第1章 『獄門島狂想曲』 18話 「単純作業」 前編
ホテル部分から渡り廊下を歩いた先にある建造物は、要塞のようになっていた。
キャラヘンの話しによれば、神話時代に存在したとある要塞をモデルにしたらしいが、彼にもよくわかっていないようだった。
攻城兵器がいくつも置かれ、城壁の上だけでなく、出窓から大砲の砲身が見える。
しかし何故か砲身がすべて、お城を模したホテル側を向いて設置されている。
キャラヘンがいうには、あれらもオブジェで実際には使えないとのことだ。
リアンも建築家のセンスがよく理解できない。
ただ、やはりこれだけ巨大な建造物を堂々と作れるのだから、相当な実績がある建築家なのだろう。
(ニカイド開発の、創始者のひとりだっけ……。こんなの作って、途中で投げだしてもお咎めなしってことは、すごい偉人さんなんだろうなぁ)
リアンはそんなことを思いながら、要塞側にやってきた。
石造りの、中世風の要塞内部を歩くリアンたち。
調度品等はあまり見かけられず、こっちも内装は、途中だったんだというのがうかがい知れる。
(ガワだけ立派で、なんかハリボテみたい……)
そう思ったリアンだが、これは絶対に口にはしてはいけないと思って、その言葉を飲み込む。
目的の作業場に、ようやくやってきた。
「資料室」と書かれたプレートが、ドアに掲げられていた。
「お待たせ、けっこう歩いたよね。疲れていませんか?」
キャラヘンが、心配そうにふたりに訊いてくる。
「全然平気ですよ」
「なんかもう疲れちゃいました、毎回大変です」
リアンが無難な回答をすると同時に、ローフェ神官が正直な感想をいう。
リアンが驚いて、ローフェ神官の顔を見る。
「ハハハ……」
キャラヘンが乾いた笑いをする。
実は、広すぎる刑務所の敷地を移動する手段については、刑務所内でも頻繁に議題に挙がっているのだという。
自転車を用意しようだとか、要所要所に小型の車を用意できないのか? だとか等々。
ニカ研というスポンサーがいれば、余裕なのかもしれないが、キャラヘンの本社への提案はいつもどこかで止まり、実現しないのだ。
刑務所の増改築をしていた時代なら、予算も潤沢だったのだが、放置が決定した今となっては、惰性で運営資金が予算として捻出されるだけらしいのだ。
追加予算は、キャラヘンひとりの力では、もうどうしようもないのが現状らしかった。
その資料室は、殺風景な図書館のような部屋になっていた。
資料がまるで整理されず、箱に入ったまま、放置されっぱなしになっていた。
ほとんどの書架が、その役目を果たしておらず、そこはただの棚がたくさんあるだけの部屋だった。
「今日おふたりに、やってもらいたいのはですね。この放置されっぱなしの、ファイルを整理することですね」
キャラヘンが、積み上げられた箱を指差しながら、部屋の照明を点ける。
「最終的には、きちんとファイリングして整理をするのが目的だけど、さすがに一週間やそこらでは、不可能でしょうからね。おおまかにでも、まとめていってもらえると、ありがたいかもですね」
キャラヘンが足元にある箱を、コンと足蹴にしながら仕事を説明してくれる。
「過去の囚人リストを、整理していけばいいんですね?」
リアンが作業の確認をする。
「年代別にして、名前順にしてもらえると助かるよ。まずは、分別作業からやってもらうのが一番かな?」
キャラヘンがそういって箱を開けると、すごいほこりが舞い上がる。
思わず口元をふさいで、その場から離れるキャラヘン。
「まずは、お掃除からはじめるべきだと思います~!」
笑顔のローフェ神官が元気に、そう提案した。
それにはリアンも同意だと思い、舞い上がるほこりから口元を押さえる。
リアンは窓を開け、拭き掃除でまずは、部屋や箱のほこりを綺麗にしていた。
キャラヘンがファイルの詰まった箱を、年代通りに並べてくれていた。
「こういう地味な雑務をやってもらえる人間を、よこして欲しいとは頼んだけどね。ニカ研じゃなく、エンドール本国にね。でも、エンドール側がずっと保留したままで、いっこうに返答をくれなくてね」
キャラヘンが、不満そうに教えてくれる。
「またエンドール本国側の、怠慢かと思ってたんだけど……。最近知ったんだが、どうもこの島に来るのが、嫌みたいで人が集まらないんだってね」
キャラヘンが、苦笑いしながら教えてくれる。
「あ~! それ、気持ちわかります~」
キャラヘンの自嘲的な言葉に、ローフェ神官が同意して笑う。
「じゃあ、僕は急ぎの業務があってね、いい加減失礼するよ。お昼ごろにまた迎えにくるけど、何か問題があったら僕のところに来てくれるかい? ローフェ神官は、確か覚えていますよね、あそこ……」
「はい、車のお部屋ですね! 大丈夫ですよ!」
ヨーベルは、右下の方を指差して答える。
キャラヘンの反応から、どうやらそれで合っているのがリアンにもわかった。
(……車の部屋?)
気になったリアンだが、ここでまた質問すると、キャラヘンとヨーベルの会話が長いので、黙っていることにした。
時計を見れば、もう教会を出てから一時間は経とうとしている。
なんだかんだいいながら、キャラヘンはかなりの時間話しつづけていたのだ。
いつになったら作業できるのか、リアンはかなり気にしていたのだが、ヨーベルといい、ふたりとも話しだすと止まらないタイプのようだった。
ようやくキャラヘンが部屋を出ていき、箱に付着していた汚らしいほこりの山もかなり綺麗になっていた。
リアンは布巾を片し、さっそく目についた箱の中から、古い紙のファイルを取りだしてみる。
保存状態がそれほど良くなく、黄ばんで薄汚れたリストがほとんどだった。
「けっこう年代物で、ひょっとしたら歴史的資料価値も、高いかもしれないね。ぞんざいに、扱うのはダメだろうね」
リアンはそういうが、ローフェ神官はお構いなしに、箱を横倒しにして中からリストをドカドカ出してくる。
「さぁ~、頑張りましょ~!」
唖然としたリアンは何もいえず、黙って従うことにした。
黙々とリアンは、リスト分け作業に入る。
しかし、ローフェ神官はほとんど手を動かさずに、囚人リストの罪状を読んではあれこれ語ってくる。
「おお~! リアンくんは、この殺人事件は知っていますか? なんでも、ハーネロ神国の信者だって疑われた人が、集団でリンチされたんですって~。可哀想な被害者は集団による暴行後、生きたまま火を点けられて、焼死したそうですよ。いやぁ、集団心理は怖いですよね~。犯人は全員逮捕されて、この島に流されたそうですよ~。ハーネロさんは今でこそ、それほど目くじら立てられなくなりましたが、昔はほんとタブーだったんですよね~」
「そうみたいですね……」と答えるリアン。
「この事件の犯人も、独特ですよ~。自分は、ハーネロ神の生まれ変わりだとかいって、虐待をしていた家族と親戚を、皆殺しにしたんですって! 頭の中に、ハーネロ神が降臨するって、どんな感じなんでしょうね~。神秘体験というのは、悲しい境遇の人に神様が与えてくれる、最後のチャンスなのかもしれないですね~」
「そ、そういうもの、なのかな?」
リアンはかなり、ローフェ神官のしゃべりに疲れてきていた。
でもリアンは、我慢して作業を進行させる。
それなりに、まとめてられてきたリストを見てから、リアンは時計を見る。
(うわっ……、まだ一時間も経ってないのか……。働くのって大変だな……)
そんな、ダメ人間のようなことをリアンは思った。
ローフェ神官をチラリと見ると、働かずに相変わらず囚人リストを読み込んでる。
(僕もけっこう、ダメダメだったけど……。僕が来るまでローフェ神官って、ひとりで大丈夫だったのかな?)
なんとなく思っていた疑問だが、改めてリアンの中で不安が広がりだす。
ちなみに、ローフェ神官がたびたび口にする「ハーネロ神国」というのは、約八十年前に勃興した、とある宗教国家のことだったりする。
現在は滅んでしまい、すべて過去の話しになってしまっている。
物語を語る上で重要な史実なのだが、今はまだその説明は控えておくことにしておく。
しかしストーリーが進むことにより、リアンはその過去と大きく関わっていくことになることを、囚人リストを整理してる時の彼は、知る由もない。




