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第1章 『獄門島狂想曲』 2話 「刑務所の人たち」

 港には、武装した看守たちが整列して待機していた。

 到着した貨物船から責任者的な船員が現れ、まず港の職員と事務的な交渉を開始する。

 港の看守たちの視線は厳しく、せわしなく働く船員の動きを一挙手一投足監視している。

 毎度のこととはいえ、やりにくい職場だと思いつつも船員たちは、まずは荷物の搬出作業を終わらせようとする。

 船員たちは貨物船の雇われ労働者であって、積み荷の搬出だけが通常業務だった。


 この船は、貨物船の外見こそしているが、実際は囚人を移送するための船だった。

 この島への荷物である囚人たちは、きちんと専門の人間たちにより管理されているのだ。

 王国直属の囚人移送船、シャリバー号。

 本土と島を、囚人を輸送するためだけに存在する船だった。


 同船している王国直属の刑吏らしき連中は、気味の悪さから雇われた船員たちからの評判も最悪だった。

 高給なので人は集まるが、船員の離職率はやたらと高い。

 労働環境がとにかく劣悪なのだ。

 現に今も、刑吏たちが囚人たちに向けて、船内で怒号を発しているのが聞こえる。

 何度も船で聞いてきた罵声だが、囚人の搬出と搬入の時が特にひどい状態になるのだ。

 自分たちに向けられているわけでもないのだが、終始聞こえる罵倒を聞けば、雇われ船員たちの気も滅入る。


 刑吏たちは、海の孤島であるジャルダン刑務所に、囚人たちを確実に送り届けるのが任務の、粗暴な連中だった。

 彼らは立憲君主制時代からつづく、官吏の一員として、現代も特権意識のようなものを持っていたりするのだ。

 どうやらそれが、粗暴さの正体でもあるらしいのだ。

 触れてはいけない職業的タブー。

 この船の刑吏たちには今なお、そういったものが多く存在するのだ。

 荒くれの多い職業船員でも萎縮するような、同乗していた彼ら刑吏の囚人への高圧的な態度は、見て見ぬ振りが基本とされていた。


 港に整列している看守たちは微動たりともせず、銃を構えて殺気を放っている。

 犯罪を犯し、こういった連中の世話になり、このような辺鄙な島に流されるぐらいなら、多少しんどくても真っ当に生きたほうがいいと思える雇われ船員たち。

 新入りのまだ若い船員などは、噂に聞いていたジャルダン刑務所の放つ異様な雰囲気に、強烈な圧迫感を感じながら作業を黙々とこなしていた。


 ここ「ジャルダン刑務所」は、周囲を海に囲まれた絶海の孤島にある刑務所だった。


 今はもう滅んだ旧王朝が、処刑島として利用していたという暗い歴史を持つこの島を、今でも「獄門島」と呼ぶ人は多い。

 島には大型の刑務所だけが存在し、外部と接触するのが、週に一度の囚人移送の際に行われるシャリバー号による搬出搬入作業だけだった。

 囚人を降ろす前に、まずはエンドール王国本土から届けられた物資が搬出される。

 食料品だったり、衣料品に医薬品、家畜用の餌なども含まれていた。

 囚人人数二千五百人、刑務所関係者五百人の計三千人分、大型刑務所の一週間の必要物資だった。


 港を出た少し先には岩山があり、そこには巨大な異形の怪物の彫刻が設置されて異彩を放っている。

 古い伝承にある、「処刑人」と呼ばれる悪魔の像だった。

 この島が古くから、獄門島と呼ばれていた所以を表した彫刻だった。

 おぞましい姿の像なのに、その側には場違いな印象を与えるポップなデザインの時計と、これまたポップな案内板が設置されていて、まるで観光地のようですらある。

 その先には、森の隙間から巨大な壁を備えるジャルダン刑務所の姿がうっすらと見えていた。

 港から見てもわかる、巨大な建造物だった。

 長年、島への搬入搬出作業をやっているベテラン船員がいうには、突然増改築を繰り返しあそこまで巨大化したというのだが、その理由がいっさいわからず船乗りの間では、ジャルダンの怨霊が、島の人間の気を触れさせたのではという噂話まで存在するほどだった。



 この刑務所に畏怖の念を抱きながら、仕事を従事している船員たちとは裏腹に、港にある事務所の中ではひとりのだらけた人物がタバコをふかしていた。

 きちんと着用していない制服、睡眠不足なのか、寝起きかわからないほどに疲れた顔。

 まだ三十代だったが、その疲労度具合から年齢より老けこんで見える、どこか冴えない人物だった。

 ジャルダン刑務所副所長キャラヘンは、この島にいるふたりの副所長のうちのひとりで、刑務所のナンバー2にあたる人物だった。

 しかし彼には緊張感もまるでなく、伸ばした顎髭をなでつつ、窓から見える光景をぼうっと見つめていた。

 せわしなく動き回り、作業に従事している職員や船員を眺めながらキャラヘン副所長は、新しいタバコを用意する。


 島への畏怖感から、船員たちの作業は毎回とてもスムーズに進む。

 この点に関しては、問題がないと思っていたキャラヘン。

 だがしかし……。

 このあとの囚人への応対儀式だけは、どうも慣れないし、好きになれないのだ。

 キャラヘンはそのあとの茶番を思うと、途端に憂鬱な気分になり、タバコを吸う手が止まらなくなるのだ。

 週に一度の定例業務だったが、こんなことは部下に任せておきたいのが本音だった。

 ついでにいえば、もうひとりいる副所長がひとりで全部やればいいとも思っていた。


「どうせ、彼が全部持っていくんだしさぁ……。いらないでしょ? なのに、なんで僕まで、毎回強制参加なわけよ?」

 不満を少しも隠さないキャラヘンが、僅かに吸っただけのタバコを捨てる。

 そして、大あくびするキャラヘン。

 目の下にクマができていて、相当疲れているようだった。

「結局、また徹夜されたのですね?」

 キャラヘンの、いつもの愚痴を適当に受け流し部下のヌーナンが訊いてくる。

「あと数日しか期限がないからね、本来ならこんなどうでもいいこと、していたくないんだよ」

 キャラヘンの職務怠慢とも取れる発言に、ヌーナンや他の看守が苦笑いをする。


 キャラヘン副所長はまだ三十代の青年だが、ヌーナンはもう六十代にはなろうという老練の看守だった。

 傍目から見れば親子のようにも見え、ヌーナンのほうが上司にも見えているかもしれない。

 若い副所長に苦言を呈すこともなく、無言でヌーナンはキャラヘンの身体を引っぱって、事務所の外につれだそうとする。

 駄々をこねる子供に対する対応のようで、それを見ていた部下の看守たちが肩をすくめる。

「さ、とにかく外に。いないと思われたら、それはそれで面倒ですから。せめて、お姿だけでも」

 ヌーナンはそういうと、だらしない格好のままのキャラヘンを事務所の外に出した。

 外に連れだされたキャラヘンは、さっそく座り込んでタバコを吸っている。

「僕のことを、誰もここの副所長と思わないだろうな。だから、もう服装もこのままでいいでしょ? 別に僕は、挨拶するわけでもないんだしさ? それぐらい勘弁しておくれよ」

 キャラヘンの駄々にヌーナンがため息をつく。


 船員との積み荷の受け渡しの事務手続きをしていた事務員が、キャラヘンのところに走ってくる。

「おっと、キャラヘン副所長。これまたひどいお顔ですね」

 事務員が会うなり、笑いながらそんなことをいってくる。

「また、寝ていないんですか? いい加減にしないと、本当に身体壊しますよ?」

 事務員は、キャラヘンの体調を本当に心配してくれている、上司思いのひとりでもある。


「ところで、今回は島を出所する囚人も、面会の家族もいないんですね?」

 事務員が看守たちに訊く。

「しばらくいないな、あと少ししたらひとり出所するのがいるが、それぐらいだよ」

 ヌーナンが、事務員にそう教えてくれた。

 その情報を、カレンダーでチェックして納得する事務員。

「しっかし、囚人への面会もなし、というのは哀れでもありますね」

 事務員がリストを眺めて寂しそうにいう。

「ここの連中は、とびきり凶悪犯ばかりだからな」

「家族とも縁を切られた人間も多いだろうしね」

「単純に遠いし、来たくないのも多いだろうしな」

 看守たちが事務員にそう話す。


「で、キャラヘン副所長、繰り返しになりますが、本気で寝てなくて平気なんですか? 日に日に、人相が変わってませんか?」

 事務員が改めて、キャラヘン副所長の体調を心配する。

「平気なわけないけどさ、ここで頑張らないといけないんだよ。じゃないと、僕は一生、後悔してしまうだろうからね。この荒行は、僕自身のためでもあるんだよ。君たちが、どう思ってるかは知らないけど、これでも人並みに野心もあって利己的なんだからね」

 キャラヘンが本心をいったあと、タバコを吹かしてふと考える。

「……心配する振りして。実は僕の作業を邪魔してる、とかじゃないだろうね?」

 キャラヘンの、冗談めいた邪推を看守たちがすぐさま否定する。

「そんなわけ、ないでしょう……」


 このいい加減そうなキャラヘン副所長だが、不思議と部下たちからは、慕われているようであった。

 その理由については、彼が島に来た際の特殊な経緯と、着任後の実績が関係していた。

 それらについては、物語が進行すれば自然と判明するだろう。

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