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34 再会


 私には弟と妹がいる。

 双子だ。


 弟の名は、ルーク。

 魔法の才があり、私の10倍頭がいい。


 妹の名は、ルージュ。

 剣の扱いに長けていて、私の10倍頭がいい。


 姉を嫉妬に狂わせる優秀な弟妹たちだ。


 今頃、何をやっているのだろう、と地上を見上げては気にかけていたが、まさかの再会だった。

 それも、この地獄と呼ばれる最難関ダンジョンの中層域でだ。


 二人は今、私を押し倒した上で猿の子みたいに抱きついている。

 ノミを打ち込む隙間もないくらいピッタリとだ。


 私、臭くない?

 風呂には毎日2回ずつ入っているから大丈夫だと思いたい。

 つか、あんたたちのほうが臭いな。

 なんというか、ダンジョンの中を数日間さまよっていた犬みたいな臭いがしている。

 感動的再会のはずだが、鼻つまみものなのだが。


 厨房の床で辟易していると、二人の頭越しに騎士たちの姿が見えた。

 一瞬ギョッとする。

 だが、汚れきった甲冑にルスト領の紋章が描かれているのを見て、一安心。

 ロスガ卿の姿は、……ないな。


 状況がよくわからない。

 領主であるロスガ卿が自ら騎士団を率いてやってきた、みたいな話じゃなかったか?


 まあ、なんだ。

 私も弟妹たちの元気な姿を見られてホッとした。

 ロスガ卿を蹴倒して逃避行を開始したのが、だいたい2ヶ月前のことだ。

 二人も苦労したはずだ。

 そこら辺の話を聞かせてくれる?


 とりあえず、食堂に場所を移す。

 石造りのテーブルが並んだ広いスペースを半分ほど占有し、私と弟妹たちが着席、騎士たちは直立不動の構えである。

 残りの半分の席では冒険者たちが何事かとこちらをうかがっている。

 私も知りたい。

 一体何事なんだ!?


「まずは、姉上。変わらぬ凛々しいお姿を拝見できて、ボクは衷心より安堵いたしました」


 相変わらずの堅苦しい口調でルークが一揖した。

 すると、その横でルージュがムッと頬を膨らませて、


「わたくしが先にお声をかけるつもりでしたのに」


 とか言っている。


「お姉様、必ず無事でいらっしゃると思っていました! またお会いできて嬉しいです!」


 ルージュが身を乗り出して私の手に触れた。

 すると、今度はルークがムッとして同じように私の手を取った。


「もしかして、探してくれていたの?」


 私は何から話したものかと思いつつ、そう尋ねた。

 二人は同時に首を縦に振った。


「ロスガ卿の騎士団から逃げおおせた後、ボクとルージュは」


「王都におわす国王陛下のもとへ足を運びました。ルスト家に反逆の意思が」


「ないことを直訴するためです。すべては」


「ロスガ卿の謀略であったことを」


「ボクたちは」


「わたくしたちは」


「「懸命に訴えました」」


 交互にしゃべる芸、久しぶりに見たな。


「陛下もロスガ卿の動向を懐疑的に見ておられたようで、わたくしたちに」


「理解を示してくださいました。そこで、ボクたちは各地の領主から支援を受け」


「ロスガ卿打倒のために」


「2万の兵とともに帰郷したのです」


 え、戦争になったの!?

 私が地下深くで名湯に至福のため息をこぼしていたまさにその時、地上では血みどろの抗争が繰り広げられていたのか。

 それも、2万か。

 すごい数だな。

 ルスト領は辺境の小領地だから、兵卒なんて農民と兼務の300人くらいしかいない。

 ロスガ領はもっと少ないだろう。


 ちょっと戦争の様子を想像してみた。

 蟻の行列がバッファローの大群に踏み潰される光景が頭に浮かんだ。

 当たらずも遠からずだろう。


「かくして、ロスガ卿を討ち」


「領地を取り戻したボクたちは」


「暫定的に共同領主を名乗り」


「ルスト領を再興したのです」


 力説する二人から苦労のほどがうかがえる。

 共同領主ね。

 領主が直々に、というのはそういうことか。


 ルークとルージュが揃って頭を下げた。


「姉上」


「お姉様」


「「申し訳ありません……ッ!!」」


 どうした?

 何を謝る必要があるっていうんだ?


「ボクたちはルスト家の名誉を守ることを優先し」


「お姉様の捜索を後回しにしました」


「「申し訳ありません!!」」


 綺麗にハモった二人分の謝罪は突風を感じるくらいインパクトが強かった。


「全然気にしていないよ。むしろ、お礼を言いたいくらいだ。本来、長子の私がすべきお家再興を果たしてくれたんだからね」


 私は二人分の頭をなるべく優しく撫でてやった。

 顔を上げたルークとルージュは心底ホッとした様子だった。


 いやぁ、しかし、すごいね。

 私の弟妹たちは。

 着の身着のままで逃げ出したところから、ロスガ卿に逆転打を叩き込んだのも大したものだけどさ。

 この地獄まで自分の足で下りてきたのも驚きだ。

 私なんてバリケードの外に一人で出られる気がしないよ。

 私の弟妹たちは頭がキレるだけでなく、腕も立つからね。

 姉とは大違いだ。


「でも、私がここにいるってどうやって知ったの?」


「う――」


「噂を聞いたのです」


 ルークのセリフを跳ね除けるようにしてルージュが言った。


「『勇者の果て地』の中層域に道の駅を作ったという人物の話を。冒険者らしからぬ装いの少女で、人を動かすすべに長け、一風変わったアイデアを次々に実現する人物だと。わたくしはすぐにお姉様だと確信しました」


 そう?

 その特徴で私を思い浮かべる意味がわからない。

 私なんて家柄以外に取り立てて見所もないと思うけどね。


「大変な道のりだったでしょ。ここに来るのに1週間くらいはかかったんじゃない?」


 私はねぎらいを込めて訊いた。

 ルークが首を勢いよく横に振る。


「いえ、これ以上姉上をお待たせするわけにはいきませんでしたので。所要3日といったところでしょうか」


 そりゃすごい。

 上位の冒険者でも片道5日はかかるのに。


「ボクは一刻も早く姉上にお会いしたかったですから、苦ではありませんでした。もっとも、ルージュは弱音ばかり口にしていましたが」


 さっきのお返しとばかりに、チクッ。

 刺されたルージュがわかりやすく機嫌を斜めにした。


「わたくしはペース配分も大事だと述べたまでです。ルークなんて泣いていたくせに」


「お辛い状況に身を置かれた姉上のことを思うと涙が止まらなかっただけだ。ボクが急かしたおかげで姉上に1日早く会えたのを忘れないでもらいたい」


「わたくしが道の駅の場所を突き止めたおかげで1日節約できたこともお忘れなく」


「ボクが姉上を先に見つけたんだ」


「わたくしが先に抱きついたのですよ」


「だいたいルージュがしゃべるせいでボクは姉上と半分しか話せないんだ」


「それは、わたくしのセリフです」


「「…………」」


 腹を空かせた雛鳥みたいにピーチクパーチクしていた二人が急に静かになった。

 あ、これ喧嘩になるやつだ。

 ただの弟妹喧嘩ではない。

 剣と魔法が交差する派手な奴だ。


 久しぶりの感覚が蘇り、私はコホンと咳払いした。

 今にも取っ組み合いを始めようとしていた二人がハッと我に返って居住まいを正す。


「姉上の御前で」


「お姉様の前で」


「「お見苦しいところをお見せましました!」」


 ふたたび、揃って頭が下げられた。

 よろしい。

 私は仕切り直すように言った。


「こうして生きてまた二人に会えて嬉しいよ」


 そんなつもりはなかったけど、しんみりした空気になってしまった。


「姉上っ!」


「お姉様っ!」


 ルークとルージュがテーブルを飛び越えて抱きついてくる。

 よしよし。

 頑張った弟妹たちをたっぷり抱きしめ返してやる。


 なんだか知らないが、冒険者たちが感極まって泣いている。

 騎士たちは疲れきった顔に早く座らせてくれと本心を滲ませていた。

 うちの双子が申し訳ないね。

 こと休むことに関しちゃ道の駅に勝るところはない。

 ゆっくりしていってくれ。


「ところで、父上と母上は今なにしているの?」


 二人が領主を名乗っているということは、両親の不在を意味しているのだが。

 答えを聞くのが怖かった。


 ルークが薄暗い顔で言った。


「父上と母上でしたら、ロスガ卿の追撃を逃れた後、王国を出られたそうで」


 ルージュが顔に影を落としてこう続けた。


「隣の国で芋農家を始めたそうです」


 え……。

 すべてを捨てて芋農家に転身したってこと!?

 娘たちが頑張っているってのに、なに楽しそうなセカンドライフを始めているんだ、あの馬鹿夫婦は。

 私たちのことは心配じゃないってか?


 二人は声を揃えてこう言った。


「「子供ならまた作ればいいじゃない、だそうです……」」


 芋か私らは。

 そりゃ地中に埋もれているけどさ……。

 いや、もう金輪際、両親のことは考えないことにしよう。

 胸糞悪くなるだけだ。

 とっとと忘れちまえ。


 私があずかり知らないところで、いろいろあったんだな。

 ルスト領は再興し、ロスガ卿には鉄槌が下った。

 めでたしめでたしってことでいいのか?

 ま、それはそうと、だ。


「あんたたち、臭いね」


 私は双子たちに言ってやった。


「お風呂、入っていきなさい」


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