
その物言いに、まだ隠し事をしているのだろうか、と内心げんなりした枢だったが、顔には出さなかった。
「有り難う、レイフィールド殿。ところで、この間だけの話ではあるが──今し方渡した“遺物”を、戦力の内に数えることは許されるだろうか」
「そう来るか。……良いだろう、特例としてオレが許す。まだ宮廷には知らせていないから、な」
そう言って、レイフィールドは小さく笑った。彼としては親しみやすい所を見せたつもりだったが、傍らで一連の話を聞いていたアリシアは却って縮こまってしまっていた。
(かなめ様。あの方、何だか不気味です。捉えどころがないというか……)
少女は小声で近くにいた枢に所感を伝えた。
(某と出会った時もそうだった。話を聞いているように見えて、その実我を通すことしか考えていなさそうな節がある。気を許さないことだ)
枢も小声で返す。
(はい)
アリシアが小さく頷いた時だった。
「おっと、何をナイショ話をしているんだい、お嬢ちゃんたち。良ければ、お兄さんも混ぜてくれないかな」
先ほど赤毛の女の隊員にシダルと呼ばれていた男が、二人の話に割って入った。
瞬間、枢はその警戒心を一気に励起させられたが、少女の方は、
「……?お兄さん……??」
どうにもシダルのことを、年相応の草臥れた中年としか認識していないようだった。
「いや、お嬢ちゃん……そこかあ。手厳しいなあ、くぅー……」
手練れの古兵も、純真な少女の前では赤子同然なのだった。