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8 真珠


 コリ――ッ。

 貝の肉汁と唾液で洪水のようになった奥歯の間から硬質な音が聞こえてきた。

 吐き出してみると、乳白色の光沢が手のひらの上でキランと光った。


 可愛くて美味しいだけで私としてはお腹いっぱいなのだが、スカロ・シェルはもう一つの恩恵をもたらしてくれた。

 真珠である。


 淡いピンクと水色のグラデーションがかかった光沢には見覚えがある。

 たしか、うちに来た宝石商はスカロパールと呼んでいた。

 貴族のマダムたちの間で魔除けの縁起物として珍重されているものだ。

 ダンジョンで採れるとは聞いていたけど、スカロ・シェルが作ったものだったのか。


 肉の間や貝柱の裏からいくらでも出てくる。

 どれも大粒の上物だ。

 地上では高値がつくだろうけど、ここでは宝の持ち腐れもいいとこだな。


 でも、使い方次第で化けそうだ。

 上手く立ち回れば、安定的に食料を確保できるかもしれない。

 私は営業スマイルを浮かべて、お客を待つことにした。





 同じ冒険者でも、深層に潜る『潜行組』と地上に帰る『帰還組』とではニーズが異なるらしい。

 露天商を始めてすぐ、それに気がついた。


 潜行組はとにかく食料を手放したがらない。

 そして、やたらと水を欲している。

 より深くより長く潜るにあたって水と食料が必要不可欠だからだ。

 そんな事情もあって、私の欲する食料は潜行組からは手に入らない。


 ターゲットにすべきは帰還組だ。

 彼らは食料を持て余していることがある。

 そして、地上に戻ってから換金できるアイテムを探している。

 ここで登場するのがスカロパールだ。

 高値で売れて、かさばらない。

 帰還組にピッタリの商品ってわけさ。


 というわけで、


「そのパンと真珠1粒、交換してくれない?」


「本当にいいのか? その1粒でパンどころかパン棚ごと買えるぜ?」


 それは地上に戻ることができれば、の話だ。

 私にとっては食えない真珠より食えるパンだ。


「商談成立でおっけー?」


「もちろんだぜ! サンキューな!」


 こんな感じで食糧問題のほうは解決しつつあった。





「しっかしよォ! 嬢ちゃんの店は見るたびに品揃えがよくなってんなァ!」


 いつだったか食事を共にしたマッカスが闊達な笑みを浮かべてやってきた。

 このあたりを縄張りにしているというのは本当らしく、彼は2日に1回は来店している。

 その割には何も買っていかないけどね。


「この第5階層に店を構えちまうなんて、きっとアンタが初めてだろうさ。ナインと言ったかい? 大したもんだねえ」


 姉御ことジーナも常連の一人だ。

 こっちも、何も買わないんだけどね。


 いちおう、当店のラインナップを紹介しておこう。

 まずは、生活雑貨だ。

 ヤカンに歯ブラシ、ひげそり、手鏡、それからフォークやナイフなんかのカトラリー類がたくさんだろ。

 羽ペンにインクにメモ帳に裸婦画集なんてものもあるよ。


 実用品だって取り揃えている。

 登攀ロープだろ、ハーネスだろ、ハーケンにカラビナ、ツルハシにシャベル。

 閃光玉やら悪臭玉やら、短剣どころか死神の大鎌みたいなものもある。

 極めつけは、敬虔な信徒が置いていった女神像だ。

 重くて邪魔になったんだろうね。

 いつでも拝ませてやるから拝観料をもらいたいもんだ。


 他には……あー。

 面倒になってきたな。

 とにかく、たくさんだ。

 100種300点くらいかな。

 物々交換のついでに不用品を投棄していくありがたいお客もいるから助かっているよ。


「冒険者は荒くれ者ばかりだからねぇ。嫌な想いをしているんじゃないかい?」


 姉御に心配げな顔で覗き込まれので、私は余裕だよ、と反抗期のキッズみたいな強がりスマイルを浮かべておいた。


 実際、余裕だしね。

 店の横にスカロ・シェルから取り上げた頭蓋骨を山のように積み上げていたら、悪党どもは近づいてこなくなった。

 どうやら妙な噂が広がっているらしい。

 いわく、私はめっちゃ強い冒険者で、倒した魔物の首を収集する猟奇的な性格の持ち主でもあるらしい。

 怒らせたら血の雨が降ると若い冒険者たちが私を見て震えていた。

 デスサイスがこれまたイイ味を出しているのだ。


 商売は順調。

 水も食料もある。

 ホームシックになったドラド・ホーネットたちが古巣に戻ってくるようなハプニングでもなければ、私はたぶん来月もここでガラクタを広げているだろう。


 しかしまあ、いずれ限界は来る。

 必ずね。

 病気になるかもしれないし怪我をするかもしれない。

 たとえ私が元気満々でも、新しい攻略ルートが見つかれば、ここには誰も来なくなってしまうだろう。

 そうなれば、食料を手に入れるのは難しくなる。

 私はガルスの墓の隣で人知れず最期を迎えることになるわけだ。


 物々交換以外に、何か切り口を探さないと。

 冒険者たちの足をここに向けさせる、何かを。


ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 貝殻作る能力ないのになんで真珠が取れるん??それ貝殻作る際ゴミを巻き込んそれが奇跡的に丸くなったものよ?
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