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第1章 『獄門島狂想曲』 4話 「迷子の子供」 後編

 囚人たちを乗せてきた貨物船が、汽笛を鳴らして出港していく。

 港には、ひとりで立ち尽くしてるリアンが取り残されている。

 出港する貨物船の甲板から、例の冷たい目をした刺青男が、にらみつけるようにリアンの後ろ姿を見下ろしている。

 男の表情は不機嫌そのものだった。

 そして、港に向けて甲板からツバを吐き捨てた。

 港から看守たちが、何かを叫んでいるのが見えたが、もう男にはどうでもいいことだった。

 そのまま船室に消えると、乱暴にドアを閉める。


「お~い!」

「ちょっと待ってくれ!」

 ヌーナンや他の看守たちが、船の出港を制止する。

 大声を上げて、船の進行方向と並走する看守たち。

「ちょっと、出港待てって!」

「あいつ、どうするんだよ!」

 必死に、ヌーナンたちが船に向かって叫ぶが、船は止まる気配がない。

 看守たちの静止の声をかき消すように、汽笛がまた鳴らされる。

 船の航行に必要な汽笛などではなく、叫び声をかき消す意図で鳴らしているものだというのが、看守たちの経験上わかる。

 そして、貨物船は完全に海に出てしまう。

 呆然とする港の看守たち。


 リアンの薄暗い視界が急に開ける。

 思わず、リアンは目眩を感じてしまう。

 頭から被っていた麻袋を、バッと取られたのだ。

「うわっ!」

「やっぱり子供ですよ!」

 よろめくのを我慢したリアンが聞いた第一声が、看守たちの驚く声だった。

「おいおいおい!」

「なんでだよ~!」

「やっぱり、またか!」

 キャラヘンを含めた看守たちが、口々に困ったように声を上げる。

 その様子を眺めながら、一番困ってるのは自分だよとリアンは思っていた。



 リアンは、港の事務所内に通されていた。

 古臭いソファーに座って、リアンは周囲の状況を眺めていた。

 目の前のテーブルには、用意された飲み物があるが、まだ手をつけていなかった。

 同じテーブルにある灰皿には、大量の煙草の吸殻が捨ててあり、あまりのヤニ臭さから飲み物を飲む気が起きなかったのだ。

 リアンは手首をさする。

 そこには、数日間拘束された際についた、手錠の赤い跡がまだ残っていた。

 鈍い痛みはまだ残るが、それほど気になる程でもない。

 気分的に落ち着かなかったので、事務所に通されてからずっとさすっていたのだ。


 テーブルの隅には、自分のかけられていた拘束具が外されて置かれている。

 バークという事務員が特殊な器具を使い、器用な手つきで鍵を外してくれたのだ。

 他の囚人は簡素な手錠だったのだが、何故かリアンだけ、妙に前時代的な仰々しい拘束具をつけられていたのだ。

 監視役の男が四六時中張りついていたように、何かしら自分に執着する理由でもあったのだろうかと、リアンはいろいろ想像してしまう。

 しかし、そういったものに、まったく心当たりがないリアンだった。

 気分が落ち着くとともに、リアンは思考がいろいろ回復してくる。

 島に連行された決定的な理由は、例の男がいなくなった今ではもう知りようがなかった。

 だったら気分を変えるかと思い、リアンはテーブルの上にある飲み物に手を伸ばす。


「おっ、遠慮せずに飲みなよ。確か、リアンくんだっけか?」

 ちょうどいいタイミングでキャラヘン副所長が、リアンに話しかけてくる。

 彼の言葉には学生のような軽薄さがあったが、不思議と嫌な感じはしなかった。

「はい、リアン・エイチェっていいます……」

 リアンは、だらしなく制服を着崩してたキャラヘン副所長に弱々しい声でいう。

 実は飲もうと思っていたんだが、声をかけられたことでリアンはかえってその機会を逸してしまった。

 何故か手にしたカップを、テーブルの上に戻してしまう。


 キャラヘンは、副所長という地位でありながらやけにだらしなく、部下と接する際も上下関係を気にすることなく、まるで友達感覚なのが気になったが、悪い人ではないようだったのでリアンはかなり安心していた。

 リアンの中にあった、ステレオタイプの看守像とはかけ離れた印象の人物だったからだ。

 港で布袋を脱がしてくれてから、この部屋に通してくれるまでとても親切にしてくれていたのだ。

「普通の水のほうが、良かったかな? じゃあ、それを持ってこよう。遠慮することないからね」

 リアンの回答も待たずに、キャラヘンがわざわざ水を用意しに離れる。

 リアンはそこまでしてくれなくてもいいと思ったが、その言葉が上手く出てこなかった。

 本当に、自分の看守像を崩してくる親切な人物だとリアンは思った。


 またひとりになったリアンは、部屋をじっくり観察する。

 時間が経ち、当初の緊張感も解け、いろいろ部屋の様子を見渡せる余裕ができてきたのだ。

 奥は無線室らしく、通信機が並んでいるのが見える。

 そこで、先ほど手錠を外してくれたバークという事務員が、エンドール本土と交信をしてくれている。

 今回の不手際を抗議しておいてやると、かなり頼もしいことをいってくれていたので、リアンも信頼していた。

 リアンは、壁にある大きい地図を見る。

 グランティル地方全体の地図が貼ってあった。


(ここが、ジャルダン……。海の孤島、別名、獄門島かぁ……。存在ぐらいは知ってた場所だけど、まさか自分が来ることになるなんて……)


 地図を眺めながら、リアンは今回の不本意な航海を思いだす。

 地図には、海に浮かぶ小さな小島が赤くマーキングされていた。

 どうやら、そこがシャルダン島らしかった。


(なんで僕、こんなとこにつれてこられたんだろう……)


 リアンは、また同じ疑問を心の中で思う。

 ふと後ろを振り返ると、ジャルダン島の全体地図が貼ってあった。

 ソファーから立ち上がると、リアンはそれを眺める。

 自分のいる港から、北西に進んだ先に刑務所があるようだった。

 指で今自分がいるところと、刑務所の位置を確認するリアン。

 自分の居場所を冷静に認識した瞬間、リアンは不思議と落ち着きを取り戻してきた。

 ソファーに座り直すと、用意してくれた紅茶を一口飲む。

 安っぽいが、暖かく甘い紅茶が一気に疲れを癒してくれた。

 熱さも気にせず、リアンは一気にそれを飲み干した。


「おっ! いい飲みっぷりだな。こっちは、いらなかったかい?」

 キャラヘンが、水を持ってきてくれた。

「あ、一口飲んだら美味しくって……。自分じゃわからなかったけど、けっこう喉、乾いていたみたいで。あ、できればお水もいただければ……」

 リアンは、まだ残る喉の渇きを癒やしたくて、キャラヘンが用意した水も一気に飲み干す。

「かなり元気になったようで、こちらも安心したよ。だいぶ、落ちついてきた感じかい?」

 キャラヘンが、リアンを気遣うように訊いてくる。

「はい、本当にありがとうございます」

 なにかと親身な、キャラヘンに対してリアンは礼をいう。


「いやいや、本来なら、こちらが謝罪しなきゃいけないかもしれないんだ。子供が、こんなとこにつれてこられるなんて、あってはならないミスなんだから」

 キャラヘンが困ったようにいうが、それは確かに本心から出た言葉だろう。

 刑務所の管理体制に、大きな問題として関わってくるし、立場上原因究明の責任も出てくるわけだからだ。

「どうして自分がここに来たのか、まったくわからない? 何か忘れてるとか、そういう記憶障害的な感じもない?」

 キャラヘンがリアンに、この島に連行された理由を尋ねる。

 しかしリアンは、無言で申し訳そうに首を振る。

 リアンには、その辺りがまだ混乱していて、考えがまとめられなかったのだ。

 キャラヘンのいう記憶障害的な何かが、実は存在していたのだが、それも含めて上手く言葉で表現できなかったのだ。


 そこへ、通信室から事務員のバークがやってくる。

「困りましたよ、キャラヘン副所長。どういうわけだか、本土と連絡が取れないんですよ」

「ん? どういうことだい?」

 キャラヘンがタバコを取りだして、困惑しているバークに尋ねる。

「いや、何度やっても、通信が途絶える感じなんですよ。ひょっとしたら、向こうの通信施設に、何か障害が出てるのかもしれないですね」

 バークが、腕を組んで考え込むようにしていう。

「旧式の通信機はどうだ?」と、キャラヘンが尋ねる。

「そっちも、ダメでしたね……。明らかに、本土側の障害が原因でしょうね。これじゃ、どうしようもないですよ」

 バークが、お手上げ状態だといわんばかりにいう。


 この海の孤島ジャルダンには、一週間に一度しか貨物船は来ない。

 さっきまで、港に来ていたシャリバー号がそれだった。

 例外は一部あるのだが、それは極めて稀なのだ。

 もし帰るとしたら来週、またシャリバー号がやってくるまで、島で待つしか方法がないという。

 結局リアンは、ジャルダン島に一週間留まることになってしまった。

「それしか方法がないのでしたら、僕はそれで大丈夫ですよ」

 帰りの船が、また同じ囚人移送船だという事実に若干絶望しかけたが、リアンは素直になるように身を任せることにした。

 なるべく心配させないように、リアンは少し明るめに話す。

 いつまでも暗い顔をしていては、良くないとリアンなりに思ったのだ。


 バークとキャラヘンも、この原因は解明してあげたいといってくれる。

「子供を刑務所に送りつけるなんて、何を考えてるんだか。なんらかの、落とし前はつけてもらわないと、リアンくんも気が済まないでしょう。僕らでよければ、力になるからね」

 キャラヘンがいうには、こういった手違いは過去数回あったという。

 キャラヘンもバークもその都度、本土に抗議していたりもしていたのだが、いっこうに改善されないのだ。

「過去何度も、あるんですか?」

 リアンはその事実に驚く。

「そう、リアンくんがはじめてじゃないんだよ、このミスは。っていうか、どうやったら無関係な人間を、こんなとこに送り込める要素があるんだろうな?」

 キャラヘンは何度も起きる、この過失に憤りを隠せない。


「どうもエンドール王国の留置所側に、いろいろ問題が多いみたいだってのは、わかってきたんだけどね」

 バークが、腕を組んで考え込むようにいう。

「留置所側ですか……」

 リアンの顔が、たちまち暗くなる。

「あの刺青男」の、暗く殺気立ったような表情を思いだして、リアンは無意識から頭をさする。

 殴られた箇所はまだ鈍く痛み、リアンは顔をしかめる。

 リアンのその表情の変化を、バークは不審に思う。

 すると、入り口のドアをノックする音が聞こえる。

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