35 道の駅のひととき
「ここが脱衣場だよ」
双子の弟妹たちを自慢の風呂場に案内する。
ここから先は男女別々だ。
ルークとはここでお別れになるね。
「また姉上と離れなくてはならないなんて……」
ルークはマッカスたちオッサン連中に引きずられるようにして男湯に消えていった。
悲愴な面持ちがなんともいたたまれない。
私はルージュと一緒に女湯だ。
「わぁーっ! 立派なお風呂ですね、お姉様!」
ルージュが瞳を宝石のように輝かせている。
ダンジョンを汗だく泥まみれになって歩いた後だけに、湯が光って見えるだろう。
でも、体を洗うのが先だよ。
地獄の底にも銭湯マナーだ。
シャンプーで頭を泡立て、ボディーソープで体を泡まみれにしてやる。
「気持ちいいです、お姉様ぁー!」
そうだろう。
私も久方ぶりに入浴したときは生き返ったようだった。
あんたは、そのときの私ほど汚れていないね。
『蜜の湯』を全力で楽しみたいなら3週間は禁浴しないと。
手作りシャワーで泡を流したら、準備オーケー。
そら、飛び込むよ。
珍しく貸し切り状態なので、遠慮なくダイブさせてもらう。
銭湯マナーのことはもう忘れた。
「あぁはーっ。体が溶けてしまいそうですぅー」
そりゃ何よりだ。
でも、私は浮き輪じゃないんだ。
そんなに引っ付いてこないでくれ。
せっかく広いんだからさ。
今なら大の字で浮かんでも誰も文句は言わないよ。
と思ったが、誰か来た。
ジーナだった。
彼女は、道の駅にいるとき、大半の時間を入浴に費やしている。
大の風呂好きなのだ。
「その子かい? ナインの妹ってのは」
「そうだよ。私と違って賢そうでしょう?」
「なに言ってんのさ。アンタにそっくりだよ」
それは私からすれば褒め言葉だが、ルージュからすれば屈辱的評価だ。
でも、なぜかルージュは喜んでいた。
「わたくしはお姉様みたいになりたくて努力してきたので嬉しいのです」
ということらしい。
「アンタの姉貴はすごいんだよ。この地獄に道の駅なんて作っちまってさ。おかげで、アタシら冒険者は大助かりだよ。みんな感謝しているんだ」
ルージュはさらに機嫌をよくして、ふふん、と鼻を高くした。
「昔からお姉様は機転が利くのです。わたくしの自慢のお姉様なのです」
そうなのか?
私なんて小賢しいだけだぞ。
領主令嬢じゃなければ、悪徳商人でも目指していたに違いないのだ。
「しっかし、ナインが領主家のご令嬢だったとはねぇ。そうとは知らず、アタシゃずいぶん無礼な態度をとっちまったよ。不敬罪で死刑とかやめとくれよ?」
ジーナは意地悪っぽく笑っている。
そんなことしないって。
死刑にされる側の気持ちは痛いほどわかるからね。
◇
さっぱりしてから、風呂の外へ。
ルークは一足先に上がっていたらしく、なぜか岩の上で伸びていた。
近くには酒瓶が転がり、マッカスが裸踊りしている。
風呂上がりの蜂蜜酒で盛り上がっていたらしい。
ルークはともかく、マッカスの飲み仲間どもはみんな素っ裸だからルージュが赤面している。
私は慣れたけどね。
「嬢ちゃんもどうだァー! ヒャハハ!」
イケおじの面影すら感じさせない下品っぷりだった。
マッカス、あんたは死刑だよ。
妹の目を汚した罪だ。
千鳥足のルークを担いで食堂に向かう。
私は飲まないクチだから、風呂上がりはシャイナの作った蜂蜜フロートと決めている。
冷たさと甘さが火照った体に効くのだ。
氷魔法担当のウルスが給仕もしてくれた。
相変わらず、執事服がよく似合う。
「どうぞ、お嬢様」
ご苦労さん。
「ウルス、いつも以上にかしこまっているね」
「もちろんです。ナインさんは本物のお嬢様だったわけですから」
ウルスはどこで身につけたのか知らないが、完璧な所作で一礼した。
「お気づきのことがございましたら、このウルスになんでもお申し付けください」
もう、あなたはウチで働きなさい。
冒険者より執事のほうが似合っているよ。
「な、ななナイン様ぁ! おくく、お口にお合いますですかぁ……!?」
シャイナが大きな体をわたわたさせて、よくわからない敬語を使っている。
「いつも美味しいよ、シャイナ」
と伝えると、ホッとしたご様子。
みんな私が領主令嬢だとわかった途端、これだ。
このダンジョンのド真ん中で地上の肩書きなんて意味を成さないのにね。
ほら、ルーク。
シャイナのスイーツはどんな職人の作るものより美味しいよ。
あーん。
「ずるいです、ルークばっかり! わたくしもお姉様にあーんしてもらいたいのに!」
「ボクも光栄すぎて死にそうです。酔いが一瞬で飛んでいきました。姉上のあーん、とっても美味しいです!」
「わたくしも! お姉様、わたくしも!」
「いけません、姉上。ルージュとは一緒に入浴したではないですか。今度はボクが姉上を独り占めする番です!」
「「…………」」
喧嘩の前の静けさだ。
コホンと咳払いで仲裁しようと思ったそのとき、ライオがルークと私の間に割り込んできた。
「おい、お前! ナインにベタベタするなよ! 誰だ、お前は!」
ルークが胸ぐらを掴まれている。
現役の領主様だと教えてやろうか。
胸ぐらなんて掴もうものなら、処刑台行きの馬車に放り込まれるぞ。
「誰ですか、あなたは! 姉上のなんなのですか!?」
「俺はナインの、その。……知人だよ」
ライオの威勢が急に減退した。
だな。
知人だ。
それ以上でも以下でもタコでもない。
家族団らんに水を差すな。
「ただの知人だが、俺はナインをすごい奴だと思っているんだ」
ライオが苦し紛れに言い放ったセリフが、ルークの琴線に触れたらしい。
なんだか目をキラキラさせている。
「わかりますか、あなたにも。そうなのです、ボクの姉上はすごいのです。『勇者の果て地』を歩いてみて、つくづく思いました。こんなところに、道の駅を築いてしまった姉上はとてつもない天才なのです」
「フッハ。意外と話がわかるじゃないか。そうなんだよ、この前の階層主討伐戦なんて鬼神のごとき活躍でな」
「道中、すれ違った冒険者から聞きました。姉上が見事階層主を倒されたのだとか」
「あれは、すごい戦いだったなー」
「ぜひ、聞かせていただきたいです」
なんだか知らないが、意気投合していた。
ライオなんかとウマが合うなんて、うちの弟は大丈夫なのか。
「シャイナよ、蜂蜜フロートを頼めるかのう」
いつの間にか、ベナッフがいた。
半裸でほくほくと湯気を立ち昇らせている。
風呂上がりに蜂蜜フロートを頼むのは私とベナッフくらいのものだ。
切腹爺さんとウマが合う私も大概だな。
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