第1章 『獄門島狂想曲』 29話 「刑務所の人間関係」 後編
「あ、バークさん、いらしていたんですね~」
ここでローフェ神官が、居住区のドアを開けて礼拝堂にやってくる。
「いつもご苦労さまです~」
バークにも、丁寧に挨拶するローフェ神官。
彼女の登場で、所長の話題で少し凍ったような教会の空気が一変する。
すでに彼女の頭には司祭帽があり、説法会の準備はできてるようだった。
所長の話しのつづきを聞きたかったリアンだが、ローフェ神官の登場でそれが流れてしまう。
「こんばんはローフェ神官、今夜も頑張ってくださいよ」
バークが一礼をして、ローフェ神官を激励する。
「ううう……。みんなわたしが、失敗することを期待してる感じです~」
「いえいえ、そんなことないですよ」
バークが慌てて否定する。
「あっ! そういえば! 聞きましたよ!」
バークが落ち込んだローフェ神官を慰めようと、わざと大きな声で話題を変える。
「脱走した囚人が、見つかったそうですね。良かったじゃないですか!」
バークが、うれしそうにローフェ神官に話しかける。
「はい~、すっごいことになってましたよ~。ね~? リアンくん」
ローフェ神官の陽気な問いかけに、リアンは改めて驚く。
脱走囚とはいえ、あんな殺され方をしたのに、ローフェ神官は特に怖がることもなく平然としてるのだ。
彼女が少し変わってるというのもあるだろうが、それでも聖職者の反応とは思えない。
死者に対する弔いの気持ちが、まるで無いのだから……。
ちなみにバークは、囚人が死体になって発見されたことを、まだ知らないようだった。
リアンはこの人には今教えなくても、そのうち真実を知るような気がしたので、黙っていることにした。
噂話が好きそうな人だし、そういう情報網を、独自に持っていそうだとも感じたのだ。
リアンとバークは、礼拝堂の掃除をつづける。
徐々に、礼拝堂を訪れる看守たちの数が増えてくる。
エニルやヘストンといった詰所の職員も集まりだし、今夜の警備計画などを話しあっているようだった。
リアンは黙々と掃除をしている間、賑やかになりだす礼拝堂の人の出入りを、チラチラ見ていたりした。
すると、今まで存在を失念していた、聖堂の裏手の黒いカーテンを思いだす。
その黒いカーテンの向こうを、リアンは軽くのぞきこんでみる。
「懺悔室」と書かれたプレートが掲げられているドアがあった。
妙な場所にあるんだな? と思いながら、リアンはその懺悔室に近づく。
リアンが見つけたドアは、神官が使う側のものだったようだ。
この場所をリアンは一度も掃除をした覚えはないのだが、床はそれほどほこりもなく綺麗なものだった。
「別の誰かが、掃除でもしてたのかな?」
ドアを開けると、懺悔室の中は物置のようになっていて、荷物が乱雑に置かれているだけだった。
(説法会はするのに、懺悔室は使わないのかな? 懺悔が必要な人だらけなのに……)
そんなローフェ神官のようなことを思いながらリアンは、懺悔室をちょっと調べてみる。
罪を懺悔する側の部屋が反対側にあるのだが、そちらも同じように物置になっているようだった。
リアンは、散らかって地面に転がっている燭台を棚に置き、口が開いていた箱の中をのぞいてみる。
「あれ? これは……」
箱の中から取り出した布切れを、目の前で広げてみるリアン。
それは、女性物の黒い下着だった。
驚いたリアンは下着を箱に直すと、何事もなかったように平静を装い懺悔室から出る。
「そこは、今はもう使っていないみたいだよ。ん? どうかしたかい、リアンくん?」
懺悔室から出てきたリアンに、バークが声をかけてくる。
「い、いえ、なんでも~」
リアンは若干、戸惑いつつ答える。
「懺悔室はもう完全に物置だからね、掃除はしなくていいと思うよ」
「は、はい、そうですね……」
バークに返事するとリアンは、黒いカーテンの隙間に、タバコの吸い殻が落ちているのを発見する。
「誰がこんなところで……。火事にでもなったら危ないのに……」
リアンは、吸い殻をゴミ箱に捨てようと手を伸ばす。
教会の入り口付近でローフェ神官が、集まってきた詰所の職員と話していた。
説法会に不安があるらしいローフェ神官を、詰所の職員が懸命に鼓舞しているようだった。
カースという例の挙動不審な男も後方にいて、相変わらず変な顔をしている。
警備担当の看守たちが、一様に胡散臭そうに、カースを眺めているのがリアンには見えた。
(そういえば……。結局、所長さんのこと訊けなかったなぁ。まあ、終わってからでもいいか)
あとでバークに所長のことを訊こうと思い、リアンはとりあえず掃除を終えることにした。
居住区に戻り聖堂を見ると、オールズ神の彫刻の後ろ姿が見える。
そういえば、結局オールズさまのことを何も調べていないなと、リアンが思った。
神様というのは当然知ってるが、どういった経緯でそうなったとか、教義の詳細については、結局調べずじまいだった。
今夜行われる、ローフェ神官の説法会で多少わかればいいんだろうけれど、とリアンは思う。
教会のドアを開けて、ライフルを持った看守たちが入ってくる。
銃を見てドキリとするリアンだが、彼らはローフェ神官を守ってくれる人たちだから、怖がらないように心を強く持とうとする。




