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第1章 『獄門島狂想曲』 47話 「ジャルダンへの訪問者」 其の三

 すると、後方から今度は男性の声がする。

「おや、バックマーさま、体調は戻られましたか? で、ナルンからさっそくの色仕掛けですか?」

 髪の毛を後ろでポニーテールにした、銀髪の男が話しかけてくる。

 まだ三十代程度の若い男なのだが、髪の色が完全に抜けているのはファッションなのだろうかとバックマーは気になっていた。

 この男も戦闘員らしく、特殊な軍服を装備している。

 しかし、どういう意図があるのか、装備の色を薄い水色がかったものに統一しているのだ。

 戦場では、真っ先に的になりそうな目立つ色彩に思えた。

 白い頭髪といい、衣装といい、迷彩の意味をなさないのではとバックマーは考えてしまう。


「何よ! 人の自由恋愛、邪魔しないでくれませんこと?」

 ナルンが、突然現れたポニーテールの男に抗議の声を上げる。

 どうやら本気で、バックマーを狙っていたようだった。

「いえいえ、そういうのではないですよ。それと、体調が優れないのは相方のほうですよ。わたしは元気なものです」

 バックマーが勘違いしているらしい、ポニーテールの男にそう話す。

「せっかく、禁止されていた室外外出を破ったついでですし。ルミアートさまにご挨拶を、させてもらおうかと思いましてね。甲板に、おられるのでしょうか?」

 バックマーがまったく臆せずに、ポニーテールの男にもいう。

 ポニーテールにした男が、かなり困ったような顔をする。

 ナルンは相変わらずセクシーなポーズで、バックマーを誘うような仕草をしているが、彼はそれを無視していた。


 ポニーテールの男、確かリューカーという名前で、この一団のナンバー2的な存在だったようにバックマーは記憶してた。

 リューカーの反応からもやはり、相当自分たちはこの船にとって、邪魔な存在なんだろうなと確信した。

 しかし、絶対に彼らは自分たちに手出しをしてこないことも理解していたので、バックマーは紳士な態度でありながらも、どこか挑戦的に行動していた。

 島行きが決定してこの船を紹介された時に、ニカ研の幹部たちによる脅迫めいた意図をバックマーは感じ取った。

 本来なら彼らニカ研にとって、存在を公にしたくない船を使っての、航海に同行させられたのだ。

 臆して拒否するか、意を決して乗り込んでみるか、バックマーの中で大きな葛藤があって当然だった。

 しかも、船には怪しげな戦闘集団としてニカ研で語られていた、噂の「シルヴァベヒール」なる武装集団が同乗するという。

 自分を試そうというのなら、可能な限り対抗してやろうと決意し、バックマーは乗船を快諾。

 ニカ研側の驚きを感じながら、紳士的な態度でバックマーは、彼らの挑発に臆することなく大胆に行動していたのだ。


「いやぁ……。今はお会いにならないほうが、いいかもしれませんね」

 バツが悪そうに、リューカーが甲板方向を見る。

 そんな大胆なバックマーの胆力を、同乗している連中も認めだしていたが、ルミアートに会わせるのだけはブロックしていた。

 彼女の怒りで、バックマーだけでなく、自分たちにも被害が及ぶかもしれないからだった。

「そうそう、マリクちゃんのいうとおりですわ、バックマーさま」

 リューカーのファーストネームを呼び、ナルンが腕を組んでうなずく。

 リューカーが甲板までの通路を、通せんぼする形で前に立ち、ナルンもそれに同調する。

「おや? そうですか? う~ん、残念ですね。例の子どもたちが喜ぶような、折り紙などをいろいろ、こしらえてみたのですが」

 バックマーが、わざとらしく残念がり、懐から出してきた綺羅びやかな紙で作られた折り紙を見せる。


「ルミアートさまは、今はかなり気が立っておられるようでしてね。しかも、そういった民芸品を、毛嫌いしていらっしゃる方なので……」

 リューカーというポニテの男が、困ったようにいう。

 一団のナンバー2という割には、どこか優柔不断そうな態度のリューカーという人物。

「ああ、そうなのですか……。なんとなく、ご迷惑そうだったのは、ヒシヒシ感じていましたので。心を落ち着かせるためにも、いいかとも思ったのですが、どうもルミアートさまには逆効果っぽいですね」

 バックマーがうっすらと、バカにしたような感じでそんなことをいう。

「まあ、あの方はいつも、ああいう感じなんですけどね」

 リューカーが苦笑いしながら、バックマーに教えてくれる。


「バックマーさんっ!」という、大きな声が聞こえる。

 すると、前方にルミアートの巨体が現れる。

 いきなり出てきた彼女は、バックマーの名前を呼びつける。

 遠目に見ても、彼女の異常すぎる巨体が目を引く。

「島に着いたら、あなた降ろして、我々はすぐに出港しますわよ! それで、いいんですね!」

 詰問するような口調で、バックマーを鋭い眼光でにらみながらルミアートがいってくる。


「ああ、これはルミアートさま。もちろんでございますよ、本当にありがとうございます」

 バックマーは、そんな異形のルミアートに、ちっとも臆さずに礼儀正しく挨拶する。

 そうすることが、彼女にとってすごくヘイトが溜まるのを、短い出会いの期間で理解しているからだ。

 なるべく「怒らせてみたい」という、子供のような悪戯心を持つのが、バックマーという男だった。

「島には、オールズの教会と神官もいるとのこと。一週間ごとの定期便もあるらしいので、帰りはそれを使いますよ。今回のご足労、本当に感謝いたします」

 バックマーは、ルミアートの鋭い眼光からいっさい視線を逸らさずに、丁寧に礼をいう。


「それとは別に! 船室から、出ないでといったはずでしたけど!」

 ルミアートの怒号が轟く。

「いやいや、可愛らしいお子様が、通路で倒れていたので心配になって出てきたのですよ。なかなか素晴らしい、ご教育がなされているようで、関心してしまいましたよ。ママと呼ばれて、慕われているのですね。素晴らしいことです」

 褒めているようで、実は挑発しているかのようなバックマーの言葉。

 その言葉に、ナルンもリューカーも少し戸惑っている感じがする。

「まったく! 人の船に勝手に乗り込んできて、迷惑なお話しですわ!」

 ルミアートが悔しそうにそう怒鳴ると、バックマーをさらににらみつける。


「ノランに、あとは全部任せます! とりあえず、今すぐ部屋にお戻りになってくださりますか! あんまり船内うろつかれると、こちらも相応の措置を、取らざるを得なくなりますわ!」

 丁寧な口調だが、有無をいわせない高圧的な言動をしてくるルミアートの目は、凶気に満ちている。

 ルミアートはバックマーにいうべきことをいうと、すぐにその場から消える。

 ルミアートが立ち去ったその場にはしばらく会話がなく、淀んだ空気と反比例した、心地良い波の音だけが聞こえてくる。

「余計な御世話、なんでしょうが……。彼女、とてもお美しいのに、いろいろもったいないですね」

 バックマーが静寂を破り、ルミアートに対してこんなことをいい放つ。

「サラリと、そんなことをいわれても困りますよ……」

 バックマーの言葉に、リューカーがまた苦笑い。

 このバックマーという男の、意外と強靭な精神力と度胸にはリューカーも驚かされていたのだ。


「きっと、素敵な男性でも見つかれば、彼女の心も穏やかさを取り戻すと思いますよ。優しく接してあげることができる、包容力のある男性はいないのですか?」

 バックマーの挑発的とも取れるセリフに、リューカーは苦笑いし、ナルンは面白そうにニコニコしてる。

 目的の島も目視できたし、いいたいこともいえたので、涼しい顔をしてバックマーは船室に戻っていく。

 その後ろ姿を、リューカーは困ったように見つめていた。

 気がつくと、島がもうすぐ側まで見えていた。

 船からは、ジャルダン島の港と、そこに整列している看守たちの膨大な人数が見えた。

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