7 ○○の味
ある朝のことである。
……いや、外の時間帯など知る由もないけどね。
ここじゃ、私が起きたときが朝なのである!
ともかく、平らに敷いた砂の上で仰向けになり、くーかー、といびきをかいていた私は妙な違和感で目を覚ました。
なんだろう。
腹の上に猫が寝転んでいるような感覚がある。
寝ぼけ眼をこすりつつ、私は腹筋に力を込めて重たい頭を持ち上げた。
よっこらせ、って感じで。
そして、
「……」
目が合った。
なんだこいつは。
まるで頭蓋骨みたいなものが、頭蓋骨にありがちな落ち窪んだ眼窩で私をまじまじと見つめている。
それも、腹の上からだ。
おまけに、穴という穴からねろねろした触手を伸ばして私の腹部を撫で回しているではないか。
ハぎゃア!?
私のもとのは思えない悲鳴が私の口から爆風みたいに噴き出した。
きゃああああ、とか可愛い悲鳴を選ぶ余裕すらなかったね。
弾かれるように立ち上がったところで、またびっくり仰天。
なんと私は無数の頭蓋骨の群れに囲まれていた。
足の踏み場もないほど白い頭がゴロゴロしている。
その一つ一つから触手が伸びてきて私の足を撫で回してうわああああ。
悪夢だ。
こんな光景が現実であっていいはずがない。
しかし、逃げろ逃げろこれは現実だと心臓のほうは急ピッチで警鐘を鳴らしている。
逃げろってどうすればいいの!?
腰から下が凍りついてしまったみたいに動かない。
どうやら腰が抜けてしまったらしい。
断言してもいい。
今、この第5階層において私よりのろまな生物はいないと。
そんな私だったが、さすがに10分も経てば恐怖も下火になってきた。
こいつら、にょろにょろコロコロするばかりで一向に襲いかかってくる様子がない。
小さな段差にハマって動けなくなっているところなんて可愛いとすら思えてきた。
アホらしい。
とりあえず、安全な砂山の上に退避してから私はガルスの手記帳を開いた。
おそらく、何かの魔物だろう。
それも、ドラド・ホーネットを恐れないあたり、あまり賢くないやつに違いない。
「あった」
名前は、『頭蓋貝』。
貝の魔物らしい。
魔力が濃い水辺を好み、かなり遠方からでも水の匂いを嗅ぎつけることができるらしい。
自力では貝殻を作れないため、頭蓋骨を間借りするのだそうな。
食用可(クソの味!!!!!)。
と、魔物図鑑には記されている。
「とりあえず、害はなさそうだね」
温泉の匂いを嗅ぎつけて集まってきたようだ。
無駄におどろおどろしい見た目しやがって。
人間の頭蓋骨はまざっていないだろうな?
「クソの味、か」
ガルスはクソとやらを食べたことがあるのだろうか。
食べないと味なんてわからないもんね。
きっと今の私のようにやむにやまれぬ事態に陥り、嫌々ながらに口に含んだに違いない。
私も贅沢を言ってばかりもいられない。
携帯食料のかぴかぴクラッカーを物々交換で手に入れたから飢餓感こそないが、もう体感3日は満足に食べていない。
栄養バランスも気がかりだ。
味がどんなにクソでも食料を逃す手はない。
私は触手をにゅるにゅるさせた頭蓋骨をそっと持ち上げた。
ごくり……。
よだれを飲んだのではない。
息を飲んだのだ。
食指がまったく向かないが、食べてやる、お前を。
私はここでしぶとく生き抜くんだ。
でも、まずは下処理だな。
入念にやらないと。
というわけで、スカロ・シェルたちを蜜の湯の水たまりに放り込んでおいた。
貝と言えば、砂抜きだ。
何を食べているかわかったものではないし、きれいな水でしっかり排泄させないとな。
◇
そして、3日ほど経った。
ここ数日でクラッカー3枚と石みたいな硬さのパン2切れしか食べていない。
いい感じに飢えている。
今なら愛犬すらステーキにできるだろう。
私は水たまりでぽけーっ、としていたスカロ・シェルを抱き上げて、頭蓋骨ごと沸騰する源泉に叩き込んだ。
慈悲?
ないよ、そんなもの。
あるのは無限の食欲だけだ。
茹で上がる時間すらもどかしいほど腹の虫が暴れているが、ここは念入りに火を通さねば。
じっくりコトコト加熱が済んだら、湯気を上げる肉厚な貝肉を銀皿に盛って私は静かに正座した。
クソの味か。
むしろチャンスだよね。
これは、クソを食べずしてクソの味を知るまたとない機会だ。
そう思おう。
ポジティブ・シンキングを極めれば、この世界はどこもかしこもパラダイスなのさ。
と頭でどれだけ言い聞かせても、うう……。
現実は無情だ。
吐かずに飲み込めるだろうか。
「いざ……」
私はフォークを貝肉に突き立てた。
弾ける肉汁が憎たらしいことに食欲を掻き立ててくる。
匂いを確認……。
意外にも、悪臭はしない。
味はどうだ?
勇を鼓して、端っこにかじりついてみた。
「ぉ!?」
風が吹き抜けた。
爽やかな潮の香りが鼻を抜けていく。
海が見えたぞ!?
見間違いか?
あふれ出した肉汁が舌にまとわりつき、……あれ。
「美味し、い……?」
普通に食べられる。
それどころか、市場に出回っているどんな貝より美味しい気がするような、しないような。
これが、空腹という名のスパイスか。
というのはフェイントで、後からクソの香りが大波となって押し寄せてくる、とか言わないよな。
……いや、来ないな。
噛むたびに濃厚な旨味をまき散らし、貝肉はそのまま何事もなく食道を滑り落ちていった。
「おおお美味しい……」
気づけば私はすべてを平らげた上で、2匹目を源泉にぶち込んでいた。
一体どのへんがクソなのか。
強いて言うなら、クソ美味しい。
噛みごたえのある貝柱の弾力が今も奥歯の上に居座ってよだれを誘ってくる。
熱湯の中でぴやーっ、と断末魔の悲鳴を上げるスカロ・シェルを見ながら、私はなるほど、と手を叩いた。
もしや、ガルスは砂抜きをしなかったのではないだろうか。
ダンジョン内では、水は貴重品だ。
場合によっては黄金にも勝る価値を持つ。
砂抜きなんかに使ったりはしないだろう。
その点、私は無尽蔵に湧き出る湯を贅沢に使って3日がかりで砂抜きした。
そのときに、苦味や臭みも抜けていったのではないだろうか。
要は、調理法次第ってことだ。
こうしている今もスカロ・シェルはアリの行列のごとくやって来ている。
自ら水たまりに飛び込み、せっせと砂を吐いてくれている。
食事のほうから食べられに来た挙句、下処理まで済ませてくれるとは、なんとも都合のいい。
それに、よく見ればけっこう可愛いな。
スカロ・シェルたちは私の指に触手を絡めて楽しそうにクネクネしている。
頭蓋骨を植木鉢あたりに取り替えたら、ペットとして申し分ない可愛さを発揮してくれるだろう。
そんなわけで、ダンジョンに来て初めて満腹を味わった私であった。
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