3 領主令嬢はかくあらん
私はありったけの悲恋みを込めた目で、去っていくライオたちの背中を見送った。
あるいは、後ろ髪を引かれて戻ってきてくれるかも、などと淡い期待を抱きながら。
結果はまあ、あれだな。
ぽつねんと残された私の可哀想な佇まいを見てくれればわかるだろう。
「はあ……」
胸の中で膨らんできた寂寥感をため息に変えて吐き出してはみたが、洞窟に虚しく響いた吐息で私の孤独は深まるばかりだった。
「勇者の果て地かぁ……」
それも、中層域ときた。
まさか生きたまま地獄に放り込まれる日が来るなんてね。
私の前世はきっと相当な悪党に違いないのだ。
「みんなは大丈夫かな」
現実逃避気味に家族とメイドたちの行方に思いを馳せてみた。
両親は共におおらかで年がら年中ひなたぼっこしているような人たちだが、悪運は強そうだし、ちゃっかり生き延びていそうな感がある。
メイドたちも無事だろう。
さすがのロスガ卿も一族郎党皆殺しなどという人聞きの悪いことはしないはずだ。
仮にも逆賊を討つという錦の御旗を掲げて我が家に乗り込んできたわけだしね。
となると、心配なのは、あの子たちか。
私には弟と妹がいる。
双子だ。
魔法の才があり私より10倍頭がいい弟と、剣の扱いに長けて私より10倍頭がいい妹だ。
私には取り立てて光るものはないので、なんなら才能をすべて弟妹たちに奪われてしまったと勝手に被害妄想を募らせていたりする。
あの子たちなら追っ手をまくくらい造作もなさそうだ。
なんだよ。
結局一番ピンチなのは私じゃないか。
現実逃避終了だ。
私は、私の身の安全だけに集中したほうがよさそうだな。
状況は絶望的。
でも、どっちみち地上に戻ったところで死刑囚の私に居場所などないのだ。
なら、あえてここは仙人のごとく諦観した瞳でもって現状を見つめるとしよう。
目を閉じて3つ数えれば、……ほら。
心が朝の湖畔のごとく澄み切ってきた。
深呼吸してみよう。
ああ、カビの臭い。
そして、グーと腹の虫が鳴いた。
締まらないね。
ともかく、だ。
どんなときも領主令嬢らしく、常に知的で優雅に振舞わないとだ。
というわけで、改めて、周囲を見渡してみた。
相変わらず陰気な洞窟だ。
ところどころ砂山が黄土色の裾野を広げていて、焚き火の跡がいくつかある。
私がいるのは広々とした大広間のような場所だった。
横穴が二つばかり黒い口を開けている。
一つはライオたちが入っていったから、深層に続いているのだろう。
なら、もう一つが地上へと通じる道か。
道がわかったところで私にはどうしようもないけどね。
ぷらぷらしていると、ホールの奥のほうで妙なものを見つけた。
壁一面に六角形の横穴があいている。
見たところ、蜂の巣のようだが、気のせいだろう。
なんせこの穴、屈めば入れるくらいの大きさがある。
最難関ダンジョンの中層域とはいえ、こんなにでかい蜂がいてたまるか。
ないない。
絶対にないな。
そう何度も自分に言い聞かせつつ壁伝いに歩いていると、私のつま先に何かが当たった。
それは、コロコロと転がって小気味よい音を響かせると、こちらを向いて止まった。
シルエットは漬物石みたい。
でも、石よりは軽く、中は空洞で大きな穴が二つ並んでいる。
同じものを見たことがある。
骨格標本のてっぺんに乗っかっていた。
要するに、頭蓋骨だ。
こっちを見て、笑っていた。
悲鳴を上げなかったのは、私の肝が太いからではない。
細すぎて悲鳴すらままならなかったのだ。
頭蓋骨の持ち主もそばにいた。
冒険者とおぼしき出で立ちの男があぐらを組んで壁にもたれかかっている。
もちろん、こちらも白骨化済みだ。
一体どこの誰で、いつからここにいたのだろう。
なんにせよ、縁起の悪い。
お前もこうなるぞと暗示しているみたいじゃないか。
しばらく白骨死体の周りをうろついてから、私の中で決心が固まった。
申し訳ないが、持ち物を漁らせてくれ。
私はこのとおり着の身着のまま逃げてきたので何も持っていないのだ。
あんたはもう使わないだろう。
なら、私に使わせてくれ。
墓を作って丁重に葬ってやるから、スケルトン化して取り返しにくるとか絶対やめろよな。
しかしまあ、人生とはわからないものだよ。
昨日まで最高級茶葉の香りをバルコニーで楽しんでいた私が、地の底でせっせと死体あさりだ。
他人の墓穴を掘って流した汗に一抹の達成感を覚える日が来ようとは、いやはや……。
さて。
ここで、戦利品を発表しよう。
私は白骨死体から略奪した品々を並べて、仁王立ちで見下ろした。
まずは、剣だ。
多少の経年劣化は見られるが、刃は鏡面のような輝きを維持している。
名剣の類かもしれない。
それから、篭手にベルトに膝当てにブーツ。
全部朽ちかけているが、まあ、新品同然でも死体が着ていたものを身につける胆力は私にはないかな。
他には、羽ペン、手記帳、銀のカップにフォークとスプーン、穴あき鍋に砥石にロープに投げナイフが数点とくたびれた背嚢、他いろいろ……。
で、これはなに?
私はレンガブロックのようなものをしげしげと眺めて首を傾けた。
表面に光の筋が浮かんでいる。
何か知らないが、迂闊に触って爆発されてもかなわない。
後回しにするか。
その隣にある首飾りを手に取ってみた。
チェーンの先に小さな金のプレートがぶら下がっている。
冒険者の証、冒険者徽章だ。
そこには、『ガルス』と記されていた。
あの白骨死体の名前に相違あるまい。
ごめんね、ガルス。
あんたの持ち物は今から私のものだ。
遺志を引き継いで無念を晴らしてやろうなんてこれっぽっちも思わないが、億が一、地上に戻れたなら改めて墓を作ると約束しよう。
ここで果てた勇者ガルスの墓を、きっと。
そのためにも、私は模索しなければならない。
この地獄で生き残る道を――。
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