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4 手記帳とブロック


 ダンジョンにせよジャングルにせよ、遭難者がまずすべきことは決まっている。

 水の確保だ。

 最悪、食料なしでも2、3週間はもつらしいが、水がなくては3日とままならない。

 今の私にとって水場の捜索は急務ってことだ。


 であるにもかかわらず、だ。

 目下、私は六角形の横穴でダンゴムシのように丸くなっている。

 手のひらで転がそうが指で弾こうが、今の私は断固として動かないだろう。


 仕方ないじゃないか。

 さっき、深層に通じる洞窟のほうから猛獣の唸り声みたいなのが聞こえてきたんだ。

 私は猛禽類の影を見たウサギのように穴に飛び込んだね。


 水場の捜索?

 無理に決まっている。

 ガルスの徽章は金色だった。

 金等級――つまり、最上位の冒険者だったわけだ。

 そんな彼があっさり死んでしまう中層域で、鈍臭い私なんかがうろついてみろ。

 どんな目に遭うか推して知るべしだ。


 首尾よく水場を見つけたとしても、きっとそこは肉食獣たちの狩場に違いないのだ。

 彼らは、のこのこやってきた私を自慢の牙で歓迎するだろう。

 真っ赤になるまでね。


 というわけで、差し当たって息を殺す以外にできることは何もないので、私はただただ何時間も丸まっていた。

 退屈だ。

 暇すぎてで死にそう。

 意味もなく小石を積み上げてみたり、顔に見える壁のシミとにらめっこしたり、謎の遊びにもそろそろ限界を感じる。


 そんなとき、私はあるものの存在を思い出した。

 冒険者ガルスが遺した手記帳である。

 役立つ情報がありそうな予感。


「読ませてもらうね」


 手垢で褪色した黒い背表紙をたわめて、パラパラパラとめくってみた。

 どうやら、このダンジョンについて記したものらしい。

 どのページも真っ黒になるまで書き込んである。

 ガルスはメモ魔だったみたいだ。

 おかげで情報盛り沢山。

 感謝しつつ拝読させてもらった。


 4部構成になっていて、内訳はページの若い順に「魔物図鑑」「薬草・魔石図鑑」「地図」そして、「日記」となっていた。

 中でも私の興味を引いたのが、地図だ。


 周囲の景観やライオの言っていた「中層域の深層寄り」というヒントを頼りに悪戦苦闘すること数分。

 どうもここは『しじまの大迷窟』と呼ばれる階層であるらしいことが判明した。

 読んで字のごとく、洞窟が迷路のように続いているところで、地図はもはや絡まった糸玉にしか見えなかった。

 ほかの階層と比べて魔物が少ないことから静寂しじまと呼ばれているらしい。

 迷ったら確実に死ぬ、と太字で書き殴ってある。

 迂闊に歩き回らなくて正解だったね。


 ちなみに、この上の第4階層が『偽空の巨森林』。

 この下の第6階層は『溶炎の祭祀場』と呼ばれているらしい。

 どの階層もおどろおどろしい字で危険性が強調されている。

 魔物が少ないだけ、ここはマシなのかもね。


「水場は書いてないな……」


 三角やバッテン印が糸玉のあちこちに記されているが、何を表しているのかさっぱりだ。

 ただ、小躍りしたくなるような記述もあった。


「六角形の穴を見つけたら、それは『金鎧蜂ドラド・ホーネット』の巣である。第5階層の頂点捕食者トッププレデターたる彼らの巣には、大概の魔物は恐れをなして近づかない。カラの巣を見つけたなら、そこは安全と言えよう」


 ほほう!

 要するに、ここがそうなんじゃないの?

 そういえば、焚き火の痕跡があったな。

 ドラド・ホーネットの残り香で魔物が近づかないから、冒険者たちの休息ポイントになっているのだろう。


 ここは、地獄で唯一のオアシス。

 安全地帯というわけだ。

 ま、どのみち水が手に入らなければ枯れて死ぬんだけどね。


 安全だと思うと急に気が抜けてきた。

 私は寝返りを打って縮みきった体をうーんと伸ばした。

 その拍子に、手に何か触れた。

 レンガブロックのようなものだ。

 ガルスが持っていた謎のブロック君じゃないか。

 君はもしかして魔道具だったりするのか?

 魔力を注ぎ込んだら水を出してくれるヤツだと助かるんだけどね。


 手に取って矯めつ眇めつしてみるも、使い道はちっともわからない。

 表面を走り回る光の筋が、なんとなく魔法陣に見える気がするのだが。

 魔法に詳しい弟なら何か気づいたかも。


「案ずるより産むが易しってね」


 さすがに爆発したりはしないだろう。

 えいっ。

 私は横穴に寝そべったまま謎ブロックに魔力を込めた。

 光の筋が輝きを増す。


 イィィィィ――――ンン。


 と、謎の駆動音。

 それで?

 どうなるんだい?

 寝ぼけたトドみたいにボンヤリ見つめる私の前で、ブロックの形状が変わり始めた。

 立方体が展開されて一枚の紙のようになると、端からパタパタと折れて折り紙のごとく再構築されていく。

 私の手の中に持ち手とおぼしき部分が形作られた。

 まるで私のためだけにあつらえたように、手のひらにフィットしている。


 あっけに取られて見守る中、結局ブロックは謎な形状のまま動きを止めた。


「うーん。……棍棒?」


 第一印象がそれだった。

 ただ、持ち手の上で鋭角に折れているから、殴りにくそうだ。

 先端には穴があいている。

 中は気になったが、なんとなく覗き込んではいけない気がする。

 なんだろう、この突起。

 ちょうど人差し指のところに、レバーみたいなものが生えている。

 これを引くとどうなるというんだ?


『認証…………た』


 急に声が聞こえてきたので、私の心臓が胸の中で飛び跳ねた。

 慌てて振り返るが、誰もいない。

 そもそも、後ろからというより、頭の中に直接聞こえてきたような。


『生体情、を登……し、あ、たに権限……一部を委譲……す』


 幼い女の子の声だった。

 それにしては、言葉が一音一音ハッキリしすぎていて人間味がまるで感じられない。


『……、……用支援火……カノンモー……。敵性オブ、クトを認……ません。使……際し、は……心の注……を、ってく……い』


 ザザ、ザザと耳障りな音で聞き取れたものではなかったが、人差し指のレバーが点滅しているのを見るに使い方は察しがつく。

 これ、引けばいいんだよね。

 先端の穴から水が出てくるといいな。

 ジョウロみたいに。


 私は文明を知らない猿のように何の疑いもなく引き金を引いた。

 穴から出てきたのは水ではなかった。

 光の玉だった。

 光球は横穴の奥の岩壁に吸い込まれて、消えた。

 その一瞬後のことだった。


 岩壁が吹っ飛んだ。


ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!

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