第1章 『獄門島狂想曲』 59話 「隠密」
まるで地震か噴火でもあったかのように、地面や周囲の木々がビリビリと揺れている。
何事かと思うアートンや看守たち。
暴徒側も驚いているようで、この時に双方の銃撃が一瞬途絶える。
この戦場からは死角になってよく確認できないが、新ジャルダン刑務所方面で爆音がしたのだ。
そして、そこから大量の白い土煙が巻き上がっている。
真っ黒い曇天模様とのコントラストが、不吉な超常現象のような気がするアートン。
「な、なんだ?」
「さっきのは、何か爆弾でも使ったのか?」
看守たちが驚いていて、立ち登る白煙を呆然と眺める。
白煙はモクモクと空一面に広がり、曇り空を白く覆い隠していく。
しかし、そんな時だった……。
「ん?」
アートンが、後方から聞こえてくる轟音に気づいて振り返る。
自分たちめがけて、一台の大型バスが猛スピードで突っ込んでくるのが見えたのだ。
アートンは慌てて茂みに飛び込んで、暴走バスから身をかわすことに成功した。
しかし暴走するバスは、そのまま仲間の看守たちを次々と跳ね飛ばし、さらに後輪で巻き込んでいく。
「う、嘘だろ……」
惨劇を目撃してアートンは絶句する。
仲間として戦った看守たち、自分を息子のように可愛がってくれたニヘイ現場監督までもが、暴走バスの巨体に弾き飛ばされ、踏み潰されて地面を赤く染めていくのだ。
完全に死角からの、予想外の攻撃だった。
暴走バスによる突然の突進を、かろうじて生き延びたアートンは、地面に伏せ呆然としながらも状況を理解しようとする。
暴走バスはそのままの勢いで、さらに看守たちと応戦していた暴徒までも轢き殺して、ゆっくりと徐行しだす。
バスの中から、まだ息のある暴徒を撃ち殺す光景が見えた。
まともに動ける暴徒も看守も、アートン以外いなくなり戦闘は最悪の形で幕を下ろした。
暴走バスから出てきたのは、三人の囚人だった。
その姿を見て、アートンは驚愕する。
殺戮バスから出てきたのは、リカン、ジュルド、メザンの猥談四人衆の三人だったのだ。
なんであいつらが! と思い、アートンは息を潜める。
彼らは、バスから降りるとすぐに落ちていた銃器を拾い、まだ息のある人間たちに、トドメを刺して回るという非道な行為をしていく。
その行為に囚人だとか看守だとかの区別も、微塵の躊躇もなかった。
確実に息の根を止める、という目的にのみ従い動いていた。
その光景を茂みから息を殺して見ていたアートンは、すぐさま自分自身の身の危機も感じて、匍匐前進で物陰に隠れる。
「やったぜっ! 全滅か!」
血塗れの上着を着たリカンが、額に飛び散った返り血を拭う。
「こいつらもヨーベルちゃん狙いだったんだろうな! けっ! 数が多すぎんだよ! 気安くヨーベルちゃんに、会えると思うなよ! 俺たちが彼女のあそこの匂いを、一番身近で長く嗅いでるんだからな!」
ジュルドも、もう動かなくなった死体に、銃を撃って止めを刺しながら叫ぶ。
「まったくです~。先駆けなんて、許すわけないのですよね~」
あの気の弱そうだったメザンまでもが銃を手に、返り血で囚人服を染めながら、看守と暴徒たちの死体を見て大よろこびをしている。
「おまえにしては、なかなかやるじゃないか!」
奴隷と主のようなヒエラルキー関係だったリカンが、メザンを珍しく褒めている。
メザンは、周囲の惨状に若干血の気が引きながらも、うれしそうに汚い照れ笑いをしている。
「よし、看守連中で、まだ生きてるのがいるかもしれないな」
ジュルドが銃をさらに拾いながら、物陰から出ようとすると、バスの運転をしていたストロが彼の袖を引っ張る。
「ひとり、轢きもらしたのがいた。奴は絶対アートンだ! 気をつけろ!」
意外と目ざとく、状況を確認していたストロがそういう。
その言葉を聞き、ジュルドやリカンたちが急いでバスの物陰に隠れる。
「ヒャハハハ! おいっ! アートン! まだ生きてるんだって~! おまえのモテモテイケメン、拝ませてくれよ~!」
ジュルドが、アートンが身をかわしたらしい場所をストロから教えてもらい、そこへ向けて銃を乱射する。
「もし、おまえもヨーベルちゃんで楽しみたいっていうんなら、構わないぜ! これまで苦楽をともにして、働いてきた仲間のよしみだ! 一緒に楽しませてやるぞ!」
リカンが、高笑いをしながら銃撃を茂みに撃ちこむ。
「ただし、一番最後、死体になってるだろうがな!」
仲間に誘うようなことをいいながら、リカンもニヤニヤしながら銃を撃つ。
アートンは地面を這いながら、暴走バスの暴徒の銃撃をかわすことができていた。
さいわいなことに、見つかることなく物陰に潜むことができ、連中が銃撃を加えてる場所は見当違いの場所だった。
暴徒たちが、アートンの居場所を完璧に把握していなかったのと、すぐに身を隠したアートンの判断が賢明だったようだ。
暴走バスを運転して仲間もろとも皆殺しにしてきた連中は、今まで一緒に汗を流してきた仲間の四人組だった。
「まさか、あいつらが……。こ、こんなことをする、ヤツらだったなんて……」
そんなことを口にするが、彼らが日常的に口にしていたローフェ神官への猥談を思いだす。
間違いなく、彼女への性衝動がトリガーになったのは、すぐに想像がついた。
大人しい一面と下ネタ好きの一面でしか、連中を見ていなかったアートンは、彼らの中の激しい性衝動と攻撃性を見逃していたのだ。
リカンたちが一緒にヨーベルを襲うことを誘っているのを、アートンは耳にする。
「くそっ! 舐めやがって! そんなのに、参加などするもんかよ!」
心からの義憤が、アートンの中に湧き上がる。
しかし、暴走バスから身をかわした際に銃をどこかにやってしまい、今の彼は完全に丸腰だった。
なんとか周囲に使える銃がないかを探すが、この辺りには武器になりそうなものは何もなかった。
ここは無理にヒーローを気取らず、やり過ごしたほうが無難だとアートンは判断した。
リカンたちが、教会のローフェ神官を狙っていたとして、どうやって教会まで行くというのか。
バリケード周辺で待機した時に、看守たちから聞かされたのだが、今朝は何故か港にニカ研の相当な重要人物が来るらしく、百人もの看守がそこに待機しているらしかった。
しかも、教会の前にはエニルたちが守る詰所もあった。
たった四人しかいない、あのバカ野郎どもの悪巧みが成功するとは思えなかった。
すると、バスに乗り込んだリカンたちが再びこちらに向かってくる。
アートンは物陰に隠れ、バスの挙動をうかがう。
ゆっくりと徐行するバスは、アートンを探しているかのようだった。
しかし、すぐにアートンの捜索を中断したのか、そのまま一気に工事現場を突っ切ろうと猛スピードを出していく。
「な、なんだ? どういうつもりだ?」
アートンは呆気に取られ、バスの行き先を確認する。
ヤツらの思考がまるで理解できないのは、自分がまだこの状況に混乱しているせいなのかと錯覚する。
リカンたちを乗せたバスは、工事が済んだ先を越え、そのまま未開の森の中に突っ込んでいったのだ。
それを確認して、アートンはようやく隠れていた場所から出てくる。
ガンガンと木々をなぎ倒す音をさせながら、消えていくバスを眺めつつ、呆れたようにつぶやくアートン。
「ヤツら、こ、この森を、突っ切るつもりなのか……。そ、そこまでバカだったとはな」
森は危険な竪穴が多く、木々も生い茂っていて、空を覆わんばかりの大木の存在も多い。
あんな巨大なバスで直進したとしても、足止めを食らうのは確実に思えたのだ。
竪穴に落下する、大木で立ち往生、広大な森の中で迷子。
どれも最悪の結末しか、考えられないのだ。
アートンはもう、ローフェ神官を狙うリカンたちのことは放っておいて、今の状況を正確に確認しようと決意する。
現場では、生きているのはもう自分しかいなかった。
ともに働いてきた看守たちの死体を見て、悲しさに包まれるアートン。
あれだけ自分を大事にしてくれた、ニヘイ現場監督の遺体が恨めしそうに黒い空をにらんでいた。
その目を閉じてやると、アートンは周囲の遺体たちに黙祷を捧げる。
「そういえば例の車列だが、あれはやっぱり味方なんだろうな? さっき聞こえてきた、あの轟音も気になるし……。だとしたら、大人しく合流しておくのがいいかもしれないな」
アートンはそう結論づけ、近くにあったフォークリフトに乗る。
それを運転して、地面に転がる死体を巧みに避けながら、刑務所方面へ進む。




