33 突然の来訪者
第5階層の階層主を倒したことで、私は一躍トップ冒険者とみなされるようになった。
たいていの冒険者は私と目が合うとビクッ、として顔を背けるか、気をつけの姿勢で硬い笑顔を返してくる。
その実態は、ただの雑魚なんだけどね。
軽んじられるよりはいいか。
駅長の名に『階層主殺し』の箔がついた。
でも、すべきことは何も変わらない。
今日も今日とて駅長業務に励むだけだ。
ある朝、目覚めると、大広間に人だかりができていた。
また誰ぞハラキリショーでも催しているのかと思ったが、どうも違うらしい。
白くて艶やかで大きな丸いものが彼らの視線を釘付けにしていた。
「おお、ナイン。見てくれよ、これをさ」
白い玉に寄りかかって前髪からキラキラを飛ばしているのは、ライオだ。
ウルスとシャイナも一緒である。
このデカイの、なに?
「なんだと思う?」
いいから答えろよ、と目で伝える。
「階層主から採れた真珠さ!」
ライオはひどく得意げだった。
なんでも、ライオたちは例のトンネルにお宝探しに行っていたらしい。
魔石がごろごろしていたからね。
そこで、土砂に埋もれた巨大真珠を見つけて、えっちらおっちら3人がかりでようやく転がしてきたのだとか。
「で、どうするの? これ」
大量の松ぼっくりを拾ってきた子供をたしなめる母親のような口調で私は問いただした。
相当な価値があるのは確かだ。
でも、サイズ的に地上まで運ぶのは難しいだろう。
いなくなっていた魔物も戻ってきつつあるわけだし。
「まあ、何かに使えるだろ」
ライオが何も考えていなかったことを白状した。
呆れるよ。
私が使い道を考えてやるか。
ということで、大広間の真ん中に置いてみた。
魔除けの縁起物・兼・階層主討伐の証として。
ロスガ卿の銅像よりは見栄えがするだろう。
すると、その日のうちに人気スポットとなった。
冒険に出る冒険者たちがみんなありがたそうに巨大真珠を撫でていくのだ。
どうやら、安全祈願のパワースポットとなったらしい。
「フッハ。俺の狙いどおりだぜ」
ライオはそううそぶいていた。
調子のいい奴だ。
◇
駅長は雇用主だ。
雇用主たるもの従業員の健康には気をつかわねば。
シャイナなんかは特に働き詰めだ。
料理人としての腕前がずば抜けているから、お客が離してくれないのだ。
駅長命令で3日ほど休暇を出そう。
その間は私が鍋を振るってやる。
冒険者諸君は感謝するように。
料亭の仕事はいい。
酔っ払って口が軽くなっている奴がたくさんいるから、地上の情報やダンジョン事情を知るいい機会になる。
最近は冒険者たちの縄張りが変わってきているらしい。
道の駅ができたことで深層攻略の負担が大幅に軽くなったからだ。
中層域で甘んじていた中堅冒険者が深層に足を伸ばすようになり、もともと深層組と呼ばれていた連中はさらなる深層を目指すようになった。
このあたりをテリトリーにしていたマッカスやジーナも深層攻略の計画をあーでもないこーでもないと話し合っている。
ダンジョンの潮目が変わりつつあるのを感じる。
潮流を掴んで儲け話をものにしないとね。
「そういや、表で騎士団の連中を見たぞ」
スカロ・シェルの貝柱を薄切りにしようとした私の手がピタリと止まった。
耳に意識が集中する。
「はえー! 領主様が直々にねえ!」
「ここまで遥々視察に来たってか!? 熱心だねえ」
「やっぱ、あれか? この道の駅はそれだけ価値があるってことか?」
「そりゃそうだろうよ、なんたって――」
そこから先の話がまったく頭に入らなかった。
表に騎士団?
領主が直々に?
この道の駅まで?
天と地がひっくり返った気分だった。
心臓がバクンバクンと暴れだし、ゾッと背筋が粟立った。
領主が騎士団を伴ってこの道の駅までやってきた!?
なんで?
そんなの決まっている。
私だ。
ルスト家の令嬢たる私が生きているという情報を掴んで直々に手を下しにきたに違いないのだ。
いや、でも、ロスガ卿自らそんなことをするか?
腕利きの冒険者でも命を落とすこの地獄に、わざわざ?
冒険者の足で5日もかかる距離なのに?
疑問がぐるぐると脳裏を回った。
その答えが出る前に、足音が聞こえてきた。
ザッザッザッ、と規則正しい足運び。
甲冑のこすれ合う金属音。
これは冒険者の気配ではない。
訓練され統率の取れた騎士たちの足並みだ。
私は厨房の奥に走った。
行き止まりだ。
逃げ場はない。
やり過ごさないと。
うつむいて、せっせと手を動かし、下働きの幸薄げな女の子みたいな空気を滲ませる。
こんなことでは誤魔化せないとは思うけど、他にできることがない。
食堂のほうが静かになった。
いつもうるさい酒場もだ。
足音がすぐそこまで迫っている。
騎士団はもうすぐそこだ。
見つかれば私は殺される。
奇跡的に逃げ出せたとしても、この道の駅以外に私の居場所はない。
第5階層の大迷宮に逃げ込んでも、やがては野垂れ死ぬだけだ。
……あれ?
もしかして私、詰んでない?
もう、この世界のどこにも私の逃げ場はないんじゃないか?
全身の血が一気に冷めていった。
詰んだ。
さっきまで創作料理を喜々として作っていたのに。
肉まんの一つに唐辛子をぶち込んで、食堂から聞こえてくる悲鳴を楽しんでいたのに。
急に詰んだ。
急に死んだ。
私、死んだんだ。
まじか……。
頭が真っ白になった。
迫る足跡。
もうすぐそこだ。
どうせ死ぬなら……。
私はガルス砲に手をかけた。
頭の中で何か声が響くが、そんなものどうだっていい!
どうせ死ぬなら――。
私は振り返って、ガルス砲を構えた。
刺し違えてやらああああああああああああああああああああ!!!!!
「姉上っ!」
「お姉様っ!」
ああああ……?
砲口の先によく似た二つの顔があった。
一人は男の子、もう一人は女の子。
性別こそ違うが、顔つきは鏡に映したように瓜二つだ。
どちらも見覚えがあった。
なんたってそりゃ、家族だからだ。
私の、双子の弟妹たちだった。
「姉上ぇ――っ!!」
「お姉様ぁ――っ!!」
弟と妹が両腕をダイナミックに広げて飛びついてくる。
なぜ、あんたたちがここに?
とかクエスチョンマークで頭をいっぱいにしながら、私は厨房の床に押し倒されたのだった。
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