第1章 『獄門島狂想曲』 58話 「野獣暴走」 前編
そしてそれは、突然のことだった!
「ヨーベルちゃ~ん!」
その言葉とともに、いつもは寡黙なストロが石を手に、突然看守に襲いかかった。
看守は、突然豹変したストロの石での一撃を頭に食らう。
崩れ落ちる看守。
しかし、最後の力を振り絞り、看守は倒れぎわに銃を撃つ。
その最後の銃撃はストロには当たらず、大人しくしていた他の囚人の頭に当ってしまう。
六人組のホモの中のひとりが、頭頂部を吹き飛ばされ仰向けに倒れて絶命する。
ストロは倒れた看守の頭に、奇声を上げながら血で真っ赤になった石で、さらに追撃して一気に絶命させる。
倒れた囚人と惨殺された看守を見て、他の囚人がその場から蜘蛛の子を散らすように逃走しだす。
ストロはある日突然、道行く人を突発的に殺害した通り魔犯罪者だった。
捕まった際に、余罪がありそうで慎重に捜査されたが、結局立件できずに通り魔殺人の罪状ひとつで島に流されてきた人物だった。
囚人仲間内では、普段は寡黙で大人しいが、キレると危険と噂されている人物だった。
刑務所内で、それほど大きな問題を起こしたことはないが、真偽が定かではない犯罪自慢をやりだしたり、興奮し過ぎて医務室に運ばれるということが度々あったのだ。
ここまで説明されれば、彼が超危険人物で模範囚になれる見込みなど、皆無なはずである。
しかし、刑務所側の受刑者チェックが、彼の寡黙な面と真面目に作業をするところしか、確認していなかったのだろう。
その怠慢なチェック体制が、最悪の自体を招いたともいえる。
きちんと彼の素性をチェックして隔離しておけば、刑務作業などさせられず、ローフェ神官のことを知ることもなかったはずだった。
「ヨーベルちゃんだ! 早く全身を舐めさせろ! ヨーベル! ヨーベル!」
血にまみれた顔のストロが発狂しながら、今まで見せたことのない表情で、リカンたちに振り返る。
多くの更生間際だった囚人たちの人生を狂わせた「ヨーベル・ローフェ」という、「魔性の女」と形容される女性神官の存在。
説法会という名目の、アイドルのライブ会場のような催し。
これらの案件は後日、複合的な要素が重なって発生した「ジャルダン刑務所暴動事件」の遠因のひとつとして、語られることになるのだった……。
「おおおおっ! ストロぉ! おまえは、やっぱデキるヤツだと思ってたぜ!」
リカンがよろこび、興奮しているストロをなだめている。
「ヨーベル……」と、落ち着きを取り戻したようなストロが、優しくつぶやく。
「ああ! ヨーベルだな!」リカンも、それに力強く答える。
「よっしゃぁ! もう、悩む必要もない! ここまで来たら、ヨーベルちゃんをやるまでだぜ! 先っぽが濡れちまって、辛抱たまらん!」
ジュルドが、殺された看守から銃を奪う。
「ま、待ってください!」
そこへ、メザンが声をかける。
「なんだてめぇ! 乗らないってのか!」
怒りの表情のジュルドが、銃をメザンに向ける。
「い、いえ、違いますって! ほら、今連中、向こうで手一杯でしょ? こ、ここはもう少し状況を見て、そ、それから行動したほうが、いいと思いませんか?」
メザンの言葉に、冷静さを取り戻すジュルドやリカン。
「なんだ? ヨーベルはどうするんだ? ドエロの女神が逃げちまうぞ!」
返り血を浴びて、真っ赤な顔のストロが興奮気味にいう。
「おまえは、ちと黙ってろ!」
リカンが興奮状態のストロを黙らせ、重機の影から銃撃戦の様子をうかがう。
向こうで応戦している看守たちは、まだこちらの異変に気づいていないようだった。
ストロの凶行後逃げた囚人たちも、ご丁寧に看守たちにチクリに行くヤツもいなかったようで、各々が現場から遠く離れていったようだ。
メザンは、ストロが殺した看守を重機の隅に隠し、同じく様子をうかがう。
「み、見てください……。こ、このままいけば、暴徒側は全滅ですよ。戦況は圧倒的に、看守たちのがリードしています。ここで下手に動いても、こっちは銃一丁ですよ……。とてもじゃないけど、勝てませんよ」
メザンが看守から奪った銃を指差し、冷静に戦況を分析している。
さっきまで圧されていた看守たちだが、闇雲に突っ込んでくるだけの暴徒は、確実に射殺されていってるのだ。
看守側の銃の腕も確かだったし、助っ人として参戦しているアートンが、やけに銃撃戦で成果を上げているのだ。
さすがに暴徒側も臆しだし、バスの影や茂みから出てこなくなり、威嚇射撃をするようになってきていた。
戦況は拮抗しだしたかのようで、そうなれば戦闘訓練を受けている看守側のほうが有利に決っている。
勝敗は、遠からず決することになりそうだった。
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ……。俺たちゃ、ヨーベルちゃんを拝めないまま、暴徒の一員として捕まるのかよ!」
リカンが、メザンに怒鳴るように訊く。
「ちょ、ちょっと待って下さい……」
メザンは考え込むと、視界に大型バスを見つける。
刑務所から工事現場への移動に、毎日使っている慣れ親しんだ大型バスだ。




