28 鬼の居ぬ間にザックザク
「おっ宝、おっ宝、ザックザクー」
ライオが両腕に山ほどの貴鉱石類を抱えてスキップしている。
幼稚だねえ。
と普段なら大人の高みから冷笑するところなのだが、今日に限っては気持ちが理解できる。
魔物がいないダンジョンは警備員のいないジュエリーショップも同じだった。
濡れ手に粟というか、掴みたい放題の盗りたい放題だ。
笑ってしまうくらい簡単に金目の物が手に入る。
「ここなんか普段は魔物のたまり場になっているんだけどな。鬼の居ぬ間によっこらせっと」
ライオはまたしても巨大な結晶石をゲットした。
桃色の結晶に無数の金箔が閉じ込められている。
「『金桜石』だ。こいつは上物だぞ。階層主だかなんだか知らないが、大感謝だぜ」
不謹慎だ。
その階層主に私は唯一の住処を奪われそうになっているんだぞ。
「ナインさん、疲れていませんか?」
ライオと違ってウルスは今日も紳士的だ。
差し出してくれた水を私は感謝しつつ飲み干した。
『蜜の湯』を一口飲めば、失われた体力がなみなみと満ちあふれてくる。
これがなければ、私はとっくに音を上げていただろう。
ライオもウルスもシャイナも銀等級の名は伊達じゃない。
私の3倍は速く歩くし、10倍は周りが見えている。
「私、足手まといだね」
「そんなことはない。ナインさんは素敵ですから」
ウルスがすかさず励ましてくれた。
微妙にフォローできてないけど、真っ直ぐな目には誠意を感じる。
機嫌を直してやるとしよう。
「皆さぁん、お昼でぇーすぅ! 今日はお鍋でぇす!」
鍋蓋をカンカン叩く音とともに美味しそうな匂いが流れてきた。
シャイナが腕によりをかけて作ったダンジョン闇鍋に舌鼓を打つ時間だ。
見た目はいたって普通の鍋だった。
しかし、材料が普通じゃない。
シイタケに見えるものはキノコの魔物で、ニラに見えるのはそこら辺に生えていた雑草。
肉はコウモリの魔物で、こんにゃくに関しては出所不明だ。
まあでも、シャイナの料理だからね。
美味しいよ。
ツララ茸はまさにモヤシだった。
胃の内側から寄生されないように祈りつつ全部いただいた。
こうして、迷宮のど真ん中でのんきに鍋をつついていると、いるかどうかもわからない階層主のことなんて心底どうでもよくなってくる。
単に、考えないようにしているだけかもしれないけど。
なんせ道の駅が潰されたら私はおしまいだ。
嫌でも最悪の想像が念頭に上がってくる。
現実逃避の材料には事欠かないのだ。
ま、どうせ人間いつか死ぬんだし、それが遅かろうが早かろうが結果は変わりゃしない。
死んでからのほうが長いくらいさ。
それこそ、私が死んでからも何千年も何万年も何千兆年も世界は続くわけだしね。
私の一生なんて取るに足らないものなのさ。
とか諦観しつつも、いざとなったら泣き喚くんだろうけどね。
残ったお汁にライスを混ぜて食べてから、出発の準備をする。
「そろそろ、バッテンの位置です」
地図に置かれたウルスの指はつい先日崩落があった場所を示している。
目下、階層主がいると目される場所だ。
「行きたいような、行きたくないようなー」
美味しいものをたらふく食べたせいか、まぶたが幸せな感じで重い。
大怪獣と対決したい気分じゃないな。
調査の前に鋭気を養うってことで、ここで一泊していかない?
「フッハ。らしくないな、ナイン。臆したか?」
「大丈夫。ナインさんのことは僕が守りますから」
「あっ、お前、また俺のセリフを取りやがって」
ライオとウルスがまたぞろ火花を散らし始めた。
その元気、分けとくれよ。
シャイナと目を合わせて、クスクス。
その時だった。
ズン――。
ダンジョン全体が大きく跳ねた。
真っ直ぐ立っていられず、私はその場に尻餅をつく。
ゴォ――。
何か暴風のようなものが洞窟の奥から近づいてくる。
「うおおお! ナイン!」
「ナインさん! 伏せて!」
男二人組が私の上に飛んでくる。
その上からさらにシャイナが覆いかぶさって、3人分の重みで私は圧死しそうになった。
直後に、ドカァーン、と衝撃。
シャイナの可愛い絶叫が耳元で響いた。
小石まじりの突風が駆け抜け、砂埃が霧雨のように降ってくる。
大岩が落ちてきて、お宝が詰まったライオの荷袋を押し潰した。
ゴシャ、っと。
「なに!? ガス爆発とかぁ!?」
私が声をひっくり返しながら質問を投げかけると、
「いや、崩落だ! 近かったぞ!」
ライオの叫ぶような声がすぐそばで聞こえた。
ガラガラ、と雷みたいな音がダンジョンに轟いている。
大岩が転がる音だろうか。
揺れと崩落音が収まるまで、体感で2分はかかったと思う。
実際は、30秒かもしれないけど。
「重い。降りてくれ」
肋骨が折れそう。
シャイナが立ち上がると、一気に楽になった。
ま、おかげさまで怪我ひとつないのだけど。
「大丈夫ですか、ナインさん」
「まあまあだね」
こんな時まで紳士的なウルスに手を引かれ、私は立ち上がった。
かつてないほど近いところで崩落が起きたみたいだ。
棒立ちしていたら爆風で凧みたいに飛ばされていたかも。
食後の眠気のほうは吹っ飛んだけどね。
「行ってみよう」
姉御たちの安否も気がかりだ。
急がねば。
私は先頭に立って走り出した。
……すぐ抜かれたけどね。
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