6 物々交換
カン、カン、カン、カン、カン――。
鍋を叩く音である。
金属には展性という性質があって、こうして石で叩いていけば小さな穴なら塞がるのである。
ドワーフの鍛冶屋になった気分で叩き続けると、ガルスが遺した穴あき鍋は穴なし鍋に生まれ変わった。
これで食材があれば完璧なんだけどね。
ザッ、ザッ、ザッ。
砂利を踏みしめる音が聞こえてきて、私は電撃を流されたネズミのように飛び跳ねた。
地上へ通じる洞窟のほうからこのホールを目指して何かが近づいてくる。
安全地帯だからって音を出すのはマズかったか。
でかい魔物だったらどうしよう。
私はガルス砲に手を伸ばした。
しかし、幸いにしてやってきたのは冒険者御一行だった。
「おっとォ、怪しいもんじゃねえぜ? オレァ、マッカスってんだ。ここいらを縄張りにしている冒険者さ」
あごヒゲのおっさんが大きな手を振り回して快活に笑った。
三度の飯より酒が好きそうな顔をしている。
立派な胸毛を見せつけるように衣服をはだけ、ビッグサイズのブーツを見事に履きこなしていた。
なんというか、これぞイケおじって感じの人物である。
「カンカン聞こえるから来てみりゃよォ、おお? そいつァ鍋か?」
鍋だな。
ナスには見えんだろう。
「違いねえや!」
ハッハッハッハッハ、と豪放磊落な笑い声が轟いた。
なんというか、害意の欠片もない人だな。
笑っているだけで人が集まってきそうだ。
ま、私は油断してやられたりしないがな。
マッカスは背嚢の中から取っ手の折れた鍋を引っ張り出してきた。
巨人に踏まれたみたいにヘコんでしまっている。
「魔物に出くわしたときによォ、とっさに剣を掴んだつもりが鍋の柄でな。そのまま、ぶっ叩いてこのザマってわけよ」
ぱっこーん、と痛快な音が聞こえてくるようで、少し笑ってしまった。
面白いおっさんだな。
「これじゃ水も沸かせねえし、困ってたとこだァ」
「食料と交換でどう?」
「話のわかる嬢ちゃんで助かるぜ。ちょうどメシにするつもりだ。嬢ちゃんも食ってきなァ」
ということなので、ご相伴に与ることにした。
私はよく懐いた犬みたいに尻尾を振りながら、焚き火を囲む輪に加わった。
振る舞われたのは、保存食を湯でふやかしただけの料理だった。
私が普段食べているものと比べたら靴べらみたいなものだが、それでも空腹に染みるし体も温まってきた。
腹が減っては戦ができぬってのは金言だね。
「マッカス、ついでに私を地上まで送る気はない?」
打ち解けたところで頼んでみると、マッカスは苦笑しつつ頭をかきむしった。
「そいつァ無理だな。お前さん鈍臭そうだし。ここを出たら、すぐくたばっちまいそうだ」
「だよねー」
やはり地上には戻れそうもない。
ならいっそ、すっぱり諦めて、ここに根を下ろす覚悟を固めるべきなのかもしれない。
◇
マッカスたちが去っていった後も退屈しない程度に冒険者たちがやってきた。
私がいるこの大広間は攻略ルートの途上にあるらしい。
潜るにも戻るにもみんなここを経由していく。
それも休息ポイントになっているため、多くの冒険者がここで足を止める。
夜の裏路地で占い師をするよりは客足が見込めそうだ。
というわけで、私は露天商を開くことにした。
拾い集めたガラクタを食料と物々交換して食い繋ぐ作戦である。
「その水、飲めるんだろうな」
「もちろん」
「買った。何と交換すりゃいい?」
マッカスが置いていったヘコミ鍋に湧き湯を張っておくと、さっそく買い手がついた。
私は少し考えてから、お客が着ていたローブに目をとめた。
「それと交換で!」
「こんなもんでいいのか? 破れかけのボロ切れだが」
「いいのいいの」
お客は怪訝な顔をしていたが、喉の渇きには勝てなかったらしく交換に応じてくれた。
私はすまし顔でローブを羽織り、店番を続行する。
また、しばらくすると別の客がやって来た。
今度は見るからに悪党といった連中だった。
「物々交換だぁ? 舐めてんのか。お前を2、3発殴って奪やタダじゃねえか」
ごもっともなご意見だ。
私は自然な仕草で座り直しつつ、ローブの肩口をさりげなく見せつけた。
そこには私でも知っている大手冒険者クランのロゴマークが縫い付けられている。
「アンタら、やめときな」
悪党どもの後ろから別の冒険者が口を挟んできた。
お姉さんというほど若くもないが、おばさんと呼ぶほど歳を食ってもいない。
そう、姉御だ。
仲間内で「姉御」と呼ばれていそうな冒険者だった。
「そのお嬢ちゃんは『巨怪狼』のクラン員だよ。あそこと事を構えりゃアンタたちに未来はないよ」
「チッ。命拾いしたなぁ、メスガキが」
悪態をつくと悪党どもは去っていった。
姉御の助太刀は予想外だったが、おおむね作戦通りだ。
後ろ盾もなければ腕っ節もない私がダンジョンを生き抜くには狼の威を借りるしかない。
ローブ1枚で身の安全が保証されるのだから安いものだ。
「賢いお嬢ちゃんだね。アンタ、本当は『巨怪狼』のメンバーじゃないんだろ?」
「バレてた?」
「そりゃ、あそこは実力者揃いだからね。アンタみたいな弱そうな奴は門前払いってもんさ」
姉御は身なりからして魔術師のようだが、ずいぶんとガタイがいい。
私なんか片手でくびり殺しそうな迫力がある。
「怪しいもんじゃないよ? アタシゃ、ジーナってんだ。ここいらを縄張りにしてる冒険者さね」
既視感を覚える挨拶だった。
定型文でも出回っているのだろうか。
「何か困ったことがありゃ相談に乗るよ。また会ったら気軽に声かけな」
ジーナは虎のように微笑むとダンジョンの闇の向こうに消えていった。
冒険者も十人十色だ。
荒くれ者もいれば、マッカスやジーナのように面倒見のいい人物もいる。
ここで長生きしたいなら、お客の善し悪しを見抜く目が大切だ。
などと一端の商人ヅラする私であった。
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