25 第5階層の異変
物々交換をやっていると、たまに妙なものが回ってくる。
呪いの呪符セットだったり、異民族のお面だったり、貝殻ビキニだったり。
ま、いろいろだ。
冒険者たちは意外と不用品を持ち込んでいるものなのだ。
たいていは邪魔になって捨てることになる。
捨てるくらいなら物々交換に出そうと思い立ち、私のところに回ってくるのである。
「ナインさん、本日の営業、無事終わりました」
『はちみつ亭』の食堂でシャイナとホットケーキをついばんでいたところ、ウルスがやってきた。
彼には雑貨屋を担当してもらっている。
紳士的で生真面目でハンサムだからお客からの評判も上々だ。
特に、女性客から贔屓にされているらしい。
リピーターも多いのだとか。
罪な男だね。
「また面白いものが手に入りました。なんだと思います?」
「ゴブリンの耳のホルマリン漬けとか?」
「惜しい。執事服です」
どう惜しいんだ?
というツッコミはさておき、さっそく着せてみた。
もちろん、ウルスにだ。
「ど、どうでしょう? ナインさん」
うん、似合っている。
もともと、背筋ピンでお行儀もいいから衣装が映える映える。
領主邸のダイニングあたりをうろついていても違和感はないだろう。
チョコレート色の頬がわずかに赤らんでいるのがイジらしい。
無理難題をふっかけて困らせたくなってくるよ。
軽蔑されそうだから、しないけどね。
「シャイナ、茶葉があったよね」
「はぁい! 今、淹れまぁす!」
「いえ、ここは僕が!」
おっ、わかってるじゃん。
どこで身につけたのか知らないが、ウルスは実に執事然とした所作でもって私に紅茶を給仕してくれた。
「どうぞ。ナインお嬢様」
シャイナがきゃぁぁあああっ、とデッカイ黄色の悲鳴を上げた。
「うん。いい香りだねぇ」
私は本物のお嬢様なので、お嬢様然とした所作でそれを飲み干した。
心なしか、普段より美味しく感じられる。
ウルスが淹れたからだろうか。
それとも、ダンジョンで飲む紅茶とはそもそも美味しく感じるものなのだろうか。
青空の下で食べるお弁当がウマいのと同じ原理だ。
よし、ウルスには今後私の執事になってもらおう。
異論はないかね?
「光栄です、お嬢様」
うんうん。
ご満悦に頷いていると、もっとご満悦そうな人がやってきた。
上半身裸でもうもうと湯気を噴き上げている。
「えやぁ、いい湯じゃったわい!」
ベナッフだった。
くしをかけたのだろうか。
紅のモジャヒゲがストレートになっている。
指を差し込むと、サラサラして気持ちよさそうだ。
やっていいかな。
「ダメじゃ。ヒゲはドワーフの心臓も同じぞ」
ダメだった。
心臓か。
そりゃダメだな。
ベナッフは他の客が残した酒を一気に飲み干すと、自慢のあごヒゲを撫でつけた。
「ここの湯は信じられぬほど魔力が濃いのう。ひとっ風呂浴びただけで若返ったようじゃわい」
だね。
私も源泉の湯を毎日飲んでいるせいか元気満点だ。
こんなあなぐら暮らしだってのに、自分でもびっくりするくらい肌ツヤがいい。
ウルスの脚がよくなったのも、温泉パワーが一役買っているに違いないのだ。
ズウウウウウンン――。
どこからか地鳴りのような音が聞こえてきた。
振動がビリビリと足の裏に伝わってくる。
「どこぞ崩落したのう」
カチ割り酒をあおりながら、ベナッフがのんきに言った。
「近かったですね」
ウルスは端正な顔立ちに不安を浮かべている。
たしかに、近かった。
体の芯まで揺れが伝わってきたからね。
ここのところ、地震が多い。
それも、震源地が日に日に近づいてきているような気がする。
ペースも増えているし。
「そういえば、シャイナやウルスも崩落に遭ったんだよね」
「そそぉなんですぅ。だだ第6階層からの帰り道でしたぁ」
「ええ。あのあたりは頑丈な地盤なのですが、崩れるときは崩れるものですね」
二人ともぶるりと身震いしている。
ベナッフも崩落で護衛の冒険者たちを失っている。
もはや他人事ではいられないな。
ここの天井は降ってきたりしないよな?
それは困るぞ。
特に、私が。
「あるいは、ダンジョンが怒っているのやもしれんのう」
神妙な面持ちのベナッフである。
私が勝手に道の駅なんて作ったものだからダンジョンの神の怒りを買ったと?
うーん……。
耄碌ジジイの戯言だと笑い飛ばせないほどベナッフはご長寿さんだからね。
一理あるかも。
ダンジョンそのものが巨大な一つの生物だ、なんて眉唾論説もあるわけだし。
風呂上りと酒の相乗効果で頬を朱にしながらベナッフは言葉を続けた。
「崩落の折、わしは見たのじゃ。崩れ落ちる土砂の中に何か巨大なものをな。あれは、この第5階層の『階層主』だったのやもしれん」
階層主か。
たしか、ボスモンスター的な魔物のことだっけ。
小さなダンジョンには『迷宮主』と呼ばれる主がいる。
しかし、大きなダンジョンともなると、階層ごとに主が存在するのだ。
ガルスの手記帳には、第5階層の階層主について記載はなかった。
正確には、「未発見」と記されていた。
きっと今もこの大迷宮のどこかに潜んでいるのだろう。
「そそそ、そういえばぁ、わたしも気配を感じましたぁ。崩落のとき、岩肌の向こうにとぉっても大きな何かが動いていたよぉなんですぅ。ズズズぅぅぅって音が聞こえてきましたぁ」
大きな体を抱きしめて震えるシャイナが可愛すぎた。
シャイナから見てとぉっても大きかったのなら相当なものだろう。
「……」
ふと私の脳裏にある可能性がよぎった。
嫌な予感ってやつだ。
「ウルスたちはどこで崩落に巻き込まれたの? ベナッフも教えて」
私は第5階層の地図を広げて砂金をバラまいた。
「僕らはここです」
「わしはこの辺りじゃな」
地図上に砂金がコトリと置かれた。
道の駅と2粒の砂金。
3つの点が一直線に並んでいるようにも見える。
二次元の地図ではアテにならないが。
「ほかに崩れているところはどこ?」
「しょ食堂のお客さぁんは、こことここが崩れていたって話していましたよぅ」
「僕が知っているのは、ここです。先週崩れたそうですよ」
新たに3つの砂金が置かれる。
5つの砂金が直線を描いている。
その先にあるのは、やはり道の駅『蜂の巣箱』だ。
ま、まさかね……。
ありえないよね。
巨大な何かがダンジョンを掘り進みながらここを目指しているだなんて、さすがにないよね?
ないない。
第一、そんな生きた災害みたいな奴が近づいてくれば、何かしらの予兆があるはずだ。
崩落以外にもいろいろとさ。
「おい、ナイン。魔物が急にいなくなったってマッカスさんたちが騒いでいたぞ」
見計らったようなタイミングでライオが聞き捨てならない証言を持ってきた。
魔物が急にいなくなった?
それは、「巨大な何か」とやらを恐れて逃げ出したということでは?
それ以外に考えられなくない?
嫌な想像は膨らむ一方だ。
もし、この道の駅に危険が迫っているのなら、私には駅長として冒険者たちを守る責任がある。
早急に方針を固めないと、だ。
「ライオ、マッカスとジーナの姉御を呼んできてくれる?」
「それ、俺の剣を見てもらった後でいいか? 俺の愛剣がベナッフさんに見てほしいってうるさいんだよ」
ライオは童顔をキラキラさせながら剣をフリフリしているが、ベナッフは毛ほども興味を示さなかった。
私もだ。
あんたには才能がないってよ。
ほら、どいたどいた。
あんたは隅っこで素振りでもしてな!
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